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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
本編
6/46

06. 次の行き先

 体を動かして良い具合に空腹になってきた紀香たちはハンバーガーショップに立ち寄った。お昼時だがそんなに混雑していないので、すぐに注文することができた。


「お待たせしましたー。店内でお召し上がりですかー?」

「はーい。ワンちゃん、何にする?」

「……」


 静はメニュー表のチーズバーガータブルサイズのセットを指さし、サイドメニューとドリンクもササッと指さした。それを紀香が声で伝える。


「この子はチーズバーガーダブルサイズのセットで、サイドメニューはポテトでドリンクはコーラ。あたしはビッグバーガー五つとオレンジジュースで」

「す、すみませんもう一度お願いします」

「チーズバーガーダブルサイズのセットで、ポテトとコーラ。あとビッグバーガー五つとオレンジジュース」


 店員にしてみれば想定外の大量注文で戸惑っていたに過ぎないのだが、同じことを言わされるはめになった紀香は少しムッとした口調で伝え直した。彼女は気が短い。


 やがて注文したものが出来上がった。


「よっしゃ、食うぜ食うぜ~」


 ご満悦状態で席を取る紀香。ピラミッド状に積み上げられた箱入りのビッグバーガーがトレイの上で目立っていて、周りの客がチラチラと見てくる。しかしそんなことは一切気にしない。


「それじゃ、いただきまーす!」

「……」


 紀香は一個目のビッグバーガーに手をつけた。一個あたり約500kcal、合計2500Kcalが紀香の体に吸収されることになるが、基礎代謝量が高い紀香にとっては屁でもない量である。


「ハンバーガーなんか久しぶりだな」


 休みの日でも大概試合や練習があるので、食事は寮で取るか、遠征する場合は弁当というのが普通になっていた。たまに今日みたいな完全オフの休日には外で思いっきり食べる。前回外食したときはとある飲食店で、たまたま居合わせたバレー部の先輩と、実家が食堂を営んでいるという後輩とともに大食いメニューに挑戦した。親子丼麻婆丼カツ丼、それぞれ三合ずつを一時間以内に食べるという正気の沙汰ではないメニューであったが、みんなの協力もあって全部食べることができた。それに比べたらビッグバーガー五個ですら紀香にとってはおやつ程度に過ぎない。しかし静を大食いメニューに付き合わせるのは酷だと思い、無難にハンバーガーショップを選んだのであった。


 静は小さな口でゆっくりとハンバーガーを食べている。すでに一つ目を食べきってしまった紀香は、ペースを落とした。


「この後どうする? どこに行く?」

「……」


 静は食べるのを中断して、ケータイを取り出した。ササッと指を動かして、紀香に地図アプリを見せつける。


「ここ? ここに行きたいのか?」

「……」

「で、何だこれ?」


 空の宮市中央駅南部。ここは住宅街になっていてあまり見どころが無いのだが、ポインターは何らかの建物を指している。しかしそれが何なのか一切書かれていない。


「全然わかんねー。降参。教えてくれよー」


 紀香は少し考えてから投げ出した。すると、静は人差し指を自分に向けた。


 自分。それが意味することとは。


「まさか、ワンちゃんの家……?」


 静は指輪っかを作った。


 *


(まさかワンちゃんの家に行くことになるとは思わなかったな……)


 バスと徒歩で二十分少々かかったところに静の家はあった。一軒家で、特に目立った特徴はない。閑静な住宅街にある家の一つ、といったところである。


 静が門扉のチャイムを押すと、すぐにドアが開いた。


「おおおお……本当にお友達を連れてくるとは……」


 立派な口ひげを蓄えている太った中年男性が、紀香を見て大きな瞳を潤ませている。まるで獲物を見つけたクマのようでで、紀香は少々たじろいだ。


「静の父です。どうぞ上がってください、紀香さん!」

「お、お邪魔しまっす!」


 初対面なのに名前を知っていることに驚いたが、体育会系らしく元気よく挨拶した。冷静に考えてみたら静は移動中にひっきりなしにケータイを触っていたから、メッセージで自分のことを伝えていたのかもしれない。


「さあどうぞどうぞ」


 父親に促されて、紀香は静に先導される形で彼女の部屋に向かう。静の部屋は二階にあった。


「……」


 静がドアを開けて、中に入るよう手で指し示す。紀香はその通りにした。


「え……?」


 紀香は一瞬、空き部屋に入れられたのかと思ってしまった。しかしちゃんと見たら真ん中にはマットレスがあり、端には勉強机がある。しかし、ただそれだけであった。漫画本を所蔵する本棚とか、パソコンとか、オーディオとか、クッションとか、ぬいぐるみとか。それらが一切無い無の空間。女子中学生らしからぬ、いや、人間味すら全く感じられぬ部屋であった。広さにして六畳程度なのに、寒気がするぐらいにだだっ広く感じられる。


 これじゃ刑務所の独房みたいだ、と失礼な例えが紀香の頭に浮かんだが、実際そうとしか見えなかった。


 静は床を指し示した。どうぞ座って、ということらしい。床はチリ一つ落ちておらず清潔である。


 座るには座ったが、寝起きと勉強に必要な最低限のモノしか置かれていない空間はかえって落ち着かない。静は紀香と向かい合うように座っているだけで、何も動きがない。


「ものすごくスッキリしていてシンプルな部屋だなあ」


 紀香は無の空間をポジティブに言い換えて伝えたが、静は反応しない。


 そもそも何で自分を家に連れてきたのだろうかと紀香は首をかしげる。まさか私のスッキリしていてシンプルな部屋を見に来て欲しい、というわけではないとは思うが。


 ドアがノックされて、父親が入室してきた。


「どうぞ。口に合うかわからないけど、手作りです」


 携えてきたお盆の上にはコーヒーとクッキーが乗っている。


「おじさんが作ったんスか?」

「ははは。ボク、今でこそ専業主夫だけど元パティシエだからね。スイーツのことなら何でもござれ、ですよ」


 ビッグバーガー五個を胃袋に収めてなお余りある紀香の胃袋。静がお盆を受け取って床に置くと、にわかに食欲が甦ってきた。


「じゃあさっそく……」


 チョコチップ入りのクッキーに手を出す。かじるとサクッと小気味いい音がした。


「ん! 甘い! 美味しいっス!」

「良かった!」


 父親が大きなお腹を揺らした。傍らで娘はクッキーを黙々と頬張っている。


 父親は娘と正反対の愛想の良い笑顔を紀香に振りまいて、こう言った。


「今日良かったら、ウチに泊まっていってくださいよ」

「あっはい、わかりました」


 紀香はコーヒーを一口すすった。


「………………え゛っ!? 泊まる!?」

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