1.3 壁を越えた同志
全ての事情を端的に早く明かしたフェンリル。
この横たわっている少年が元魔族長 吸血鬼グレイ・ヴラド・サリヴァンという事。
聖魔の共存を望み国に裏切られ、瀕死の重傷を負った事。
全ての事情を聞いたソフィアとユキは驚愕していた。
ソフィアはとくに驚愕と共に歓喜の感情に溢れていた。
自分と同じ志を持った者が魔族にいた事、あろうことか、そんな彼も自分と同じく国のトップを目指し変革をもたらそうとした事がたまらなくうれしかった。
ソフィアもフェンリルに自分が元聖女でありグレイと同じ志を持っていたが故に、国に裏切られた事を伝えた。
すると、フェンリルも驚き目を見開いた。
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ほんの少しの沈黙が続きソフィアが決心したようにユキに語り掛ける。
「ユキ…私は彼に”命渡し“を使用しようと思います。」
その言葉にユキが目を見開く。
フェンリルは「なんだそれは」と呟き疑問に思う。
かつて過去の聖魔戦争で聖族は勇者を永遠に戦わせる方法は無いかと考えていた。
そこで生まれたのが禁術である”命渡し“であった。
対象者のあらゆる傷、病気を完治させる高位の聖術。しかし、その聖術は脅威の回復力の代わりに、術の発動者の命を消費するのであった。
この術を行使できる者が聖族に限られた実力のあるものだけであった。
当初、奴隷や捕虜などに、この禁術を発動させ、使い捨ての要領で使おうとしていたのだが、術者が聖族に限られたり、高位の力がない者は使えないと条件が限られ、簡単に使える術では無いと判断された。
加えて非常に危険な聖術だと当時の聖女に判断され禁術となった。
ソフィアはその禁術を初めて会ったグレイに使うと言ったのである。
「ソフィア様!でしたら私が命渡しを!!」
「なりません」
ソフィアがユキに即答する。
「しかし…ソフィア様…!」
「単純な事です。このままだと私と彼は共倒れになります。それならばどちらか片方が命を落とし助けた方が犠牲者が少なく済みます。それに私はどうせ死んでしまうなら同じ志を持った者に命を捧げ、あとを託したいのです……そしてユキ、あなたにはどうかその結末を見届けて欲しいのです」
ソフィアは傷は治ったが聖力が流れ続けいつか死に至る事に変わりはなかった。
それならば持てるすべての生命力をグレイに与え救おうと決心した。ユキは何かを言おうとしたがソフィアに抱擁され、止められた。
「翼人族は翼が命…その片翼をなくした瞬間に私の死は確定してたのです。しかし追っ手から逃げおおせ、諦めず治療してくれたあなたのお陰で私はまだ生きている間に最後、種族の壁を越えた同志に会えました…心から感謝しますユキ…」
その言葉を聞きユキは涙が溢れ出てソフィアを力強く抱擁し返した。
その様子にソフィアは苦笑し、申し訳なさそうに言った。
「ユキ…あなたにはいつも損な役割ばかり押し付けてしまって、本当にごめんなさい…」
「いいえ!私はあなたと共に戦い、あなたの隣に立てた事を誇りに思います!!」
「……ありがとう…ユキ…」
ソフィアはそう言い、ユキの頭を優しく撫でた。
少しの間二人は抱擁し合っていたが、ソフィアがユキを離し、グレイの元へと向かった。
ユキはそのソフィアの後ろ姿を涙を流しながら見つめるしか出来なかった。
「本当にいいのか?」
フェンリルが通りすがりにソフィアにそう言う。
「構いません。ですが、一つだけあなたにお願いをしてもいいですか?」
「?」
フェンリルが首を傾げた。
「ユキを……どうかあの子を守ってあげて下さい。ああ見えてとても繊細なんです」
「初対面の俺を信用するのか?」
「はい、信用します」
即答だった。
ソフィアの揺らぐことのない美しい眼差しにフェンリルは面食らったが、すぐに真剣な表情に戻しソフィアに約束する。
「…わかった、命を懸けて彼女を守ると約束しよう」
「ありがとうございます」
彼女は微笑み、そう言った。