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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
本編
3/46

03. ソフトボール部の練習風景

 ちゅっ。

 ちゅっ。


「うふっ」

「うふふっ」


「……まーたやってやがるよ」


 紀香ははじめの前屈運動を補助しながら、目の前で堂々と繰り広げられているイチャイチャ行為に毒づいた。もちろん当人たちには聞こえない声で。


 二年生の新浦不二美(にうらふじみ)湯沢純(ゆざわじゅん)という先輩が二人一組でストレッチを行っているのだが、純が不二美の背中にのしかかって前屈を補助するついでにキスを交わしていた。


 紀香は星花女子学園のことをよく知らないまま、OGである母親の勧めで受験し入学した。入学当初からやたらと手を繋いだりハグしあったりする生徒たちの姿を見てはいたが、これぐらいのスキンシップであれば中学時代の友人やソフトボール部のチームメイトとやったことがあるので特に気に止めてはいなかった。


 ところが入学から一月後のことである。部室に忘れ物を取りに帰った紀香は、中で不二美と純が「致している」ところを目撃してしまった。いつも二人一緒で仲が良かったが、体を重ね合う関係まで進んでいるとは知る由もなく、そもそも女同士でまぐわっている姿は肝っ玉の大きい紀香ですら衝撃的な光景であり、忘れ物をほったらかしたまま逃げるように帰寮した。


 紀香が見ていたことは二人にはバレてしまっていたが、後日、二人から「びっくりさせたでしょ。ごめんなさい」と謝罪があった。二人は元々ソフトボール部公認の仲で、付き合っていることはみんなが知っていることであった。


 謝罪ついでに星花女子についてレクチャーされたところによると、生徒の三割程度が百合のケがあるらしい。紀香はここで、百合という言葉には花以外での意味があることを初めて知らされた。そして女の子どうしがいかに尊いのか延々と聞かされたが、それについては半分受け流した。


 色恋沙汰については、もう自分には縁が無い話だと思っていたから。例え同性であろうと。


 今のところ紀香はこのソフトボール部で上手くやっている。チームメイトはみんな良い人で、一年からレギュラーで使ってもらっている自分に対してやっかみを向けられたことは一切ない。監督も口うるさく指導するタイプではないので、細かくグチグチ言われるのを嫌う紀香とは相性が良かった。今では星花女子(ここ)に来て正解だと思っている。


 しかし所構わずイチャイチャするのは精神衛生上よろしくない。男女だろうと男どうしであろうと女どうしであろうと構わないが、練習中は練習に集中するべきだ。


「アレマジでどうにかなんねえかな。目に(わり)ぃわ」


 紀香はちゅっちゅうふふを続けている先輩二人にぼやくと、下のはじめが「本当にね」と応えた。


 今度は紀香が前屈運動する番だ。


「最近、ずっと黒犬さんとお昼ご飯行ってるんだって?」

「おう」


 紀香ははじめに体をぐいぐい押されながら短く返事した。


「どうやってコミュニケーションとってんの……」

「はい、いいえぐらいは意思表示できることがわかったんだ。それだけでも充分な収穫よ」

「そうなんだ」

「今じゃあいつのことワンちゃんって呼んであげてる」

「ええっ、そこまで仲良くなってるの?」

「んなもん、最低限のコミュニケーションができたら簡単よ」

「でも紀香ちゃんと全然タイプが違うのに。いったい黒犬さんのどこが気に入ってるの?」

「どこがって? うーん…それがあたしにもよくわかんねえんだよなあ」

「わかんねえ、って……菊花寮に入れるぐらい頭あるのに?」


 なぜだか本当にわからないのだから、答えようがない。


「ソフトで下駄だいぶ履かしてもらってるっての」


 紀香は学業面ではさほど悪くはないが、菊花寮入寮の資格を満たす程ではない。全国中学大会準優勝と、都道府県対抗大会県代表選抜の実績が考慮されなければ桜花寮の方に入っていた。


 ただ、今シーズンの公式戦ではチームとしては著しい成果を上げることはできなかった。学業や部活で実績を上げた生徒は他にもたくさんいる。だからもしかすると来年度からは桜花寮に移れと言われるかもしれない。個室で良い思いをさせてもらっている紀香にとっては、それが一番の懸念事項であった。


 アップを済ませると、キャッチボール、ノックと続く。そしてシート打撃。打撃が得意な紀香は自分の出番が来ると、待ってましたとばかりに鼻息を荒くして左打席に向かおうとした。


 そのとき、監督が投手交替を命じた。


「次、有原さん」

「はいっ!」


 はじめが投球練習を終えてピッチャーズサークルに向かう。紀香は少しシブい顔をしたがそれもそのはず、実ははじめとは打席においてはとても相性が悪い相手なのである。はじめは低めへの制球力に定評がある技巧派だが、紀香はこのタイプを最も不得意としていた。打撃練習や紅白戦では抑えられた記憶しかない。


「はあ、いい加減あいつからシングルヒットでもいいから一本ぐらい打ちてえぜ」


 ぼやきながら左打席の足元を固める。ふとグラウンドの外を見やったときであった。


「あれ、あいつ……」


 一人、無造作ショートカットの少女が紀香を見つめている。紀香がワンちゃん、とあだ名をつけた黒犬静その人であった。


 今日は学食でソフトボールについて一方的に熱く語り倒していた。細かいことは覚えていないが、その中で一度練習を見に来てくれよ、みたいなことは言っていたかもしれない。


 家と学校を往復するだけの人間がここに寄り道している。紀香は口元を緩ませた。


「そっかそっかー、あたしに興味を持ってくれたんだな。こいつあ良いところ見せねーと」


 左打席に立った紀香は、バットの先をはじめに向けた。


「っしゃあ! 来いオラァ!」

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