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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
番外編
35/46

EX06-2. アイドルとマネージャー

 黒犬静の所属する高等部一年四組のクラスメートに筒井香織(つついかおり)という生徒がいる。彼女は菊花寮暮らしの優等生だが、その実腐女子で軍事オタクである。彼女のハイブリッドな趣味嗜好は隠しているが、実はBL好きに関しては静にバレていることを知らない。


 あれは放課後に静が教室を掃除していたときのことであった。香織の机を動かしたら中からヒラリと一枚のルーズリーフが落ちてきた。


 それを拾った静の体全体に、電撃が走った。


 香織が描いたものと思われるラフ画。その内容は都合上詳しく説明することはできないが「見目麗しき少年二人。密室。何も起きないはずがなく……」とだけ記述しておく。


 香織が廊下掃除から戻ってきたので慌ててルーズリーフを机の中にしまい直したものの、ラフ画の内容はくっきりと脳にこびりついてしまった。


 まだ自分の殻に閉じこもっていた頃ならいざ知らず、人間らしさを取り戻した今の身にとっては、美少年どうしの絡み合いは刺激が強すぎた。


 *


 週に一度実家に帰る日、静は本屋に寄り道すると一直線にBL作品コーナーに向かった。


 百合作品コーナーに比べると漫画に小説にと、量が段違いに多い。表紙絵にはどれも美形の男子が描かれていて、中には際どい描写の絵もあり、静はすっかり禁断の空気に飲み込まれつつあった。


 漫画の立ち読み用のサンプルが置いてあったので、恐る恐る手に取って読んでみた。


『おっ、おまえやめろっ。こんなところで……!』

『くくくっ、やめろと言うくせになぜ抵抗しないのですか?』

『ああっ……!』


 静はサンプルをそっと閉じた。これ以上読んでしまったら二度と引き返せないような気がする。いや、それでも読んでみたい。人間味のある葛藤が始まった。


「あっ!!」


 後ろからした声に、静はビクッと体を震わせた。振り返るとラフな服装で、サングラスとマスクで顔を隠してキャスケット帽をかぶっている、いかにも怪しいですと言わんばかりの格好をした人間がいた。


「四組の黒犬さんだよね!?」


 自分の名前とクラスを知っていることに警戒心を抱いたが、うなずいた。


「やっぱりそうだ! 食堂でよく紀香先輩と一緒にいるのを見かけるもん」


 あなた誰ですか。静は恐る恐る尋ねた。


「こんな格好してるからわかんないよね」


 相手はキャスケット帽を脱いで、サングラスとマスクを取った。


 静はあっと声を漏らした。正体がつい先日テレビで見たばかりのアイドル、美滝百合葉であったからだ。同じ一年生どうしとはいえ、特待生中の特待生の扱いで入学してきた百合葉は雲の上の存在。そんな彼女がなぜ学園から少し離れた本屋のBLコーナーにいるのか、静は不思議で仕方なかった。


 百合葉はまたさっと顔を隠した。


「黒犬さんにもそんな趣味があったなんてねー。乙女の嗜みだものねー」


 静は違う、と首を横に振って否定したが、「興味があったからここに来たんじゃないの?」と言われてしまい返す言葉がなくなった。


「私も実はBLが好きなんだ。立場が立場だから変装しないと買いにいけないけどね!」


 確かに、アイドルが地方の本屋のBLコーナーにいたと知られたらたちまち大騒動になってしまう。それなら通販を使えばいいのに、と静は言ったが「手に取ってみるドキドキ感は直接買わないと味わえないから」と返されてしまった。


「それ、『デンジャラス・バトラー』ね。執事が自分の仕える名家の次男坊にあんなことやこんなことをしてしまう下剋上モノだけど、次男というビミョーな立場のせいで屈折した性格になってしまったもののそのうち執事にあれやこれやされるうちに心を……おっと、これ以上は自分で読んでみて。それ本当に面白いから!」


 変装百合葉は『俺様生徒会長が先生の奴隷に堕ちるまで』という漫画本の1巻から10巻までをごっそり抱えて、「じゃねっ」と静に会釈してレジに向かった。


 執事が涙目の次男坊の少年を「顎クイ」している表紙。正直買うのは憚れるが、百合葉のひと押しの言葉が手に取らせた。


 *


 百合葉の言う通り、『デンジャラス・バトラー』は面白かった。その代わり自分の体が底なし沼に沈んでいくような感覚に苛まされるようになってしまった。


 漫画は見つかったら紀香に何を言われるかわからないから、実家に置いている。だけど一日経たないうちに禁断症状めいた苦しみが襲ってきた。BLは静にとっては危険な薬物そのものであった。


 休み時間、悶々とした気持ちを抱えたままトイレに向かおうとすると、百合葉とすれ違った。すっかり学園で一番の人気者になった彼女の周りにはたくさんの取り巻きがいる。


「あっ、黒犬さん!」


 百合葉は目線が合うなり、静の方に寄ってきた。


「紀香先輩に伝えてくれるかな。私、土曜の巨神軍の試合で始球式やるって。義紀さんも試合の解説をするからぜひ見てほしいって!」


 百合葉は静の手を取って握ってきた。その折に何か手の中に押し込まれた。


「ゆりりん、ちゃんと投げれるのー?」


 取り巻きの一人がからかったが、「特訓したから大丈夫だよ!」と自信満々にサムズアップで返す。


「じゃねっ!」


 百合葉は愛想を振りまいて立ち去っていった。


 静は手を広げると、クシャクシャになった紙が現れた。そこには、


『お昼休みに離れの裏で待ってまーす❤』


 ハートマークつきでそう書かれていた。


 昼食後に紀香と別れて離れの裏に向かうと、百合葉がそこにいた。


「『デンジャラス・バトラー』はどうだった?」


 静はすごかった、としか言えなかった。


「ふふん、すっかり沼にハマってしまったようね……そんな黒犬さんにもっと素晴らしい小説を貸してさしあげまーす!」


 百合葉は一冊の薄い本を差し出した。表紙には『散る櫻』というタイトルしか書かれてないホッチキス止めの小さな冊子。


 一ページ目をめくると、いきなり信じられない展開が待っていた。アイドルグループ「疾風」のメンバー、櫻木が番組で共演している男性に楽屋で押し倒されてあんなことやこんなことをされていた。


 この男性、名前こそ出していないが元野球選手だとか、最近妻が相手してくれないし娘も実家に帰ってこないというセリフが出てきたりとか、そのような描写があって誰なのかわかってしまった。


 これ、下手したら名誉毀損で訴えられるのでは?


 静は冷や汗を流しながらそう尋ねた。


「黒犬さんにナマモノ同人誌は少々早すぎたかな? でも一度読んでみて。この背徳感はたまらないから! 読んだら感想を聞かせてね!」


 いや要らないので返します、と言う言葉も聞かずに百合葉は「んじゃねっ!!」と颯爽と走り去っていった。


 手元に残されてしまった同人誌。他人に見せられないし、読みたくない。読んでしまったら今度こそ人間を辞めてしまう予感がしていた。


 静はひとまず同人誌を実家に置いてておくことにした。自室の勉強机の引き出しに入れてカギをしっかりかけて。借り物ゆえに廃棄できず、放射性物質のように厳重に隔離しなければならなかった。


 しかしこの小説、誰が書いたのだろうか。まさか百合葉が……だとすれば全くとんでもない子だ。静は心底そう思った。


 *


『今日はゲストとしてmizeri(ミゼリ)korude(コルデ)の美滝百合葉さんに来てもらいました』

『よろしくお願いしまーす!』


 地上波ではほとんど見かけなくなったプロ野球の試合だが、この日の巨神軍対京阪ジャガーズの伝統の一戦は地上波で流れた。理由としては映画『君の那覇』の宣伝を百合葉がすることになっていたからである。彼女も映画にサブヒロインとして出演していた。


 ひとしきり映画の宣伝が終わると、今度は試合開始前の百合葉の始球式の様子が映し出された。山なりでワンバウンドしたものの、ボールは真っ直ぐに飛んで拍手喝采。寮のロビーでテレビを見ていた紀香や静たちも、感嘆の声を上げた。


「紀香ちゃんのコーチが効いたね」


 はじめが言うと、紀香は高笑いした。


 画面の向こうにいる父親も得意げに、


『百合葉ちゃん、この前某局のバラエティ番組で大暴投やらかしたでしょう。でね、学校で一個上の先輩のうちの娘が投げ方を教えてやったんですよ。その成果がありありと出ましたね。うちの娘を巨神軍の投手コーチに雇ってあげて欲しいぐらいですね』

『先輩、ご指導ありがとうございましたー!』


 百合葉が手を振ると、「百合葉はわしが育てた」と紀香は誰かのモノマネをしてふんぞり返り、周囲の笑いを取った。


 一方で、談笑している義紀と百合葉を静は複雑な気持ちで見ていた。この場に櫻木がいたらどうなっていたのだろうか。義紀と百合葉の間の席に櫻木が座っていて、意味ありげな視線を交わし合いながら会話する二人を百合葉もまた意味深な目つきで見ている……。


 いけない。どうやら自分も染まりかけているらしい。妄想は二次元でとどめておかないと。とりあうず明日は『デンジャラス・バトラー』を買い揃えて読み耽ろうと決めた静であった。

筒井香織さんは虹村萌前様考案のキャラクターです。

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