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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
本編
9/46

09. お風呂タイム

 紀香は何も一番風呂を邪魔されたことに対して怒っているわけではない。入っていいですか、の一言も無しに勝手に入られたら誰だって声を荒げるであろう。いくら自分の家ではないとはいえ。


 しかしよくよく考え直すと、静は元から極端に無口な性格なのである。紀香は一歩引いて冷静になって、口調を和らげた。気は短いけれども冷めるときは結構早い。


「一緒に入りたい、ってことか?」

「……」

「せっかくの一番風呂だしな。わかった、一緒に入ろう」


 紀香が許可を出すとすぐさま、静はさっとボディタオルを取り、ボディソープをつけて紀香の背中をこすりだした。


「お、洗ってくれるのか」

「……」


 とりあえずなすがままになる。静の手つきはやたらと丁寧で、気持ちがいい。


 静が前に回り込んできて、お世辞にもふくよかと言えない胸にボディタオルを当ててきた。


「お、おい、そっちは自分で洗うから良いって!」


 さすがに有無を言わさずボディタオルをひったくった。すると静はじーっと睨みつける。表情は変わらないとはいえ、どこか不満げなのがひしひしと伝わってくる。


「そんな目すんなよー。気持ちはありがたいんだけどな」


 自分の体を洗いつつ静の体を間近で見たら、紀香の想定していた以上に肉がついていた。以前までは昼食を一切取っていなかったので勝手に痩せ気味の体だと思っていたが、実際は太すぎず細すぎずちょうどいい具合であった。


 胸の大きさに至っては完全に紀香を上回っている。紀香は鍛えに鍛えていて人に羨ましがられる程度の鋼の肉体を手にしているから、自身の貧乳にコンプレックスを抱いたことはない。しかし見事に半円球の形を描いている静の乳房の美しさは、紀香を唸らせるのに充分であった。


「ワンちゃん、結構良いチチしてまんなあ」


 スケベオヤジみたいなセリフとともに、紀香は乳房を鷲掴みにした。仲間内のおふざけで胸を触ったことなんざいくらでもある。相手は悲鳴を上げて嫌がるか、おふざけに乗って嬌声を上げるかのどちらかであった。さすがの静も何かリアクションしてくるはず。


「……」


 だが静の表情に変化はなかった。紀香はフニフニと揉んでみた。さすがに参るだろう。


 しかし静は嫌がる素振りすら見せない。それどころか手を伸ばし、紀香の六つに割れた腹筋に触れてきた。感触を確かめるようにぐっと力を入れて。仕返しのつもりなのであろうか。


「フフフ、どうだ。バッキバキだろー」

「……」


 静は割れ筋をなぞるように手を動かした。自慢の腹筋をソフトボール部のチームメイトから触られることもよくある。だが静の手つきは違っていた。無造作にただ硬さを楽しんでいるかのようではなく、愛おしそうにツツツ、と細い指を滑らせた。


 癖になってしまいそうな、危険性を孕んだ撫で方であった。


「わ、悪ぃ。体洗わせてくんないかな」

「……」


 紀香はボディタオルでお腹周りからこすり出した。静はまた不満げに見てくる。そんな目で見られると洗いにくいことこの上ないので、さっさと済ませた。


「よし、次はワンちゃんを洗ってあげよう」

「……」


 交代して静を椅子に座らせて背中を流し、ついでに頭も洗ってやる。他人の体を念入りに洗ったのは初めてのことだ。


 すっかり清潔になった二人は、一緒に浴槽に入った。


「ふぃ~……」


 体に湯の熱と入浴剤の成分がじんわりと染み入っていく。


「やべー、すんげー気持ちいい。なあワンちゃん?」

「……」


 紀香はドキッとした。


 静の顔は湯で血の巡りが良くなったためか、朱に染まっていつにも増して健康的に見える。さらに濡れそぼった髪の毛と相まって、とても色っぽく見えたのだ。


 トクントクンと心臓が高鳴りだす。昔、好きな人が出来て想いを伝えるときも、確か同じ感じだったような気がする……。


 いやまさか、と紀香は首をブンブンと横に振った。


「……」

「あ、ちょっと首が何かおかしな感じがしただけだ」


 紀香はごまかした。それからは特に話しかけもせず、ただじっと体を温めているだけであった。


「そろそろ上がろう」


 紀香と同時に静も立ち上がると、ザバーッと景気の良い水音が上がった。


 紀香はタオル掛けに掛けていたバスタオルを取って、自分の体をサッと拭いてから、静の頭から全身をガシガシと拭いてあげた。


「……」

「ドライヤー借りるぞー」


 静の髪の毛にドライヤーを当てて手ぐしで整えやる。鏡に映る静は相変わらず表情に変化がなかった。しかし湯上がりで血の巡りの良くなった顔はやはり、色っぽく見える。


 また心臓の鼓動が早くなってくる。きっと風呂で暖かくなったせいだろう。紀香はそう思った。

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