01
本当にうつくしいものを目にすると、人間はただ目を見張らせる事しかできなくなるのだとその瞬間にわたしは初めて知った。
天使の輪が浮かんだ短い黒髪は陽の光を浴びて滑らかに透き通り、そよそよと風に揺られている。全体的に細身だけどしなやかな筋肉が備わっているからか弱々しい印象はなくむしろ健康的だ。シャープな顎に綺麗な鼻筋、それに何より切れ長の涼やかな瞳。まっすぐ前を見据える眼差しは、静かで凛としていた。
桜の木の下で佇んでいる先輩の姿は清廉で、この世のものとは思えないほどうつくしかった。
「ねぇそれ先輩死んだみたいな言い方だよ」
「死んでない! 先輩は生きてる!!!」
「知ってるわ。ていうかもう聞き飽きたってその話…」
理恵はふわぁと大きな欠伸をしながらなんとなしに窓の外に視線を向け「あ」と呟いた。
「一ノ瀬先輩」
「え! どこどこ!」
窓にへばり付いて中庭を見下ろすわたしに「あそこー」と気のない声ながらも理恵は人差し指をさして教えてくれる。その先を辿っていくとあの日と同じつやつやさらさらの黒髪が風に靡いていた。ベンチに座りながら友達とご飯を食べている。
「先輩パンめっちゃ買ってない?」
「ねー! かっこいい~!」
「いや何もかっこいい要素ないんだけど。…まぁ、見た目はかっこいいけどさぁ…」
目をすがめながら理恵は呆れたように、諭すようにわたしに言う。
「先輩、女じゃん」
理恵は何回同じことを言うんだろう。だぁーかぁーらぁ。私は声に苛立ちと呆れを滲ませた。
「かっこいいからいいの!」
強く言い切ると私はまた先輩に視線を戻す。「かっこいいったって女じゃん」と理恵は腑に落ちないようだけどわたしには関係のないことだ。
綺麗なお顔の前では性別なんて関係ない。自他ともに認める面食いのわたしは、そう豪語する。