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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
番外編
38/46

EX07-3. 静のドッキリ大作戦

「ふあああ~~~~っ、眠たっ」


 紀香が豪快に口を開けてアクビすると、同室の一年生たちが大笑いした。夕食後にみっちりとミーティングをしたが、体を動かすのと頭を動かすのとでは疲労の質が違うものである。


 それに引き換え、一年生たちは目がギラギラしている。


「お前らは眠たくねえの?」

「すごく勉強になって楽しかったですよ。監督の戦術論は面白いです」

「私の中学時代の顧問、精神論ばっかだったからなあ。それにひきかえ菅野監督の話は合理的でした」

「初心者でもわかりやすかったです!」

「熱心だなあ。良きかな良きかな」


 紀香はウンウン、と満足げに首を縦に振る。


 黒澤加奈子が部屋に戻ってきた。手にビニール袋をぶら下げている。


「モナカアイス買ってきた。食べな」

「おお!? 先輩がおごるの初めて見た……ごっつぁんです!」

「「「ありがとうございまーす!」」」

「下村にはもう一つやる」

「え? いいんすか?」

「お詫び」


 一瞬何のことかわからなかったが、風呂ではしゃいだことだと理解した。そもそも加奈子が泳いだのがきっかけだったが、怒られたのは紀香と、一緒にいた二年だけであった。


「そういうことでしたら、頂きます」


 寡黙な先輩に対する苦手意識が、少し拭えた気がした。


「食ったらちゃんと歯磨けよ」


 就寝時間まではまだだったが、加奈子はモナカアイスを口にせずさっさと布団に潜ってしまった。


 残り四人はモナカアイスを食べながら、すでに寝息を立てている先輩に気を使って小声で会話をはじめた。合宿の定番の話題は恋バナだ。一年生たちは自分の好みのタイプとか適当に話した後、紀香と静の間柄が話の中心に変わった。


 静との出会いから告白まで根掘り葉掘り聞かれて、特に衆人環視の中で告白したエピソードで紀香は恥ずかしさのあまり言葉を何度も詰まらせた。それを一年生たちが遠慮も無しにイジるものだから余計に恥ずかしくなって、ついには「うるせえ、さっさと寝ろ!」とふて寝してしまった。


 隣の部屋からは楽しそうな笑い声がひっきりなしに聞こえてくる。


「加治屋先輩の部屋、楽しそうでいいねー。仁奈ちゃん初音ちゃん、ちょっと行ってみよっか」

「行こう行こう!」

「加治屋先輩の班には新浦先輩もいたよね。あの人だったらすごい話聞けそう」


 一年生たちが忍び足で部屋を出ていくのを、紀香は薄目で見た。


 濃い恋愛話を聞きたかったであろう彼女たちを失望させたかもしれない。しかしそんなことは知ったことではない。恋愛話は経験豊富な新浦先輩から聞くのが良いに決まっている。


(ま、去年までは話をすることもできなかったんだけどな)


 やがて紀香は加奈子の後を追って夢の世界に旅立った。


 *


 加治屋帆乃花のいる「藤の間」には、有原はじめの班も集まって歓談を繰り広げていた。有原班の静も一緒に来ていたが、ほとんどしゃべっていない。それは周りも同じことであった。歓談ではほとんど特定の二人がしゃべっていたからである。


 特定の二人とは新浦不二美と湯沢純。鉄壁の二遊間を組む恋人どうし。彼女たちの口から飛び出るのは恋バナというレベルではなく、もはや猥談に近かった。その生々しさにある者は頬を赤くし、ある者は引き、ある者は食いついて聞き入っていた。


「で、静ちゃんの方はもうやることはやったよねえ?」


 純は実ににこやかに、唐突に静に話を振ってきた。


 静はただ、首を横に振った。


「ウッソー!?」

「下村のヤツ~、何で静ちゃんを抱かないの? 抱けないの? 抱きたくないの? 抱く度胸もないの?」


 不二美が舌打ちした。


「こらこら、静ちゃんの前で悪く言うんじゃない」


 坂崎いぶきが注意しても、


「だってザッキー、つき合ってもう四ヶ月経ってんだよ? しかも一緒の部屋に寝泊まりしてんだよ? それで何も無しっておかしくない?」

「恋人のありかたなんか、人それぞれだろう?」

「でもこの子でさえ、ねえ?」


 不二美がちらっと横目で見たところで、はじめが恥ずかしそうにうつむいている。実ははじめには二つ年上の星花OGの恋人がいる。恋人ができたのは紀香よりも早くて、仲もそれなりに深まっていた。


「静ちゃんはどう? したいと思うの?」

「不二美」


 いぶきが止めようとしたが、静ははい、とだけ返事した。


 紀香のおかげで人間らしい生活を送れるようになり、失われていた三大欲求を取り戻すことができた。だがそのうち性欲に関しては、ここ最近は肥大化が著しいのを自覚している。誰かさんのせいでBLの沼にはめられてしまい、男同士の恋愛とはいえ性的な作品に触れだしたのも原因なのかもしれない。


 紀香と風呂に入るたびに筋肉質の体を見ては、組み敷かれたいなどと思ってしまうことは何度もあった。だが紀香の方から一向にアプローチはない。そう正直に語ると、


「こうなったら、自分から誘っちゃうしかないよねえ」


 純がニタリと笑い、


「裸になって添い寝するとか?」


 と不二美もニタリ。


「でもあいつ、ヘタレて逃げ出すかもね」

「じゃあ、今から試してみる?」


 二人とも静を見て、ニタリ。


 まさか。


「下村は寝てるんだよね?」


 二人は下村班の一年生三人に確認を取った。


 *


 紀香は一番端の布団でグーグーと気持ちよさそうに寝ていた。


「ねえ、本当にやるの?」

「静ちゃんがやるっつてんだし。ザッキーだって本音では楽しんでんじゃないの?」


 不二美が問うと、いぶきは曖昧に返事した。止めようとすれば主将命令で止められるのにそうしないということが答えである。


 紀香と反対側の端の布団では、加奈子が紀香から背を向ける格好で寝ている。純がそーっと近づいて頬を突っついても目覚める気配はない。純は指でOKサインを作った。


「こいつ、いったん寝たらなかなか起きないんだよねー。ということで……」

「黒犬静のドッキリ大作戦、いってみよー!」


 不二美と純が声を潜めつつも、バラエティ番組のノリで静を煽った。加奈子が夢の世界に旅立ってしまい一年生たちもいない中、突然静が自分の布団の中で添い寝していると気づいたら、紀香は果たしてどんな行動に出るのか。肉食動物のように食らいつくか草食動物のように逃げ出すか。いずれにしても適当なタイミングでみんなが出てきて「ドッキリ大成功!」といく段取りである。


 さすがに裸になるのはいぶきに止められたため、寝間着として着ている学校指定のジャージのままで、紀香の乱れた布団の中にゆっくりと潜り込んだ。他の者たちは部屋の入り口あたりに固まって様子を伺い、スマートフォンで動画を撮っている者もいる。


 静は紀香を招いてお泊りしたときを思い出した。闇の中をさまよっていた頃に感じていたぬくもりが、今ではさらに暖かく感じる。


 しかしあくまでもこれはドッキリ。純がやったように、静は紀香の寝顔のほっぺたを突っついた。


「んんー……」


 紀香は口をモゴモゴと動かす。


「しずかァ……」


 ドキッ、と心臓が跳ね上がった。気づいたかと思ったものの、まぶたは閉じたままで寝息を立てている。また口が動いた。


「やめろよぉ……上に乗るんじゃねぇよぉ……」


 え? と、静は眉根を寄せた。自分は横にいるのになぜ()()()()()()()


「お、おいなにすんだよぉ……ああっ!」


 紀香の口から切なそうな声が出た。モゾモゾと体をねじりだして、顔はみるみる熟れたりんごのように赤くなっていく。


「ひぃっ! そ、そんなとこさわんな……うああっ……おまえ、どこでそんなことおぼえてきたんだよぉ……」


 口からはよだれが一筋たれた。


 夢の中で自分が何かいやらしくてイケないことやっているらしい。今起こしたらかえってまずい。そう直感した静はそーっと布団から抜け出たが、


「うひゃああっ!」


 紀香の体がびくっ、と跳ね上がる。静は四つん這い状態で出入り口へと逃げ出した。


「ちょっと、キミが逃げちゃダメじゃん!」

「夢の中で静ちゃんとあーんなことやこーんなことしてるんだよ! それを現実に変えるチャンス! 黒澤も絶対起きないし、今ここでやっちゃいなよ!」


 雁首揃えて二遊間コンビが迫るが、いぶきがむんずと首根っこを捕まえて引き剥がした。


「もうじゅうぶん面白かったよ。さあ、これで終わりにしよう」


 二人は不満げだったが、結局みんな部屋から追い出された。


「紀香の名誉のために、今夜の出来事は見なかったことにしよう。ね?」


 そういうことになり、お開きになった。ドッキリさせられたのは静というオチを残して。


 *


「静、目ぇ赤いぞ。どうしたんだ?」


 静は枕が合わず寝られなかった、とごまかした。あなたのせいですよと言うわけにはいかず。


 紀香があんな夢を見たということは、きっと彼女にもそういうことをしたい欲求があるということであろう。でもまさか自分が相手を組み敷く立場になるとは。


 あのときのトロントロンになっていた紀香の顔がずっとちらついて、一睡もできなかった。それどころか実際に自分の手であんな顔をさせてみたい、という気持ちがむくむくと頭をもたげはじめていた。


 いやらしい欲望を気取られたらどうしよう、と内心怯えながら静は箸を動かす。


「そういや、昨日夢見たんだけど」


 静は箸を止めた。


「内容がはっきり思い出せなくて気持ち悪ぃんだよなあ。静もそんな経験ない?」


 あるけどその日のうちにどうでもよくなります、と答えた。


「だよなー」


 紀香は山盛りご飯をかきこみはじめた。


 とりあえず、昨日の夢はそのまま忘れて欲しかった。練習に集中できなくなるだろうから。

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