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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
番外編
41/46

EX07-6. インターバル

「アホンダラァ!! だってよ」


 紀香が先ほど一塁ベンチから聞こえてきた中野渡監督の怒声を真似したが、あまりウケは良くなかった。そもそもウケ狙いで真似をしたわけではなかったが。


「あの人って、あんなにキレるんだな。テレビで見る限りじゃ優しそうな感じだったのに」

「昔からあんな感じだったわよ」


 と、菅野監督。


「そうだ、監督。中野渡さんとすげー仲が悪そうですけど何でなんスか?」


 早めの昼食、みんなと同じくおにぎりを食べながら菅野監督は語りだした。


「Causeは私にあるの」

「コーズ?」


 よく英単語を交えて話すから「コーズ」も英単語だろうということはわかっていたが、意味がわからない。実際はもう授業で習っている単語であり、単に忘れているだけであった。


「『原因』だよ」


 見かねたのか、はじめが耳打ちしてきた。


「あ、ああ。『原因』っスね」

「英語の先生は私だけじゃないようね」

「う、ちゃんと勉強しときます……」


 紀香は頭を掻いた。


「中野渡さんは私と同い年で同じ時期に実業団デビューしたんだけど、新人ながらもう少しで三冠王を取りかけてたのよ」

「へえ! やっぱり凄かったんスね」

「残念ながら打率は一厘差で二位だったけどね。私のせいで」


 その昔、空の宮市にマルトクフーズという食品会社があった。この企業はソフトボールチームを持っており実業団リーグに参加していたが万年最下位という体たらくぶりであった。


 菅野逸枝は地元の県立校からマルトクフーズに就職したが、ソフトボールで残した実績が全く無く、会社からすれば地元の子に職を与えたというぐらいの感覚でしかなかった。だがこの新人は剛速球と荒れ球を武器に、上位チームと互角以上の戦いを繰り広げたのである。高校時代は取れる捕手がいなくて実力を出し切れておらず、そのせいで無名であったに過ぎなかった。


 菅野逸枝と中野渡彩子の因縁は、最初の直接対決から始まった。中野渡が所属するタイラ製作所は開幕から六連勝中。中野渡は高卒新人ながら三番打者の座に収まっており、天才的な打撃を発揮して打率・打点・本塁打でトップをひた走っていた。


 だが試合では菅野の剛速球に全く手が出ずに全打席で三振を喫し、チームも1-0で敗戦してしまった。マルトクフーズが公式戦でタイラ製作所に勝利したのは実業団リーグが始まって以来初めてであり、このジャイアントキリングは当時のソフトボールファンに衝撃をもたらしたものであった。


 マルトクフーズはこの一勝だけでリーグ戦を終えてぶっちぎりの最下位に終わってしまったが、もしも中野渡が菅野から一安打でもしていれば首位打者の座を獲得していたのである。野球界のNPB、MLBですら達成者がいない新人三冠王という快挙を潰された中野渡は菅野に対してただならぬ感情を抱いても仕方のないことであろう。


 だが中野渡は菅野を大の苦手としてしまい、通算対戦成績は一割の打率にも満たなかった。それでも何度も優勝の栄冠を手にして日本代表の主砲として君臨し続けることができた。一方の菅野はリーグ戦優勝の味を知ることなく、親会社が食品偽装事件を起こしたためにソフトボール部が廃部になってそのまま表舞台から消えていったのは皮肉としか言いようがない。そこから紆余曲折を経て教員資格を取り、今に至る。


「はあ~……先生ってめっちゃ凄い選手だったんスね」

「ええっ、いまさら?」


 はじめが信じられない、と言いたげに目を剥いた。


「はじめは知ってたのかよ?」

「うん。ていうかわたし、前にも紀香ちゃんに話したことがあるんだけど……」

「え? いつ話したんだ……?」


 記憶の糸をたぐりよせようとしても、まったく思い出せない。記憶力は弱い方だとは自覚しているが。


「はぁぁ……そんなんだから桜花寮に飛ばされたんじゃないの」


 新浦不二美がお手上げポーズをすると、


「パワーにパラメータを割り振ったから頭がおざなりになっちゃったんだねー」


 相方の湯沢純も話に乗る。コケにされて黙っていられる紀香ではない。


「おうおう、性欲に全振りしてる先輩たちに言われたかぁねえなあ」

「ふーん、先輩に向かってそんな口聞くの?」

「教育しなきゃ、だね」


 不二美が紀香を羽交い締めにすると、純が紀香の両脇をくすぐりだした。


「うひゃひゃひゃひゃ!!」

「URYYYY!! どうだ! どうだ!」

「やっ、やめてぇうひゃひゃひゃひゃ!!」


 教育を誰も止めようとせず、菅野監督まで笑ってじゃれ合いを見ている。静に目で助けを求めたが、合掌で見送られた。


「あひゃひゃはくじょうものーっ! あひゃひゃひゃ!!」


 *


 一方、先輩後輩の枠を越えたふざけ合いで盛り上がっている三塁側ベンチと裏腹に、一塁側ベンチは殺伐とした空気に包まれていた。スターティングメンバーを全員入れ替えて臨む二試合目、まさに背水の陣といったところであり、チームの命運は宮坂あおいと武藤(たま)のバッテリーにかかっていた。


「相手は勢いづいてるし、正直自信が無いなあ」

「大丈夫、大丈夫。ウチがちゃんとリードしたるからサイン通り投げたらエエ」


 球が自分の頭を指差す。


「星花女子ナインの全てがこの中に入っとるからな」

「さすが球やん、推薦入試なのに一般入試組を抑えてトップで合格しただけあるね」


 推薦入試組は学力試験である程度点数にゲタを履かせてもらえるのだが、球の場合は学力試験だけで満点に近い点数を取ったために、国語数学英語三教科の合計点がゲタ分を合わせて300点を超えるという珍事を起こしていた。


「あれ見てみい」


 球が三塁側ベンチを指差す。特大ホームランを打った下村紀香がチームメイトたちとふざけ合っていた。


「前見たときもそうだったけど、みんな楽しそうにしてるね」

「当然やわな、一応は格上相手にボロ勝ちしたんやから。二試合目も当然勝てると思うとるんちゃうかな」


 ふんっ、と球は鼻を鳴らした。


「勝利に向かって前見て進むんはエエけど、足元も見とかな。穴に落ちて痛い目に遭うても知らんぞ」

「その穴を掘るのが球やんの役目ってことだね」

「そうや」


 清水のスターティングメンバーは一試合目のときよりも若干力が劣るが、勝機は高いと見込んでいた。監督から激しい喝を貰って気が引き締まったし、ここで活躍すれば一試合目組が大失態を演じた分、監督に好印象を与えられるからだ。


 球の野望成就のための一歩でもあった。まず正捕手の座を杉村から分捕って、プライドだけ高い平野に変わって従順なあおいにエースの座についてもらう。そして二人の力でインターハイに出て、優勝して。強豪大学なり大手企業のチームなりに入って、ゆくゆくは世界大会の日本代表に選ばれる……これが球の思い描く覇道である。


(まずはお前らに人柱になって貰うで)


 へっへっへっ、と球は肩を揺らして笑った。頭の中に、落とし穴にはまって生き埋めになる星花女子ナインの姿が浮かんでいた。

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