1.2 衝突
ソフィアとユキはやっとの思いで目的地であった亡国に築かれた古城へとたどり着く。
二人は城門をくぐり抜け居館の大きな扉の前に立っていた。
「ソフィア様!あともう少しです!」
「……」
ソフィアは力なく項垂れるように頷く。
森を抜け亡国に入った瞬間にソフィアの容体が急変した。
千切れた左翼から聖力と血が流れ続け、聖力枯渇と貧血の状態に陥っていた。
常人ならとっくの前に死んでいてもおかしくはない状態であったがソフィアは持ち前の多大なる聖力と鍛え抜かれた身体の生命力で死には至らなかった。
しかし、そんなソフィアの聖力と血も底をつきかけていた。ユキは急いで扉を開け、中を確認した。
「…ずいぶん綺麗な広間だな」
扉の先は居館の広間であったが、何百年も放置されていたにしてはとても綺麗な状態であった。ユキは警戒しながらも広間にある奥の石柱を背もたれにしてソフィアを座らせた。
「ソフィア様…少し痛みますが、どうかご辛抱を…」
ユキは巫女装束の袖から不思議な模様が描かれた札を取り出し、聖力を込めた。
「太陽神よ…我が聖力を糧に傷つきし者を癒したまえ…”寵愛陽光“!」
ユキはそう叫び、札を頭上へと投げた。札はピタリと空中で止まり、ソフィアの出血している左翼へ向かって暖かな光で包み込んだ。これはユキの治療聖術であった。
「…うっ!!」
ソフィアが痛みで声を上げる。ユキは心配しつつ傷の治療を続ける。治療の末に左翼の傷口が塞がり流れていた血が止まりユキは歓喜する。
しかし、それはすぐ悲哀へと変わった。
傷口は完治し、血は止まったのだが、聖力の流出が止まっていなかったからだ。
このままではソフィアの聖力が底を尽き、命を落としてしまう。
だがユキもこれ以上の手の施しようがなかった。
「どうして…!?どうして止まらないのッ!?」
ユキは涙を流しながら叫ぶ。
「お願い…止まって…!!」
涙を流しながら祈るように治療聖術を続ける。
しかし無情にもソフィアの聖力の流出は止まらなかった。
意識が朦朧としているソフィアと涙を流し続けるユキ。そんな二人を絶望に突き落すかのように広間は静寂に満ちていた。
そんな中、入口の扉の方から足音が響いた。ユキはその音にピクリと体を動かし、身に纏っている巫女装束の袖から手品のように刀を取り出し警戒態勢をとった。
「(まさか!追っ手!?)」
そう思い扉の方をすぐ抜刀できる体制で睨みつけたがユキは考えをすぐ改めた。
音の方に立っていたのは満身創痍の少年を背負いボロボロの執事服をきた”魔族“の青年であったからだ。
自分たちを追い立てる輩は今のところクーデターを起こした聖族しか存在しない。
なのでこの二人が追っ手ではないとすぐに気付いた。
しかしユキは警戒を解かなかった。
なぜなら、青年からすぐに魔族だと分かる程に魔力を溢れ出しており、の敵意を向けていたからだ。
すると青年は背中の少年を壊さないかのよう優しく広間の床に横たわらせた。
「しばしお待ちください…グレイ様…」
そう呟き、一瞬優しい顔を青年は浮かべたが、すぐに凶暴な顔へと変わった。
「今は時間がない……邪魔をするならその喉を噛み千切るぞ!聖族!!」
青年が唸り声を上げて牙をむいた。しかしその様子は少し焦っているようであった。
「(こいつ……人狼か…!!)」
ユキは青年が人狼と理解し、刀を持つ手に力を入れた。
「魔族はどうしてこうも野蛮なのが多いのか……いいだろう!お望みとあらばその身体、真っ二つにしてやる!」
青年に負けない敵意を持ってユキはフッと息を吐き、居合の構えをとった。
二人が睨み合い、ジリジリと間合いを牽制し合う、そして二人同時に攻撃を始めようとした瞬間。
「おやめなさい!!!」
突如その場の空気をかき消すように、力強く、透き通った声が広間に響き渡った。
二人は驚き、その声がした方を向く。
そこにはソフィアが立っていた。ソフィアは今にも倒れておかしくない状態でも身体に鞭を打って立っていた。
しかし、その姿には瀕死であるはずの面影はなく、むしろ凛々しさを感じられた。
「ユキ…聖族も魔族も関係ありません、私たちは同じ世界に生まれ、同じ世界に生きる隣人なのです」
ユキが構えを解き、申し訳なさそうにソフィアを見る。
「ソフィア様……申し訳ありません」
ソフィアがユキに近付き微笑みかける。
「いいえ、分かってくれたのならいいのです。それと傷の治療をしてくれてありがとう。おかげで大分楽になりました」
「…っ!!」
ユキはそれを聞き居たたまれなくなってしまう。
傷は完治したが聖力の流出は結局止められず、瀕死の状態に変わりがないからだ。
ソフィアが自分を気遣ってくれて選んだ言葉も今は胸に突き刺さる思いであった。
自分の不甲斐なさにまた涙を流しそうになったが、ソフィアに気付かれないよう、努めて表情には出さなかった。
「そこの魔族さん、先程は私の友が申し訳ありませんでした…」
そう言いながらソフィアは人狼の青年に近付き始めた。
すると呆然としていた青年が我に返り再び警戒態勢をとった。
ユキもそれに気づきソフィアの前に出ようとするがソフィアが手でそれを制した。
瀕死の状態でも歩みを止めず、こちらに向かってくるソフィアに対して青年が戸惑いながら言葉を投げかけた。
「ま、まて!それ以上近付くと攻撃するぞ!!」
そう言うと、ソフィアの動きがピタリと止まった。
しかしソフィアは糸目の隙間から澄んだ青色の眼で横たわっている少年を見て言う。
「そちらの少年、眠ったままですが、どうされたのですか?良ければ事情を聞かせていただけませんか?もしかしたら、その少年を助ける事が出来るかもしれません」
人狼の青年はソフィアの話を聞き横たわっている少年の方を見る。
血と魔力を失い死にかけている少年。彼を見た瞬間、人狼の青年は葛藤する。
ここでこの聖族を信用し助力を願ったら少年は助かるかもしれない。しかし、この二人が嘘をついていた場合を考えてしまい躊躇していた。
主人を本気で心配する故に、フェンリルは思いとどまってしまう。
「(だが…このままではグレイ様は…)」
人狼の青年は少年を見続ける、どの道結果は少年の死は確定であった。
それならばここで動いた方が良いと、一瞬でフェンリルは状況を分析してソフィアの方に向きなおして覚悟を決めた顔で言う。
「わかった。俺の名はフェンリルだ。事情を話す……この身がどうなっても構わない。だからどうか我が主を助けてくれ…!」
悪魔にでも魂を渡しても良いと思いながら、フェンリルが頭を下げた。
「ありがとうございます、フェンリルさん」
そんなフェンリルに元聖女は優しく微笑んだ。
文章書くのって本当に難しい…悪戦苦闘です。