02
物心ついた時にはわたしはもう面食いだった。
初恋は保育園に実習としてやって来た高校生の海斗くん。特別優しくしてもらった記憶はないけどとにかく顔が整っていた。それ以外の印象は特にない。二番目の恋はアイドルグループのセンターを務めている雅くん。彼は素行が悪くグループの問題児だったけど芸能界で一二を争うほどの美貌を誇っていた。ファンと寝たりキャバクラでバカ騒ぎをしたり等々問題を起こしグループ間を険悪な雰囲気にさせる雅くんはファンの中でもアンチは多かった。わたしも雅くんが某週刊誌にスクープされる度に胃を痛めたけどテレビの中で爽やかに笑う雅くんを見るとすべてを水に流してしまった。二番目の恋は二か月前まで続いていた、が、とうとう雅くんは見放された。未成年と飲酒しホテルに行った雅くんに、今まで全ての不祥事を揉み消しなぁなぁにやり過ごしてきた事務所もついに堪忍袋の尾が切れ、雅くんを首にした。
『雅くん首になっちゃったのねぇ』
お母さんが食パンを頬張りながらおっとりとこの世の悲劇を口にしたその時、わたしは暗記カードを持っていた。手から力が抜けて、暗記カードが床に落ちる。その日は第一志望の高校受験の日だった。
号泣しながら受験したわたしは名前を書くので精一杯だった。石灰水が二酸化炭素を何色にするかなど雅くんに会えない事に比べたら遥かにどうでもいい。本能寺の変が起こった年も命令形もすべてを忘れたわたしは三月に不合格を突き付けられ、第二志望の女子高への入学を余儀なくされ、更なる絶望に叩き落された。女子高。女の子だらけ。格好いい人はひとりもいない。中学時代も本命は雅くんだったけど身近な男の子達からもそれなりに顔の良い男の子を見繕って見守るのが趣味だった為気軽に癒しも摂取できない。ああなんてことだろうか! 悲しみに暮れながら入学式に出席し、部活の勧誘が飛び交う中ふらふらと歩いた。悲壮感を背負ったわたしは呼びかけに答える余裕がなく、自然と無視してしまった。無意識のうちに喧噪を拒んでいたのか、わたしは人混みから少しずつ距離を取り、迷い込むように中庭に入る。体育館から門に繋がる道は人でびっしり埋まっていたけど、中庭は空間事切り取られたようにひっそりと静まっていた。今日は晴れているけど、昨日は雨だった。だから、桜は満開ではなく少し散っていて寂しげな雰囲気を纏っていた。愁いを帯びた表情をしている時の雅くんを思わせて、自然と桜に視線を吸い寄せられる。その時に、わたしの運命は決まったのだろう。ひらりひらりと花びらが散りゆく桜の木の下に―――先輩は、いた。
少し長めの襟足は特別整えられた気配はない。着ているジャージも洗練されたものではなく、学校指定のものだろう。だけどそれでも、格好良くて、綺麗だった。
こんなに綺麗な人って、存在するんだ。
口をぽかんと開けて呆然と見つめるわたしに気づいた綺麗な人がわたしに焦点を絞る。視線が重なったその時、「ゆーきーーー!」と大きな声と共に誰かが先輩に駆け寄った。
「ちょっとどこいってんの!」眉を吊り上げながら声を張り上げる女の子はジャージ姿だった。新入生大歓迎のタスキを肩から胸にかけていることから、先輩だという事がわかる。ということは、あの人も。
「中庭」
「いやわかってるから! もうちゃんといてくんないと困るよ! ていうか電話出ろよ!」
「ロッカーに入れてるから無理だよ」
「良い子だねー!」
「ありがと」
「嫌味通じねー!」
全ての五感を使って、わたしは目の前の綺麗な人の情報を取り込むことに努める。あの綺麗な人は、〝ゆうき〟という名前。声は低めだけど活舌は良く、通りが良い。
「はい、いくよ! ゆうきがいるといないんじゃ食いつき全然違うんだから!」
「あ。待って、なな」
〝ゆうき〟さんは〝なな〟さんに断りを入れてから彼女の横を通り過ぎて、わたしに小走りで向かった。えっと息を呑む暇もない。お手本のような綺麗なフォームでわたしの元まで駆けつけてくれた。〝ゆうき〟さんはわたしの前に立って、視線を合わせるように屈みこむ。
「一年生、だよね? こんなとこでどうしたの?」
切れ長の瞳が緩く細められて、優しい色を帯びる。心臓がどくんと跳ねた衝撃で声が上擦り、質問にそぐわない返答をした。
「あのっ、先輩は何部なんですか!?」
先輩がいるからという理由で入部したわたしを、人は不純だと罵る。