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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
番外編
45/46

EX07-10. 悟る紀香

「なあ、静」


 紀香はいつも前のベンチで声を張り上げているが、今は後ろのベンチの隅っこで恋人の隣に座っている。


雲宝(うんぽう)にノーノー食らわされたときより凹んでんだけど」


 ちらりとスコアブックを覗き込む。清水高校側のシートにいくつか「3E」という記入が見られるが、それはファースト紀香のエラーを意味している。その他にもいわゆる「記録に残らないエラー」もいくつかやらかしている。守備面でかなり足を引っ張っているが、菅野監督は頑なにポジションを変えようとしなかった。


「今日はマジ厄日だわ。は~……」


 ガクッとうなだれる紀香。そこへ静が耳を近づけて、囁いてきた。


「え? 落ち込むならとことん落ち込んだ方が良いって? 何でだよ」


 静がまた囁く。チラリと菅野監督の方を見て。


「え? 自分で考えてって?」


 紀香はますます凹んだ。慰めを期待していたら、まさか突き放されるようなことを言われると思っていなかったから。


 今日の一試合目よりも以前に、一塁の守備についた試合はいつだったのかもう覚えていなかった。そもそも小・中学の頃もほとんどDP(指名選手)で出場していたので、守備経験は人より少ない。元々守備力に乏しいだけでなく、いくら練習しようとも打撃ほど成果が上がらなかったから、使う立場からすれば打撃専門として使う他なかったのだ。


 だから、紀香が何度ミスをしても守備から外そうとしない菅野監督の心の内を、このときの紀香は全く理解できていなかった。静にはわかっているようだが、紀香はどう考えてもわからなかった。


 イニングはすでに六回に入り、スコアは9-1と厳しい展開になっている。公式戦だとすでにコールドゲームが宣告されているが、試合前の取り決めでコールドは無しということになっている。敗色濃厚の中で、選手たちの意識は少しでも監督にアピールする材料を与えられるかどうかに切り替わっていた。


 宮坂あおいと武藤球のバッテリーに翻弄され、とりわけ攻守ともに星花女子ナインの弱点を見抜いている球にはやりたい放題にやられている。ここまでやられると、果たして一試合目の弱さは一体何だったのかと疑わしくなってくる程である。


 ただ、このボロボロな試合でも収穫はある。今投げている有原はじめが好投していることだ。大きなビハインドを背負ってからの登板で精神的に楽だったとはいえ、ノーヒットに抑えているのは強烈なアピールとなった。特にチェンジアップのキレが良く、相手は来るとわかっていても打てなかった。


 そこに、またもや武藤球が立ちふさがる。ちょこんとバットを当てただけだが、ボールがショートの頭上をふんわりと越えてセンター前にポトリと落ちた。彼女らしい何ともいやらしいポテンヒットである。


「えへへ、これで猛打賞や」


 全打席で出塁しているので、嫌というほどに嫌な顔を見せつけられた紀香は心底うんざりしていた。


「おーい、一塁穴やぞー」


 球が次打者に品のない声をかける。紀香は頭に血が上ってきたが、かすかに残っていた理性が押し留めたくれたおかげで、手を出すまでには至らなかった。


 こんなにうるさいのが近くにいたらたまったものではない。さっさとベンチに戻りたいと願ったそのときであった。紀香の頭の中に、一筋の光が差し込んだのは。


「……あ、そうかっ!!」


 紀香が急に叫ぶと、さすがの球もびっくりしたようで「な、何や?」とたじろいだ。


 本来は打撃専門の紀香は、守備中はベンチで声出しに励む。しかし果たして、守備につくナインたちの気持ちになって応援していたのだろうか。声を出すのは簡単だが、一球一球に全神経を集中させてアウトを取りに行く守備陣の苦労をちゃんと考えたことはあったのだろうか。


 打つことばかりを考えてはいけない。そのことを監督は体で教えようとしていたのではないだろうか。


「ようやくわかったかもしんないんだよ」

「は? 何をですか?」

「テメーで考えな」


 球は何かぶつくさ言いながら、ローリングスタートの姿勢を取った。はじめがリリースすると同時に離塁したが、先程の紀香の大声のせいなのかはわからないが、若干リードを取りすぎた。


 現在のキャッチャーは帆乃花ではなく、一年生の国包仁奈。座ったままの姿勢で投げた牽制球は、紀香のミット目掛けて一直線の軌道で飛んでくる。


「ああっ、しもうた!」


 手から帰塁しようとする球。だが若干の差で紀香のタッチが早かった。


「アウト!」


 審判が大きなジェスチャーで宣告したものの、球はうつ伏せのまま起き上がらない。まるで銃で撃たれて斃れたかのようである。


 紀香はボールをはじめに渡すと、


「さっさと起きろよ、バーカ」


 子どもじみた罵声を浴びせて、ファーストミットでヘルメット越しに球の頭をちょこんと小突いた。これが球にとっては大衆の面前で殴られたのと同じぐらい屈辱だったようで、歯を剥き出しにして身を震わせた。


「だ、ダメ押しで頭をどつきやがって……」


 年上が相手にも関わらずタメ口で恨み言を吐いてきたが、紀香は意趣返しのつもりで、球のようにヘラヘラと笑って口笛を吹いて聞き流した。


 *


 最終回。清水高校の勝利はほぼ確実という状況である。あおいの投球練習が終わると、球は彼女の下に駆け寄った。


「完投勝利目前やな」

「うん! 球やん、最後までリードお願いね」

「ああ。ほんでちと相談なんやが……」

「相談?」


 球はミットで口元を隠した。


「このイニング、八番から始まるけど()()まで回すで」

「何で? あっ」


 あおいもグローブで口元を隠す。


「だっ、ダメだよ! さっきの下村さんの態度は良くなかったけど、仕返ししようなんて考えちゃダメだって!」

「何もぶつけたりせえへんわ。あいつを三振にとってゲームを終わらして恥かかすんや」


 今日の紀香は三タコ。あおいに疲れの色が見え始めているが、四度目も抑える自信がある。


「ちゅーわけで、頼むで!」

「あっ、球やん!」


 球はキャッチャーボックスに戻っていった。

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