EX07-5. 大炎上
今回はソフトボールばっかやっています。
星花女子学園と清水高校との練習試合はダブルヘッダーで行われる。試合前のキャプテンどうしの取り決めで星花女子は一試合目では後攻、二試合目では先攻となった。
ウォーミングアップをした後にすぐ試合が始まった。一試合目は清水高校側は平野悠と杉村香穂のバッテリー、星花女子は戸梶圭子と穂苅知子のバッテリーで両軍ともエースと正捕手を出してきて、その他スタメンもベストメンバーである。
下村紀香は当然ながら四番を務めるが、いつものDPではなく一塁を守る。実戦で守備につくのは久しぶりな上に、内野が天然芝なので打球の転がり具合が土とは違っていたから、試合前練習のノックで何度も捕球し損ねていた。
「お前、本当に大丈夫かあ?」
プレイボール直前、ピッチャーズサークルに集まった紀香に対して圭子が呆れ気味に聞いてきた。
「うっす、こっちに打たせないでくださいっス!」
紀香が冗談で返したらみんなに思いっきり笑われる始末である。
「しょうがねえヤツだなあ。知子、そういうことだから上手くリードしてくれ」
「善処するわ」
相手はスポーツ推薦組。試合前の整列ではみんな高校一年生とは思えない良い体格をしているのばかりで、傍から見れば星花女子は苦戦を強いられると思われた。
しかしフタを開けてみると、全く違う展開が待ち受けていた。
「うりゃあ!」
圭子が投擲したボールにタイミングが狂って、バットが空を切る。新球のチェンジアップが見事に決まって三番打者を三振に切って取った。落差ははじめ程ではないものの、速球派の圭子に取って緩急をつける変化球は大きな武器だ。
「ナイスピッチング! 全然タイミング合ってなかったっスよ」
「わはははは、そりゃそうだろう、有原から盗み取って覚えたんだからな!」
「さすがっス! また調子乗って炎上すると思ってました!」
「わはははは、バカヤロー!」
圭子はグラブタッチしようとして差し出した紀香のファーストミットではなく、頭を叩いた。三者凡退という上々の滑り出しにご機嫌である。
その裏の攻撃。星花女子ナインは投球練習をしている平野悠には目もくれず、ベンチの前で円陣を組んだ。
「あのピッチャー、私の故郷におったヤツじゃけんよう知っとります。カーブが結構えげつねえ曲がり方しよるんで気をつけてください」
「オッケー、追い込まれる前に積極的に行った方が良さそうね」
先頭打者の新浦不二美がヘルメットをかぶり、屈伸運動してから左打席に入った。ベンチから声援が飛ぶが、紀香のバカでかい声がよく目立つ。
「星花はお嬢様学校って聞いとったけど、一人品が無いのがおるねえ」
杉村香穂がマスク越しに嘲笑してきて、不二美はムカッときたもののすぐさま打席に集中しなおした。
平野悠が一球目を投げる。いきなりカーブで、大きく落ちてワンバウンドしたが杉村香穂は上手く止めた。
「どうね? これが全国レベルの球たい」
「……」
「驚いて声も出んとね? ならもう一球サービスで見せてやるけんよう見んしゃい」
二球目も本当にカーブが来た。厳しいところだったが、不二美は捉えた。
「あら?」
ゴロで一二塁間を抜けてライト前ヒット。
「ははは、まぐれ当たりにしちゃよう打ったね」
「全然まぐれじゃねえわ」
二番の頼藤花子が杉村香穂を睨みつけた。
「中学時代の平野は凄い思うとったけど、今見たら屁みたいなもんじゃな」
「屁!?」
「私の地元にもっと凄い球投げるヤツがおるけん、それに比べたら屁じゃ」
「そ、そげんこつ言うなら打ってみい!」
ムキになった杉村香穂は、またカーブを投げさせた。元々変化球打ちが上手い頼藤花子が見逃すはずもなく、センター前に軽々と弾き返す。これで無死一、二塁……とはならなかった。
中堅手は不二美が二塁で止まると思い込んでいたのか動きが緩慢で、不二美は一気に三塁を狙った。中堅手が慌てて三塁で刺そうとするも、ボールはホームベース方向に大きく逸れて三塁手が捕球できなかった。
平野悠は三塁手のバックアップに入らなければならないのに、なぜかピッチャーズサークルでボーッと突っ立っていて、ボールは無人の空間を虚しく転がっていく。三塁コーチャーズボックスの湯沢純が判断を下した。
「ふじみん、行けー!」
プロペラのようにグルグルと腕を回して不二美を突入させる。三塁手が拾いに行こうとるも間に合うはずがなく、不二美はホームベースに滑り込んで一点をもぎ取った。その間に頼藤花子は二塁へ。
「アホが……」
ボーンヘッドでいきなり失点した清水高校の一塁ベンチが凍りつく中、武藤球が舌打ちした。
「同じボールを何度も投げさせてどないすんねん……しかも変化球打ちが得意やのに……守備もちんたらちんたらしとるわ……」
横目で中野渡監督をチラッと見たら、腕を組んで殺気をみなぎらせていた。この後どうなるかは推して知るべしである。
三番坂崎いぶきは強打と見せかけて三塁方向へバント。今度は三塁手の一塁への送球がそれて一、三塁となった。アウトカウントは一つも増えていない。
そして……。
「♪でーでーででーん でーででーんでーででーん」
なぜか『スター・ウォーズ』のインペリアル・マーチを口ずさみながら、ゆっくりと主砲が左打席に向かっていった。
「へっへっへっ、下村紀香さまの県外試合デビュー戦だぜい」
内野がピッチャーズサークルに集まって声を掛け合っているが、誰も色を失っている。それもそのはずだ。思い描いていたものとは全く真逆の試合展開になってしまっているのだから。
球が集めたデータを一切無視したバッテリーでも、全国大会経験者の下村紀香のことは知っている。当たれば怖いが三振も多い。今度こそ自慢のカーブで三振を取って悪い流れを断つ。ようやく尻に火がついたバッテリーだが、その火はますます燃え盛ることとなった。
じっくり攻めてボール、ストライク、ボール、ストライクと追い込んだ後のカーブ。これが大失投で、ど真ん中に入ってしまった。紀香は待ってましたとばかりにフルスイングした。
高々とバットを放り投げて、悠々と一塁に歩き出す。右翼手は早々と追うのを諦めて、打球はフェンスを越えて、向こう側にある林に飛び込んでいき、驚いた鳥が一斉に飛び立っていった。
「おっしゃあ!」
紀香は審判のホームランのジェスチャーを確認すると、ゆっくりと走り出した。もう平野悠は目の焦点が合っていない。初回からこれだけ打ち込まれたのは初めての経験であろう。
ホームベースを踏むと、出迎えてきた監督や部員たちと次々ハイタッチを交わした。
「監督、ぶっちゃけていいスか?」
「何かしら?」
「相手、全然大したことなくないスか?」
それは誰しもか感じていたことのはずである。菅野監督は首を横に振った。
「あなたたちが大したものになったのよ」
*
試合前の取り決めによりコールドゲームは無しということになっていたが、五回表を終わったあたりで清水高校が試合を中断したいと申し出てきた。
つまり、降伏したということである。
8-0のワンサイドゲームであった。打っては先発全員安打、投げては戸梶圭子3イニング黒澤加奈子2イニング投げてわずか被安打2。実戦経験が皆無の高校とはいえ、スポーツ推薦組だらけのメンバーを相手に圧倒したことで部員たちは自信を強めた。
一方の敗者側は悲惨である。
「これがお前らの実力だよ」
中野渡監督は怒気のこもった声で叱責する。
「平野!」
「はいっ……」
「テメー、武藤が調べたデータに一切目を通さなかったそうだな。理由を説明しろ」
「それは、読まなくても勝てると思って……」
アホンダラァ、という怒声が轟いた。
「言ってたよな? 試合は全部自分に任せてもらって監督は見ていてくださいって。任せた結果がこれだ。どう落とし前つけんだ、ああん?」
主将の平野は泣いていた。怒りの矛先は相方に向く。
「杉村!」
「は、はいっ!」
「テメーみたいなノータリンがキャッチャーやってたら勝つ試合も勝てねーんだよ。ただボールを捕るだけなら置き物と一緒じゃねーか」
「すみませんでした……」
世間からパワハラと糾弾されても仕方のないような侮蔑的な単語で部員たちはこれでもかと罵倒されたが、自業自得な面もある。事前準備を怠り、相手を侮ったからだ。いくら個人の能力が高くても、やるべきことをやらなければフルに能力を発揮できるはずがない。
しかしながら、実は敗戦は中野渡監督の計算の内ではあった。武藤球が入手したデータを見て、星花女子ならプライドの高い我が校の部員どもの鼻をへし折ってくれるだけの力があると踏んでいたのである。周りに比べて実績に劣る球の言うことを誰も聞かずデータも見ようとしないのも、想定していたことである。
もっとも、ここまで点差を広げられてしまうとは思ってはおらず、その点で激しい怒りを買うことになった。
「二試合目はスターティングメンバーを全部入れ替える。宮坂!」
「はい!」
「テメーが先発で投げろ。武藤と組んでな」
「わかりました!」
「次、負けたらただじゃおかないぞ。いいな!!」
部員たちは縮み上がって、はいっ、と絶叫した。
中野渡監督は椅子にドカッと座ると、殺伐とした一塁側と正反対に和やかな雰囲気の三塁側ベンチを見やった。
「菅野逸枝……こいつは監督になっても私の邪魔をしやがって……」




