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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
番外編
29/46

EX01. 雨の日ランチデート

 紀香と静が晴れて恋人どうしになってからの、とある土曜日の出来事である。


 この日はあいにくの雨となり、練習がなくなってしまった。屋内練習をしようにも体育館は午前にバレー部、午後にバスケットボール部が練習試合の予定を入れていて使用できなかったためである。


 紀香は体を動かさずにはいられない性分だから、寮で筋トレでもしようかと考えていた。だが静からランチデートの誘いを受けると、喜び勇んで外出の支度をした。


 二人が向かった先は空の宮中央駅前の通称「スイーツ小径」と呼ばれる通り。そこは名前が示すように、スイーツを売り物にした店が立ち並んでいて、星花女子の生徒や女性会社員が多く立ち寄る市内の人気スポットのひとつとなっていた。ただ今日は雨だからか、土曜日にしては人が少ない。紀香は赤色の傘を、静は黒色の傘をさして歩く。


 もちろんここではスイーツだけでなく和洋中様々な食事が味わえる。紀香はサンプルケースに飾られた料理とスイーツの食品サンプルを見てはよだれを垂らしそうになり、まるで何も食べてきてないかのようだが、これでも朝はしっかりご飯大盛り三杯を食べている。食欲はまさしく底なしであった。


「奏乃に一度行ってみろって言われて来たは良いけど、どれもこれも美味そうで目移りしちまうぜい……」


 だが紀香は思い直す。自分の食べたいものだけを考えてはいけない。これはデートなのだから、何を食べるのかちゃんと二人で決めなければ。


「静、食べたいものある?」


 静は紀香先輩の好きなように、と言った。


「遠慮せずに自分の食べたいものを言いなよ」


 静は少し考えて、後ろにある『喫茶グリーンウェル』という名前の少し古びた喫茶店を指さした。


「な、何だこれ?」


 サンプルケースの中に、一風変わったメニューがあった。



『スイーツパスタ』



 それはスパゲッティとスイーツを融合させた摩訶不思議な食べ物であった。麺の上にバナナとオレンジとチェリーが盛り付けられ、その上からホイップクリームとチョコソースをこれでもかとかけられている。しかも量が多い。

 

 これを食べたい、と静はのたまった。何でも、星花の生徒の一部の間で話題になっているメニューらしい。


 学園内で一、二位を争う健啖家である紀香は食べられるものは何だって食べてしまうと言われているが、奇食の趣味はない。それでも静はどうしてもこれが食べたいとばかりに上目遣いで見てくるし、話のネタになるだろうと思って一緒に挑戦することにしたのである。


「よーし、一丁食ってやっか!」


 そう意気込んで入ろうとしたら、聞き覚えのある声が呼び止めた。


「またまた奇遇ね」

「おぬあ!? うっ、雲宝!」


 紀香のライバル、雲宝薫はマネージャーの「あーちゃん」こと浅井杏奈を引き連れて立っていた。


「お前、ホント良いタイミングで会うよなあ……」


 紀香は皮肉をぶつけた。


「で、わざわざ制服姿でここに何しに来たんだ?」

「資格試験の会場がたまたま空の宮市だったのよ」


 実は、紀香はこの辺りでちらほらと商業科の同級生の姿を見かけていた。何かしら商業系の資格試験があって、海谷商業の生徒も受けに来ていたらしい。


「どこかで会うんじゃないかと予感してたけど的中したわね」


 薫は意地悪そうな微笑みを浮かべた。だが紀香の意識は顔より下に向いていた。


 彼女は松葉杖をついていて、さらに左足にはギプスがはめられていたのである。


「お前、左足どうした?」

「あんたに砕かれたのよ」

「はあ?」


 身に覚えのない言いがかりだ、と言おうとして思い出した。ニューイヤーカップ決勝戦、薫は紀香のピッチャー返しの打球を左足で止めていた。


「お前、その状態でずっと投げてたのかよ……」

「最初は痛くなかったわよ。だけど試合が終わってからだんだん痛みだしてきて朝起きたら足の甲が腫れてて、病院に行ったら骨にヒビが入ってるってお医者さんに言われたわ」


 何て奴だ。紀香は驚き呆れるしかなかった。


「ねえ薫ちゃん」


 杏奈が薫の制服の袖を引っ張る。


「大丈夫よ。私、どうしてもスイーツパスタが食べたいから。口コミサイトで知ってわざわざ来たのに引き返すのは勿体無いし。で、あんたもこれ目当てで来たんじゃないの?」

「いや、あたしは……」


 今度は静が紀香のダウンジャケットの袖を掴んだ。


「ん? その子どこかで見たわね……あ、思い出した。ニューイヤーカップの二日目の昼休みのときに見た子だ。もしかして、彼女?」


 薫にはニヤニヤしながら、からかい気味に尋ねてきた。


「お、おう。あたしの彼女だ」


 紀香は堂々と小指を立てると、薫は目をぱくちりさせた。


「あはははっ、星花は女の子どうしの恋愛が盛んって聞いたけど、あんたも女の子が好きだったのね」

「悪いかよ?」

「いや、とても良いことよ。私たちも同志だし。ねえあーちゃん?」


 薫は赤面する杏奈の腰を抱き寄せた。紀香は呆れと安堵が入り混じったため息を吐く。


「なんかベタベタしてんなーと思ったら、やっぱお前もだったのかよ」

「ま、今日はソフトボールのことは置いといて、ちょっとしたダブルデートといきましょ」


 薫は声色からしてはっきりわかる程上機嫌であった。同志を見つけて嬉しいのだろうか。


「静はどうなんだ」


 こういうのもたまには良いですね、という答えが返ってきた。


「わかった。しゃーねーな、雲宝、今日だけだぞ」

「さっ、早く入るわよ」


 薫は松葉杖をついているにも関わらず、歩くのと同じスピードで店内に入っていった。


 *


 四人がけの席に座ると、薫は早速スイーツパスタ四人前を注文した。


「不思議に思ってたけど、下村は何でわざわざ星花女子に入ったの? 推薦でもっと強い高校に行けたんじゃないの?」

「受けたけど落ちたんだよ」

「何で?」

「お前に言う必要はない」


 紀香はきっぱりと断ると、薫は憮然とした表情を浮かべたがそれ以上深く聞いてはこなかった。


「そういやお前、右腕壊したって聞いたけどまさか左投げになるとは思わなかったぞ」

「私、元々左利きだったのよ」

「漫画かっ」


 紀香はツッコミを入れた。


「でも、モノにできたのはこの子と特訓したおかげ」


 薫は左手で杏奈の頭を撫でた。


「マネージャーさんだよな。雲宝とつき合って苦労してね?」

「いいえ。中学時代から薫ちゃんのことよく知ってますから」

「ねえ、あなたこそ下村とつき合って苦労してない?」


 薫が静に意趣返しの問いをかけてきた。


 静は首を振って否定すると、この人ほど優しくてかっこいい人は学校にいない、と言った。紀香は照れ隠しに大きな笑い声を出した。


「下村は礼儀がなってないからね。オイタしたらちゃんとメッ、するのよ」

「お前なあ……」


 静がメッ、と紀香を諌めた。甲高い笑い声が二つ響いて、紀香は顔を赤らめた。


 やがてスイーツパスタ四人分が運ばれてきた。


「薫ちゃん、どう?」

「見た目は悪くないけど、量が思ったよりも多いわね……」

「よーし、あたしから食ってやるぜい」


 紀香はフォークで麺をとホイップクリームを混ぜ、くりくりと絡め取って口に運んだ。


「ん? んー……」

「どう?」

「めっちゃ甘いけど麺との食い合わせが……いや食えるっちゃ食えるんだけどよ」


 今度は薫と杏奈と静が三人同時に口にする。みな一様にんんー、と唸った。


「何だかよくわからない味ね……」

「美味しいとかまずいとか、そんな言葉じゃ表せないような……」


 静は、後でじわじわ効いてきそうだという感想であった。実際その通りになった。パスタの熱でフルーツは生温くなり、ホイップクリームとチョコは溶けて麺に絡みつき、本来の風味とは全く異質なものに変貌し、何とも言えぬ味を作り出した。口の中の味蕾細胞はおかしくなり、量は多いとはいえ本来の紀香であればペロッと平らげられるぐらいだが、一口食べただけで五口は食べたかのように胃にずしりと来た。


 杏奈が先に降りた。


「薫ちゃんごめん、私ギブ!」


 静もごめんなさい、と言ってフォークを置いた。両者とも半分以上残している。


「ありゃりゃ、もったいねえことしやがる。じゃ、あたしが食っちまおう」


 紀香は静の皿から自分の皿にパスタを移すと、


「あーちゃんの分も食べてあげる」


 薫も同じように杏奈の分を移した。


「お前、そんなに食ったらデブるぞ」

「ふん、あんただって同じじゃない」


 ふふふ、と笑い合うと、紀香と薫は一心不乱にフォークを動かし始めた。いつの間にか二人の意地の張り合いに発展したらしい。お互いの恋人は、ただ何も言わず勝負を見ているだけであった。


 *


 店から出ると外は傘をささなくていい程度に小雨になっており、雲は太陽の輪郭がぼんやりとわかるぐらい薄くなっていた。


「な、なかなかだったわ……夕ご飯要らないかも……」


 うぐっ、とえづきそうになりながらも薫は余裕の笑顔を取り繕った。


「あたしも夕飯抜こっかな……一人前半食っただけでこんなになるの初めてだ」


 紀香はお腹をさすった。


「お前、帰りの電車の中で吐くなよ」

「ふん、そっちこそ」


 げふっ、と薫の口からゲップが漏れてしまい、薫は赤面して口を抑えた。


「お前、大丈夫か? 冗談抜きで」

「う、うるさいわね。こう見えても胃腸は丈夫なのよ」

「無理すんなよー」

 

 薫たちは紀香たちと別れて、本線の方の駅舎へと向かっていった。


「この後どうする? まだ帰るのも早い時間帯だけど」


 静はとりあえず口直しがしたいと言った。そういうわけで駅前のニアマートに入って練り梅を買って食べることにした。


 静が練り梅を一つ取り出して、あーんするようにと言った。


「……周りに人いんだけど」


 静は早く、とせかした。


「わ、わかったわかった、手早くな。あーん……」


 ぱくっ。


 どうですか、と静は聞いてくる。


「酸っぱいけど……甘いな、うん」


 静の固い表情がほんの少しだけ崩れた。


「じゃ、あたしからもお返しな」


 あーん。ぱくっ。


 酸っぱくて甘いですね、と静は言った。


 口直しをしたところで駅前をあちこち回った二人だが、周りにはスイーツパスタよりも甘い空間が出来ていた。




 紀香は結局、夕飯ではいつものようにご飯三杯分食べた。

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