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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
本編
21/46

21. 決勝戦開始

 スターティングメンバー表の交換を終えたが、海谷商業の先発は猪俣という二年生である。昨日七回を完投した雲宝薫はさすがにベンチスタートとなったようだ。


 落とし前をつけてやると意気込む紀香にしてみれば残念至極だが、チームにとってはありがたいというのが本音であろう。もっとも、猪俣が薫以上の投手である可能性もあるが、今日は理事長が観戦に来ている。大勢の生徒たちも賑やかしに来ている。二試合続けて恥を晒す真似は絶対にできない。


 星花女子のスターティングメンバーはこの通りである。



  打順 名前(守備位置) 学年 背番号 投打    備考


   1 加治屋(捕)    1年  27   右左 身体能力が高い野手のホープ

   2  新浦(二)    2年   9   右左 チームいちの俊足

   3  坂崎(左)    2年  10   右右 フォアザチームに徹する主将

   4  下村(DP)   1年   3   左左 言わずと知れた長距離砲

   5  飯田(一)    2年  13   右右 意外性の一発あり

   6 宇喜多(右)    2年  12   左左 投手もできる二刀流左腕

   7  頼藤(中)   1年   24   右右 変化球打ちが得意

   8  山東(三)   2年   2  右右 右打ちが上手い

   9  有原(投)   1年   21   右右 技巧派投手。精神面が課題

   FP 湯沢(遊)    2年   6   右右 守備の硬さに定評あり



 帆乃花は昨日の海商戦ではノーヒットだったものの、四球で歩いた後の盗塁でただ一人二塁を踏み、その前の報恩学院戦では代打でタイムリーヒットを放っている。その後ろに足の速い新浦不二美と、報恩学院戦で二安打を放った主将坂崎いぶき、同じく二安打の飯田薫子の間に不動の四番紀香が入り、あとは八番山東あつみまで調子の良い順で、という感じに菅野監督は打順を組み立てた。


 一塁と三塁の応援合戦が続く中、菅野監督がダグアウト前で激を飛ばす。


「昨日は昨日。今日のLast gameが大事よ。たくさんのfanが力押ししてくれるはず。気負わずに行きなさい。OK?」

「ハイッ!」

「伊ヶ崎理事長の手前、勝てばきっと来年度のbudgetも大幅に……コホンコホン。海商は投手が強力でも打線は思った程ではないわ。有原さんの力なら絶対にねじ伏せられる。余計なことは考えずにがむしゃらに投げなさい。OK?」

「は、はいっ!」


 はじめの声は上ずっていた。理事長に加えて両親まで観に来ているのだから、緊張の糸はもう張りに張り詰めているに違いなかった。


 海商のダグアウト前では円陣が組まれ、威勢の良い掛け声が上がっている。


「じゃあcaptain、頼むわよ」

「はいっ、監督!」


 星花女子ナインが、いぶきの周りを囲んでスクラムを組んだ。


「Girls, cheer up!!」


 坂崎が号令を出すと、星花女子ナインは組んだ円陣を凝縮させ、菅野監督のアメリカ仕込みの英語の掛け声を腹の底から出した。手痛い敗戦を食らった相手に、気合い負けは絶対にしてはならなかった。


「よーし、やってやるぜオラァ!」


 紀香はさらに日本語で気合いを露わにした。今日は寒風が一段ときつく、バックスクリーン上のポールに掲げられた国旗と空の宮市旗が風を孕んでバタバタとはためいている。それでも紀香の熱い闘志は寒風を物ともせずといったところである。


 先攻は海谷商業で後攻は星花女子と、昨日と攻守の順が逆になっている。星花女子ナインは各々の守備位置に散っていき、内野はボール回し、外野はキャッチボールを行いはじめた。


 三塁スタンドの学ランを着込んだ応援団が重低音の蛮声で応援歌を歌いだした。一塁と違って黒尽くめ集団しかいないのに、何百人もの観客に匹敵する程の声量である。


「はじめーっ!! 気合入れてけーっ!!」


 紀香はベンチからメガホン越しにがなり、その他控えの部員もとにかく声を出しまくった。


 海谷商業一番打者の大野が打席に立った。海谷商業応援団が太鼓を打ち鳴らし、手振りとともに「かっせーかっせー、お・お・の!」とコールを送る。応援といえば吹奏楽が当たり前の身にとっては異様な応援方法に見えるかもしれない。


 はじめが一球目を投げた。


「うおおいっ!!」


 紀香がつい声を荒らげてしまった。ボールが審判の頭上の遥か上を行き、バックネットを直撃してしまったからである。悲鳴じみたどよめきが一塁側から起こる。


 二球目もボール。内角に構えたのに外角に行ってしまった。海商応援団は、はじめにプレッシャーをかけるように太鼓を乱打する。その結果、いきなりストレートで歩かせてしまった。


「はじめーっ、落ち着いていけー!!」

「大丈夫、大丈夫!!」


 紀香と帆乃花が励ます。だが三塁側の大音声は真綿で首を締めていくようにはじめの精神を蝕んでいった。二番和田の送りバントを処理しようとして、ボールが手につかず投げ遅れて一塁もセーフ。いきなり無死一、二塁のピンチ到来である。


 すかさず菅野監督がピッチャーズサークルに向かった。高校野球では監督がグラウンドに出ることを禁じられているが、ソフトボールではそのような縛りは無い。


 はじめはまだ少ししか投げてないのに、もう100球は投げたかのような辛そうな顔をしている。蛮声と太鼓が呪詛のように聞こえているかもしれないが、良い応援は味方の打者を励ますに限らず相手を圧迫するものである。


「クソ、あたしらだけ声を出してもダメだっ」


 紀香はダグアウトから身を乗り出して、スタンドの方にメガホンを向けて叫んだ。


「おーい!! みんなも黙ってないで声出してやってくれよ!!」


 すると少しずつではあるが、はじめへの励ましの声援が飛びだし、大きくなっていった。


「ほらもっと声出せ!! 声!!」


 さらにメガホンを振りかざして煽る。バラバラだった声援が少しずつ秩序を持ち始めた。


「がーんばれっ、は・じ・め! がーんばれっ、は・じ・め!」


 黄色い声が蛮声に抗ってはじめに届けられる。菅野監督が一塁スタンドを指さしながら何か言うと、はじめはぎこちないが笑みをこぼした。


 プレーが再開され、紀香も一緒に「頑張れはじめ!」と声を張り上げた。


 三番中野に対して初球ストライク。ようやく一つストライクが取れた。一球ボール球を挟んで三球目は空振り。ツーストライクまで追い込んだ。はじめは帆乃花と慎重にサインを交わして、決め球のチェンジアップを投げた。


 中野はタイミングをずらされはしたが、捉えた。鋭く三遊間を転がっていくボール。しかしそれは外野に到達する前に、ショートの湯沢純のグラブに収まった。逆シングルで捕球した純は振り向きざまにボールをセカンド新浦不二美に、さらにファースト飯田薫子へと転送された。ダブルプレー成立である。


「よっしゃー! いいぞ色ボケ二遊間!」


 紀香は椅子をメガホンでガンガン叩いた。三塁にランナーが進んだが二つアウトを取れたから、はじめに若干の精神的余裕が生まれるはずである。とはいえ続く四番岡田は、昨日の試合でタイムリースリーベースヒットを放っている要警戒人物だ。


 慎重にコーナーの隅をついてカウントを稼ぎ、ツーツーから五球目。帆乃花は高めの釣り球を要求した。


 岡田は見事にボール球に手を出した。ボールは高く上がり、強風に押されて一塁スタンドの方へと流れていく。追う薫子と帆乃花。フェンスぎりぎりのところまで来たが、帆乃花だけは躊躇せず突っ込んでいきミットを掲げた。


 帆乃花の体がフェンスにぶつかり、その場に倒れ込む。しかしボールはしっかりと帆乃花のミットに収まっていた。彼女は倒れながらもミットを審判に見せつけて捕球をアピールした。


「アウト!」


 ピンチを切り抜けたはじめ。しかし喜ぶよりも真っ先に帆乃花に駆け寄った。


「ほっ、帆乃花ちゃん! 大丈夫!?」

「大丈夫だよ! ほら!」


 帆乃花は立ち上がって、無事を体全体でアピールした。


「良かった~……でも無理はしないでね」

「ありがと!」


 グラブタッチを交わす二人の間に紀香が入り、二人の背中を叩いて労った。


「ナイスプレー! さあみんな、さっさと点取ってはじめを楽にしてやろうぜい!」


 紀香の呼びかけにナインたちが大声で呼応した。気弱なエース候補を援護してやる。間違いなく、みんなその気持ちを抱いていた。


「ありがとう、みんな本当にありがとう……」

「おう、泣くなよ?」

「泣かないよっ!」


 笑い声がダグアウトを包む。チームの雰囲気は最良と言って良い。


「よーし、絶対塁に出てやる!」


 防具を外した帆乃花が打者用のヘルメットにかぶりなおし、バットを手にして打席に向かうとブラスバンドが沈黙を破って演奏を始めた。

今回は全然百合っぽくないスポーティな話になりました

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