1.6 奇跡
古城の静かな広間にて無事、夫婦の契りを成功させたグレイとソフィア。その一部始終を見守っていたユキが小さく呟いた。
「一体何が起こったんだ……」
グレイがいきなりソフィアの血を吸い、赤く光り、そして光が納まったと思いきや、二人は微動だにせず、黙り込みじっとしていた。全く理解の出来ない展開に、ユキの頭は追いついていなかった。その様子とユキの呟きに、フェンリルがそっと近づいて答えた。
「あれは…婚儀だ」
「……………こ、婚儀!?」
フェンリルの言葉にユキの混乱は更に加速した。
「あぁ…真祖の吸血鬼は自分の伴侶にと決めた者の血を吸い、そして魂の契約を結ぶのが当たり前なんだ……これは選んだ伴侶の選定、もしくは逃がさない為に行われている」
「ろくでもない儀式ではないか!」
ユキが何をしているんだあの吸血鬼の少年は、と言わんばかりに問い詰める。それにフェンリルは冷静に返した。
「話は最後まで聞け…グレイ様の一族は婚儀の際に魂の契約を行っていた。しかし、それは一方的に相手を支配する契約ではなく、相手と自分の魂を繋ぎ合わせる事で共命同体となり、共に支えあう夫婦となるべく、契約を行われていた。だから、あれは互いの同意で行われたことだ」
その説明を聞きユキは少し落ち着くが、それでも腑に落ちなかった。
「なぜ、そんな事をしたのです……ソフィア様…」
「分からん…しかし、グレイ様に考えがあっての事かもしれん」
グレイの考えがあっての事、それにユキは疑問に思う。グレイはソフィアの命を代償にこの窮地を脱することが出来る、だからグレイがする事はもう何もないと思ったからだ。
「…………」
ユキが悲しそうにソフィアを見つめた、その様子を横目で見ていたフェンリルがしばらく沈黙し、そして小さく語りかけた。
「……恐らくだが、グレイ様はお前の主を救うために、夫婦の契りを交わしたんだ」
フェンリルの言葉にユキは驚き振り向いた。
「ソフィア様を!?」
「あの方もお前の主と同じく、相当にお人好しなんだ……お前の主が自分のために命を使うと聞き、居ても立っても居られなくなったのだろう」
「しかし、命渡しの代償をどうにかするなど、可能なのか…?」
「…だから、お前の主と同じく我が主も命を懸けているんだ」
「な、なんだと!?」
そこまでの事をグレイがしているとは思ってなかったユキは驚いてしまった。
「グレイ様の一族が行っていた夫婦の契りは、聞いた話だと生命力や魔力をも相手と共有するらしい。…それを利用し、グレイ様はお前の主が果ててしまう前に救い出そうとしているのだと思う」
ユキはその説明でようやく理解した。グレイが死ぬ前のソフィアに自身の生命力を与えて助けようとしている事を。しかし、分かってはいたが、最悪の場合をつい尋ねてしまう。
「…もし、それでもソフィア様が助からなかった時はどうなる?」
「………恐らく、グレイ様も共に果ててしまうだろう…」
「……気高い魔族だな」
ユキはグレイの行動に感服していた。グレイはソフィアの施しを甘んじて受ければ、死ぬことは逃れられる。しかし、それを受けず自身の命を懸けてソフィアも助かるかもしれない道を選んだ。そんなグレイに感謝の気持ちがいっぱいになった。
「……そういえば、儀式のときに貴方は大分取り乱していたな…あの時にはもう気が付いていたのか?」
ユキがフェンリルに尋ね、それにフェンリルは頷いた。
「……止めたくはなかったのか?」
「愚問だな、主の決死の判断に従者にすぎない俺が口を挟むなど、言語道断だ。それに、同じ立場にいた貴様も止めなかっただろ」
ユキもソフィアが命渡しを使うと言った時、反発は少しはしたが、止めはしなかった。今に至るまでソフィアの決断を尊重し、見守っていた。
「まぁ、止めたとしてもグレイ様は聞く耳持たず、信念をつらぬき通すだろうがな」
「…フッ、なんだか少し、ソフィア様に似ているな貴方の主は」
「俺もお前の主と会話した時、グレイ様に似ていると思っていたぞ。特に、初対面の俺を信じると言った時とかな」
フェンリルはソフィアと”ユキを守る“と約束をした時を思い出した。あのときのソフィアの真剣な面構えが、とてもグレイに似ていた。ユキには聞こえない声で約束を交わしたので「そんな事、言っていたか?」と聞こえていなかったユキが尋ねてきたが、フェンリルは「…さあな」と誤魔化した。
「……神よ…どうかこの二人の命運を途絶えさせないで下さい………」
ユキはそう言い、目をギュッとつむり、胸の前で手を合わせて祈った。フェンリルはただ姿勢を崩さず、ジッと二人を見守っていた。
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ソフィアは命渡しをするために、身体に残っている聖力と生命力すべてを、残っている右翼に籠める。翼は神々しく光り、暗い古城の広間が光で満ちた。その様子を見ていたフェンリルとユキがいよいよかと息を呑み、緊張の眼差しとなる。
「……準備はできました…命渡しを行います…」
「ああ…頼む」
ソフィアは光る右翼を広げ、天を向く。
「主よ…我が命の灯を糧に、あらゆる厄災を祓いたまえ……蘇生聖術!!」
その言葉と共にグレイとソフィアが眩しい光に包み込まれ、古城の広間が真っ白になる。あまりの眩しさにフェンリルとユキは目を手で覆い隠した。
「(……これは…凄まじいな…)」
光の中でグレイは傷と魔力が急速に回復していくのを感じる。気がつけば、体のサイズも少年の大きさから大人へと変わっていた。グレイは感心していたが、すぐさまソフィアの身を心配をする。
「(早くソフィアの魂を見つけなくては…!)」
グレイは意識を内に集中させ、ソフィアとの共通の精神世界にすぐ潜り込む。真っ暗な暗闇のなか、辺りを見回す。
『……見つけたぞ…!』
グレイはぐったりと倒れているソフィアを見つける。急いで駆けつけ、ソフィアを抱きかかえた。
『急がなくては!』
精神世界でのソフィアの体は消えかかっており、綺麗な白色であった右翼も濁った灰色に変化していた。
グレイは勢いよく、自身の全回復した生命力と魔力をソフィアに注ぎ込む。グレイから大量の赤いオーラが溢れ出る、それがすべてソフィアの身体に流れていく。しかし、ソフィアの体の消滅は消えず、翼の色もどんどん灰色から黒色へと変化していく。
『なぜだ…!?なぜ止まらぬ!!!』
グレイは更に力を注ぐ速度を上げる。自身の魔力の容量の半分を注ぎ込んだが、それでもソフィアの消滅は止まらない。
『こんな所で失うものか!!やっと見つけた希望なのだッ!!』
魔力の容量が4分の1を切り、気が付けば体が少年サイズに戻っていたが、グレイにそんな事は関係なかった。ソフィアをただ助けたい一心で、我を顧みず力を注ぎ続ける。
『……頼む…!!…我を……一人にしないでくれ…!!』
ソフィアの体を抱きかかえながら、絞り出すようにして呟くグレイ、気が付けば涙も流れていた。このままソフィアは消えてしまうのか、助ける事は出来ないのか、そう思った時、奇跡が起こった。
ソフィアの体がいきなり発光したのだ。
消滅していた部分が徐々に戻っていき、翼も黒から純白に戻っていった。グレイはその様子に目を見開き、やがてソフィアの生還を確信し、涙を流し歓喜する。
『……よかった……本当に…!!』
そう言うと涙が伝うグレイの頬に優しい感触が伝わった。
『フフ…そんなに泣いて、どうしたのですか?」
ソフィアの柔らかな手がグレイの頬に伸びていた。ソフィアは整った糸目の顔で目一杯微笑んだ。
『お前が消えそうになったからだ!こんなに身が裂かれるような思いは初めてだ…!』
グレイはゴシゴシと手で荒々しく擦り、涙を拭う。ソフィアはクスクス笑った。
『すみません…でも、私のためにそこまで涙を流してくれるのですね、少し意外でした」
『我のために命を懸けた者に、涙を流すなど当然の事だ!…それに…』
グレイがモジモジと言葉を止めた。ソフィアは首を傾げる。
『それに…?』
『……それに…お前は我の妻なのだぞ…』
そう言ったグレイは顔を赤くし、そっぽを向く。グレイの反応に、ソフィアも何故だか恥ずかしくなり、頬を染めて俯いたが、その表情は嬉しそうに微笑んでいた。二人は少し黙ら合った後、ソフィアが切り出した。
『お互い、命拾いしましたね』
『…そうだな』
『これから私たちはどうなるのでしょうか?』
『恐らくだが、これから互いの身体が休息を必要とし、しばし眠りにつくだろう…我もそろそろ限界のようだ。全回復したとはいえ、半分以上の力をお前に与えたからな』
そう言い、グレイの身体が光って消えていく。
『…眠りから覚めても、あなたが居ないなんていう事はやめてくださいね…』
『安心しろ、我とお前は確実に生還したのだ』
グレイは優しくソフィアを地面に降ろし、牙を見せる満面の笑みを浮かべた。
『それでは、また会おうソフィア』
グレイの身体が完全に消えた。
『はい…また会いましょう、グレイさん…』
グレイの消えた所を見続けソフィアはそう呟き、眠りに落ちた。
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広間の眩しい光が納まり、ユキとフェンリルはやっとまともに目を開くことが出来た。まだはっきりしない目を指で擦り、目を凝らし確認する。するとそこにはグレイとソフィアが倒れていた。
「…ソフィア様!!」
ユキが急いで倒れているソフィアに駆け寄る。それに続きフェンリルもグレイに駆け寄った。互いの主の安否を確認し、そして二人は目を合わせた。
「ソフィア様が…生きている!!」
ユキが大粒の涙を流し答えた。
「あぁ…グレイ様も存命なさっている」
フェンリルも微笑を浮かべユキに向かって答えた。するとユキが床に座り込み肩を震わせながらしゃくりあげた。
「うっ……うぅ…」
フェンリルは心配になりユキに声をかけた。
「どうした?どこか痛いのか?」
「ち、ちがう…うぐっ…貴方に感謝してもしきれなくて…ひくっ…」
「な、なぜ俺に感謝するのだ!?」
フェンリルは戸惑いながら尋ねる。
「貴方の主の…グレイさんのおかげで、ソフィア様が死なずに済んだから……」
ユキはしゃくりあげるのを必死に耐え、そう言った。フェンリルは困惑しながらもユキの肩に手を置いた。
「そんなに泣くんじゃない…それに、その言葉は俺にではなくグレイ様に言ってくれ…」
「分かった……でも、ありがとう……」
それでも泣き続けるユキにフェンリルは頭を掻きながら言った。
「まだ、安心するには早いんじゃないか?二人を安静に出来る場所をこの城のどこかで探さないといけないからな」
そう言われユキは涙を拭い自分の頬を両手でパチンッと活をいれた
「…うん…すまない、醜態を見せた」
フェンリルはユキに手を貸し立ち上がらせた。
「それじゃあ、俺が城内を確認してくる。……ユキ殿、二人を頼む」
「承知した、フェンリルさん」
「…フェンリルでいい」
「なら、私もユキで構わない」
お互い頷きあい、フェンリルは城内を駆け、そしてユキは警戒網をはった。
前回までは字数が少なすぎたと反省したので今回から多めに作ろうと思います。