1.7 暗躍
聖界において一番の力を持っている国”聖国“。その中枢である大聖堂”聖フロラス大聖堂“の廊下を太った男が額に脂汗を流しながら走っていた。
「ハァ……ハァ……まさか…あの手負いで…逃げられるとは…」
男の名はハンス、クーデターを起こした大司教に便乗した司教であり、ソフィアを聖女の座から引きずり下ろした際に追っ手をしかけた姑息な男であった。
「クソッ…あの側近の女め……あれほどの使い手とは思いもしなかったぞ…!」
ソフィアとユキが森の中に逃げ込んだ際に、ハンスと部下たちが捜索にあたったが、ユキの妨害聖術により誰も二人を見つけられず踵を返したのであった。
それに、部下の何人かはソフィアを聖国から追い出すことに反発し、捜索に出なかったものや、ハンスの部隊から抜けた者までいた。ハンスは歯軋りを鳴らしながら苛立つ。
「軟弱者どもめぇ~…あの女の浮ついた思想に施されるなど……それでも誉れ高き聖騎士か!?」
ハンスの怒鳴り声が廊下に響いた。廊下にいた者たちが驚き、ギョッと走り抜けるハンスを見た。しかし、ハンスは無視し、怒鳴り散らしながら走り続けた。
そうこうしてる内に、ハンスは目的地の王の間へとたどり着いた、大きな両開きの扉の前でハンスは息切れを治し、身だしなみを整えてから扉を開けた。その先の王の間には穏やかな表情をした老人が玉座に座っていた。
「クリフ大司教!!申し訳ありません……あの女を逃がしてしまいました…!」
ハンスが跪き、クリフという老人に頭を垂れる。
「ふむ…逃しましたか……死ぬ前に民衆の前で処刑し、汚らわしいあの価値観を拭いたかったのですが…まぁよいでしょう。ハンスさん、顔を上げて下さい」
ハンスは「ハッ!」と返事し勢いよく顔を上げた。
「それと、私はもう大司教ではありませんよ。偽りの聖女を引きずり下ろし、後に着いたのですから、聖王と呼んでください」
「承知しました、クリフ聖王」
クリフはハンスの発言に満足げな表情を浮かべ、長く伸びた髭を撫でる。
「…元聖女を逃した件は気にしなくてもいいですからね。あの容態ではどの道死ぬ運命ですから」
そう言われたハンスは謝罪をして、頭を下げた。そしてハンスは、ソフィアの片翼が吹き飛んだあの光景を思い出す。
ソフィアの頭上に攻撃聖術が展開される少し前の時、ハンスと彼の部隊はクリフからの指示で先にソフィアとユキの逃走進路の真下の街に潜伏していた。しかし、ハンスの部隊は空に飛ぶ方法が無かったので、飛行して逃亡しているソフィアとユキを指をくわえて見る事しかできなかった。
だが突如、彼らの頭上に巨大な聖術陣が展開され、ソフィアに向かって目にも止まらぬ速度で鋭い光の攻撃が差し込まれた。
その威力は町一つなら吹き飛んでもおかしくない程のものであった。ハンスは「この町ごと吹き飛ばすのか!?」と思い、死を覚悟していたが、その光の攻撃は見事にソフィアへと直撃し、真夜中の閃光で満たした。
下の街にいた民衆が何事かとざわつき始め、部屋に明かりがつき始める。しかしそんなことより、ハンスは死ななかったことに対する安堵と、ソフィアに攻撃が直撃し、死んだであろうと確信し、歓喜した。
だが、その感情も光が納まった空を見上げると全てが畏怖へと変わった。
なぜなら、ソフィアが生きていたからだ。町を滅ぼす規模の攻撃を受け、身体が木っ端微塵に吹き飛んでもおかしくないはずなのに、ソフィアはたった片翼の負傷だけで済んだ。その結果にハンスはソフィアの底知れない戦闘力を感じ、慄いた。
そこから先、ユキがソフィアと共に滑空し森に逃げ込み、ハンスの部隊は二人の捜索にあたるが、ユキの妨害聖術のおかげで無駄足となったのであった。
「し、しかしクリフ聖王…あれほどの規模の聖術を、よく街中で放たれましたな……突然の出来事に私は驚きましたよ」
冷や汗を流したハンスにクリフは笑いそして謝罪する。
「すみません、あの聖女を確実に仕留めるには、あれ位の規模ではないと不可能だろうと考えていたのですよ。それと、誤解しているかもしれませんが、聖術の方も、ちゃんと直撃させる予定だったので、貴方を殺すつもりはありませんでしたよ」
ハンスが頭の中で密かに考えていた事をクリフに見透かされる。焦ったハンスは、すぐに話を逸らし誤魔化す。
「ハハハ…そんな事考える訳ありませんよ…そういえば、あの聖術を行使した際、誰が聖術展開の指揮したのでしょうか、相当な手練れなのでは?」
「はい、かなりの実力の持ち主ですが、新参者なので私が近くに配属してもらい、色々と教えているのですよ」
それを聞いたハンスが肉食獣の目つきへと変わる。
「ほう……クリフ聖王から直接教えを乞えるとは、羨ましいかぎりですなぁ…ぜひ、一度お会いしたいです」
「すみませんね…今、彼は聖界の調査に赴いています。その内、顔合わせの機会くらいは設けましょう。ハンスさん、捜索の件ご苦労様でした。もう下がっていいですよ」
ハンスは「ハッ!」と返事をして、のしのしと王の間から出て行った。ハンスの足音が完全に聞こえなくなった時、クリフの座っている玉座の後ろからヒョコリと金髪の少年が出てきた。
「こっわ~…あのおじさんの目〜。完全に僕の事を獲物にしてるよね、アレ」
「フフフ……己の保身と昇進の為ならば何でもする男ですからね、彼は…まぁ、そこが扱いやすいのでいいのですが」
クリフがくつくつ笑い少年も無邪気に笑う。
「アハハッ、でもさぁ~聖王様も人が悪いよね、あんな嘘ついちゃってさ~」
「さて、なんのことでしょうか?」
クリフが首を傾げて、とぼける。
「殺すつもりがないって言ってたやつさ~」
少年がニンマリと笑う。
「だってあの聖術、あの聖女に直撃するか、わかんなかったじゃん」
少年は天使のような、それでいて悪魔のような笑顔で続ける。
「あの攻撃は聖女様が町を身を挺して守る、と僕が予測したうえでの作戦だったんだよ~?だからもし、聖女様がアレを避けていたら、あの町は吹き飛んでいたんだよ~?」
少年の言葉をクリフは俯いたまま聞いていた。
「つまりさ~、そんな危険な所に向かわせた事って明らかに殺意あるよねぇ?」
クリフは俯いたまま笑い、やがて顔を上げ語りだす。
「あの町は”ゴミの溜まり場“だったんですよ」
「……?」
唐突のクリフの言葉に少年は首を傾げる。
「あの町には、汚れたあの女の思想に賛同したゴミが多かったんですよ。なので、そこに使えるゴミを向かわせただけですよ。ゴミはこの世界を汚染し続ける、だからもし、あの町が吹き飛んでいたとしても、世界からゴミが排除され、綺麗になるだけだったんですよ。私は世界を綺麗にしたいだけなのです、そこに殺意など一片も存在しません」
狂気に満ちた目でクリフは笑いながら言う。そしてその様子をに少年は微笑む。
「それでこそ、この国の王だね。いや~なんであんな女が聖女になれたか理解に苦しむね~」
「過ぎた事です…それより、これからはあの女が怠っていた分、世界浄化を実行しなければなりません。」
「ハ~イ、それじゃあ僕は引き続き、勇者について調査してくるね~」
「はい、勇者の誕生のお告げは既に降りていましたからね。早く見つけて聖魔戦争に備えなくては…」
「任せてよ~。じゃあ、行ってくるね!バイバ~イ」
そう言い、少年ロイは闇へと消えた。静かな王の間に一人残されたクリフ
「神よ……今度こそ、世の汚れである魔族を根絶やしにしてみせます……」
天を仰ぎそう呟いたのであった。
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一方で、魔界でも似たような事が起こっていた。魔界を統べる魔国、その国の中心部に大きな城”アビス城“が建っていた。
そして、そのアビス城からカンカンと怒鳴り声が響いていた。
「なぜ逃げられたのだ!!?」
アビス城の門前に、何人もの兵が並び、その怒鳴り声を浴びせられていた。そして驚くことに怒鳴り声の主は額に一本角と腰に尻尾を生やしていた小さな少女であった。
「も、申し訳ありません!リディア様…」
リディアという少女に兵の全員が怯え、跪いていた。
「役立たず共め…!オレが折角、あの化け物の力を削いだのに…!!」
リディアの身体はよく見ると、あちこちに傷の跡がついていた。グレイとの戦闘で意識不明になり、今の今まで治療を受けていたのであったが。つい先程、目が覚ましたのだが、グレイが逃亡し、捕まえられなかったと聞き、リディアは憤怒していた。
「(あのクソ野郎……私と戦っているのに、周りの雑魚を気遣いやがって…)」
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話は過去に戻る、アビス場内でリディアと青年サイズであったグレイが激戦を繰り広げていた。
リディアの激しい炎の魔術がグレイに襲い掛かる、しかし、グレイはすぐさま炎の魔術を魔力の波動で打ち消した。
リディアは自慢の炎魔術をすべて、魔力の波動のみで消されていくことにイラつき、無差別に炎魔術を乱射した。
城の中にいた他の者たちが次々とその炎の餌食となっていく。その惨状に気付いたグレイが、急いで城の中の炎を大量の水魔術で鎮火した。しかし、その行いがリディアの地雷を更に踏んでしまうことになった。
「てめぇ……オレと戦ってるのに、よそ見する暇があんのかぁ!?」
「……ふざけるな…貴様の稚拙な行為に付き合ってられるほど、我は暇ではない」
その一言にリディアが激昂した。
「稚拙だと!?お前みたいな甘ちゃんが、何ほざいてやがんだ!!お前が族長になってから魔界はめちゃくちゃだ!!頭にうじ虫が湧いてるんじゃないかと思うほど、能天気な魔族がたくさん増えた!!なにが聖魔共存だ!!そんな物……そんな物、オレが焼き尽くしてやるッ!!」
「ま、待て!!貴様、この辺りを焼け野原にするつもりか!?」
グレイの制止は間に合わず、リディアの全身が激しく燃えだした。炎はやがてリディアに納まり太陽のような輝きを放つ。
「(このままだと、爆発する!)」
グレイは周りで怯えている魔族たちを見つめ、覚悟を決める。
グレイから赤い魔力が溢れ出し、その赤い魔力でリディアの全身を包み込む。
「クッ……!!なんと凄まじい炎だ…魔力にまで炎が移るのか!」
グレイの魔力から炎が伝わり、グレイ自身も燃やされてしまう。それでもグレイは必死に抑え込む。
「ぐっ……!!(こんな力を隠していたのか!)」
グレイの魔力の中で、何度もリディアの爆発が起きる、リディアの方は意識を失っていたのだが自身を傷つけながら何度も爆発する。グレイはこのままでは埒が明かないと思い、そして魔力に力を籠める。
「納まれぇ…!!」
グレイは燃やされながらも力を籠め続けた。やがて、爆発を続けていたリディアの炎が納まっていく。
「…(あと、少しか!?)」
そして予想通りに、リディアの炎が完全に鎮火した。グレイは込めていた魔力を止め安堵した。
「ふぅ…なんとかなったか…」
グレイは火傷でボロボロになった身体でへたりと座れこむ。落ち着いて、息を整えていたところ…
バシュッ
後ろから何かが放たれる音が鳴り、グレイの背中に衝撃が走る。
「グゥ…!アアァ……!!」
グレイは床に倒れこむ。そこへ、一人の女性を先頭に大人数の魔族がやってきた。
「あらあら、ずいぶんと苦しそうにしていますねグレイ・ウラド・サリヴァンさん?」
黒髪ロングの黒いドレスを着た女が、背後から近づいてくる。グレイは痛みに耐えながら振り向いた。
「…き、貴様がこのクーデターの主犯か……?」
「あら、良くわかりましたね? 脳内お花畑だと思っていたんで、意外です」
その一言にグレイは額に汗を流しながら笑う。
「フッ……このような狙ったタイミングに、吸血鬼に銀の矢を打ち込んできたのだ…誰でもそう思うにきまっているだろう」
女はフンッと鼻を鳴らし、グレイに近付いていく。
「それにしても、弱点を突かれているのに何で生きていられるのですか? 普通の魔族ならすぐ死ぬでしょう」
「軟な鍛え方はして来なかったからな……」
「あ、そう。でもまぁ、死ぬことに変わりはないみたいだけどね? 小さい元魔族長さん」
そう言われグレイは頭を思いっ切り蹴られる。
「グアァ…!」
グレイの小さくなった体が吹き飛び、柱にぶつかる。女はすぐさまグレイに近付き、力を込めてギリギリと足でグレイの頭を踏む。
「フン、あなたのせいで少し、計画が遠回りになってしまったわ」
そう言い、女は突如、空中に銀の矢を出現させる。そして、その鏃をグレイへと向ける。
「じゃあね、甘ちゃん吸血鬼さん…」
銀の矢がグレイに向かって放たれる。また弱点である銀の矢が刺されば、真祖の吸血鬼であるグレイは間違いなく即死してしまう。
ガキンッ
しかし、そこへ氷の礫が飛んでくる。女は咄嗟に後ろに下がり魔力の盾を展開しガードする。
「なに!?」
女が礫の飛んできた方向を凝視する。そこにはグレイを背負った黒髪の高身長の青年が立っていた。
「……ああ、確かあなた、魔族長に仕えている執事ね…そのボロボロ男をどうするつもり?まさか、助けるの?」
女がそう言うが、青年は無言で今にも食い殺してしまいたいと言わんばかりの形相で女を睨んだ。女はその殺気に身を震わしたが、堪えて平然を装った。
「その男についていて、いい事はないわよ」
女は背後にいる部下を前に出す、青年はしばらく沈黙を守っていたが、口を開く。
「貴様を噛み殺すことは容易だ。だが、今は一刻を争う」
そう言い青年は背後に振り向き、城の出口へと歩き始めた。
「次、俺の前に顔を出したら、必ず噛み殺してやるからな」
青年は振り返らずそう言い、地面を力強く蹴り、走り出した。それを見ていた女が慌てて部下に命令する。
「何しているの!?早く追いなさい!!」
部下たちが慌てて追いかけようとするも、彼の速さには追い付けづ、結局見失ってしまったのであった。
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リディアは怯えていた部下たちに聞く。
「おい!お前たちの隊長は誰だ!?」
それを聞き一人の男が立ち上がった。
「…私です」
「よし、ならば前に来い!」
そう言われ、戸惑いながらも男はリディアの前へと歩き出した。リディアは目の前の男をしばらく見たのち、突如、指をパチンと鳴らし、男を炎の魔術で燃やしたのであった。
「ギャァァァ!!」
燃えながら叫ぶ自分たちの隊長を部下たちは慄きながら見ていた。そこへリディアが叫ぶ。
「いいか!?今からオレが新魔族長だ!!前のような甘ちゃんとは違って、魔族らしいやり方で貴様らを正していく。成果を上げられなかったらこうなると思え!」
部下たちは悲鳴を殺しながら跪いた。
「そして、貴様らに次の命令を下す。魔王の誕生が確定したと報告が来ている。急いで探し出し、そして連れてくるのだ!わかったか!!?」
部下たちは息を合わせて返事おして、散り散りとなった。リディアが腕組をし、苛立っていると後ろから声が掛かった。
「そんなにあの男に舐められた事を怒っているの?」
グレイに致命傷を与えた女であった。
「アラクネか……当然だ…オレはグレイの実力を尊敬していた。甘ちゃんではあったが、力こそ全てのこの魔界において、奴は間違いなく頂点き君臨していた」
イライラしていたリディアの身体から突如、炎が表れてメラメラと燃える。
「だが、あいつはオレとの戦いで本気を出さず、周りを気遣いながら戦った……屈辱すぎて、久しぶりに意識がぶっ飛ぶくらい怒ったぞ」
アラクネはまぁまぁと声を掛けながらリディアを宥める。アラクネの声に、リディアが「フゥー」と息を吐き、炎を鎮めて落ち着く。
「しかし、逃がしてしまった事は痛いぞ」
「でも、あの容態じゃ、多分その辺で死んでるでしょ」
アラクネの返答にリディアは顔をしかめる。
「何故か分からんが、嫌な胸騒ぎがするんだ」
「ふーん……まぁ、今はそんな事どうでもいいんじゃない?それより、まだ完全に回復した訳じゃないんだから休んだら?後の事は私が仕切るわよ?」
「……だな、じゃあ魔王の件は任せた。オレはちょっと寝る」
「おやすみなさーい」
アラクネは手を振りリディアを見送る。リディアはアビス城の中に入り寝室へと向かいながら呟く。
「見ていろよ……聖族…!必ず復讐してやるからな…!」
どす黒い炎をその内に燃やしながらそう言った。
裏で何やら起きてますね…