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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
本編
20/46

20. 決戦前

 ニューイヤーカップ最終日。優勝決定戦は午後からということで、星花女子学園ソフトボール部員は各自で早めの昼食を取ってから出かけることになっていた。


 出発前には部室でミーティングを行い、菅野監督はここで初めて理事長が観戦に来ることを明かした。とはいえその情報はソフトボール部の間で公然の秘密となっていたので今更驚くことではない。驚いたのはその後のスターティングメンバーの発表のときであった。


「では、今日のスタメンを発表します。一番、キャッチャー加治屋さん」

「!?」


 どよめきが、さほど広くない部室を包み込む。菅野監督は意に介さず、苛立ち気味に催促した。


「返事は?」

「は、はいっ」

「二番セカンド新浦さん、三番レフト坂崎さん、四番DP下村さん……」


 紀香は一応、元気よく返事してみせた。自分は四番で不動といえども、他は昨日から打順を大幅に変えてきている。特に帆乃花は一番キャッチャーという、あまり見かけることのない打順に置かれている。


 しかし懸念すべきは、「キャッチャーで出場する」という点である。その理由は帆乃花本人ではない。彼女の隣に座っている人物に目線をやると、案の定冷や汗をかいている。部室には暖房を効かせていないにも関わらず。


「……八番サード山東さん。九番ピッチャー有原さん」

「!!!! ……は、ははははいっ」


 はじめの声は上ずっていたが、みんな笑うに笑えなかった。


「最後にFPはショート湯沢さん。以上です。みんな全力を尽くすように、OK?」

「「「はいっ!」」」

「それでは出発しましょう。有原さんと加治屋さんは話があるから少し残ってちょうだい」


 紀香たちは指示通り出ていったが、案の定みんながその場にいないはじめのことを次々と口にしだした。中身は一年生投手に大舞台を任せることへの妬みやっかみではなく、その逆であった。


「何も海商相手に有原さんを先発させなくたって……」

「ちょっとかわいそうだよねー。潰れなきゃいいんだけど……」

「監督も何を考えてるんだか……」


 紀香は話に乗らず、黙々とバスに用具を積み込んでいたがやはりはじめのことが気がかりになっていた。


 投打の勝負には相性の良し悪しも関係しているが、はじめは紀香をほぼ完璧に抑え込める力を持っている。それなのにエースの地位を確立できていないのは、有り体に言ってしまえばメンタルが脆弱であったからだ。どんなに完璧のピッチングをしていても、ふとしたきっかけで支柱が抜けた建物のように崩壊してしまうことが何度もあった。


 そんなガラスのメンタルを持つ彼女を、昨日ノーヒットノーランを喰らわされた強敵にぶつけるのである。采配に批判が出ても仕方があるまい。


「積み終わりました!」


 紀香はキャプテンの坂崎いぶきに報告した。


「ありがとう。あの、紀香」

「はい、なんスか?」

「今日は何としても紀香に繋ぐからね」


 いぶきの眼には炎が宿っているようであった。昨日の恥辱に誰よりも悔しい思いをしているのはキャプテンに他ならかった。


「うっす、あたしも今日こそは四番の使命を果たすんで任してください!」

「頼んだよ。はじめも海商相手に投げ勝てたらもっと自分に自信を持てるはず。監督の狙いはきっとそれだから」

「荒療治ってわけっスね」

「昨日やられた分、倍以上に仕返ししてやろうね!」

「うっす!」


 やがてはじめと帆乃花が姿を見せた。はじめは死地に赴く兵士のような顔つきになっていたが、紀香は監督から何を言われたのかおよその想像がついたから敢えて声をかけなかった。


 *


「おおおおう……こいつぁすげえことになってるぜい……」


 バスから降りた紀香が驚きを声に出した。メイングラウンドの周辺に、星花女子の制服をあちこちで見かけたからである。その他、私服姿の生徒も大勢いる。理事長が観戦に来る手前、生徒たちにもにぎやかしでお誘いがかかっていたのが容易に想像できる。


 さらには、撫子色のコスチュームに身を包み一月の寒空も何のそのといった感じで生足を惜しげもなく露出しているチアリーディング部員たちが準備体操をしている。その側では吹奏楽部員が各々の楽器を鳴らしてウォーミングアップしている。


「つか、ワンちゃんどこにいんだよ……」


 小さく独り言をブツブツ言いながら見渡すが、愛しの黒犬静はどこにも見当たらない。もっとよく探せば見つかるのかもしれないが、今のところは星花の生徒たちの姿しか目に入ってこなかった。


 生徒たちが紀香たちの方を見て騒ぎ立てた。紀香への声援が多いものの、隣にいたはじめは自分が声援を受けているかのように感じてか、顔が強張った。


「あわわっ……何でこんなにたくさん応援に来てるの……」


 ただでさえプレッシャーがかかる場面で先発するのに、大勢のギャラリーもいる中で投げるのだから無理もない。


「おう、しっかりしやがれっての!」


 紀香がはじめの背中を叩くと、ジャンパーがバフッと音を立てた。


「例え点を取られてもこの紀香様が倍返ししてやるから安心しろって! な!」


 口を豪快に開けて笑う紀香。昨日の敗戦のショックはもう引きずっていなかった。


「私のリードを信じて、思いっきり投げるだけで良いから。なるようになるって!」


 帆乃花もはじめの頭をキャップ越しに撫でた。


「う、うん。やれるだけやってみるけど……」


 遅れて、二台のバスが駐車場に入ってきた。フロントガラスには『海谷商業御一行様』のステッカーが掲げられている。


 前の車両から、えんじ色のジャンパーを着こんだ海谷商業のソフトボール部員たちがゾロゾロと降りてきた。星花女子ナインは体育会ならではの礼儀作法に則り、大声で「こんにちは!」と挨拶すると、相手も大声で挨拶を返してくれた。


 ただ一人、雲宝薫だけは別だった。紀香の方に歩み寄り、勝者の貫禄をありありと見せつけるように上から目線の態度で挨拶をしてきた。


「こんにちは、下村紀香さん」


 紀香は大きく口を開き、大きな声で挨拶をぶちかました。


「おうっ! こんちわーーっす!!」


 薫がたじろぐ。


「……ふ、ふん。昨日あれだけ痛い目に合わされたのに元気だけは一丁前じゃない」

「あいにくあたしはバカなんでな。昨日のことなんか飯食って寝たらすぐ忘れちまうんだわ」


 紀香はケタケタ笑う。薫にしてみれば見下して馬鹿にしてやるつもりだったのが、余裕綽々な態度でやり返されたのが(しゃく)に障ったようで歯ぎしりした。


「二度と減らず口を叩けないようにしてあげるわ」

「へっ、こっちにはな、今日は大応援団がついてんだ。お前らこそアウェーの雰囲気に飲まれないようにしろよ?」

「さあ、それはどうかしら?」


 薫がクイ、と親指を後ろの車両に向けた。そこから降りてきたのはソフトボール部員ではなかった。黒尽くめの男たちの異様な集団。みんな上は長ランを着て下はドカンを履いて、険しい顔つきをしている。


 一つ前の元号の時代に跋扈していたヤンキーのような姿に、星花女子ナインはただ驚き呆れるしかなかった。


「何だ、この男塾もどきは……?」

「我が校伝統の応援団よ。人数はそちらより少ないけれど応援では負けないわ。そっちこそせいぜいビビらないことね」


 薫はじゃあねー、と手をヒラヒラさせて、先に行っていたナインたちに合流した。


 異様な黒尽くめの集団も「ぅ押忍!」と一声発してから、メイングラウンドの方に向かって二列縦隊で歩き出した。星花女子の生徒たちは怖がって避けていき、チアリーダーたちも吹奏楽部員たちも準備体操と演奏を止めて遠巻きに唖然と見ているばかりであった。


「あ、あ、あんな怖い人たちの前で投げるの……」


 はじめは石像のように固まってしまっていた。紀香が何か気の利いたことを言って落ち着かせようとしたら、帆乃花が先んじた。


「監督も言ってたでしょ、これはエースになるための試練だって。私や紀香ちゃんたちがついてるから、一緒に乗り切ろう!」

「う、うん」


 はじめの表情が少し柔らかくなった。励ますのはやはり女房役が一番かもしれない。


「よっしゃ、みんな行くぜい!」


 紀香も元気よく大声を張り上げると、聞いていた周りも「おー!」とノッてくれた。


 *


 三位決定戦が終わってチームが入れ替わってすぐ、星花女子と海谷商業両校のナインはグラウンドに出てキャッチボールで体を暖めにかかった。


 一塁側のスタンドにはゾロゾロと星花女子の生徒が入場してきたが、大人の姿もわずかだが見かける。ここで紀香はようやく静の姿を見つけることができた。両親の間にちょこんと座っている静は相変わらず無表情だが、じっと紀香の方を見ている。紀香は手を振ると、静も小さく振り返してきた。


 それを見ただけでもう体が充分に暖まったような感覚になってしまう。ついうっかり静を見たままでボールを返球してしまったが、案の定ボールは相手の坂崎の頭の上を越えていった。


「こらっ、どこ投げてんの!」

「すんませーん!」


 紀香は舌を出した。ダメだ、今は集中集中。


「黒犬さん、昨日も来てたしこれで皆勤賞だね」


 隣で投げていたはじめも静に気づいたらしい。だが紀香は「あれ、お前の両親じゃね?」と違うところを指さした。


「えっ? わわっ、本当に父さんと母さんが来てる!?」


『がんばれはじめ』のプラカードを持った大人の男女。「私たちがはじめの両親です」と言っているようなものである。


「何でびっくりしてんだ。もしかして教えてなかったのか?」

「だって、緊張しちゃうから……」


 はじめは寮生活とはいえ、実家は地元の空の宮市内にある。娘以外のルートから情報が漏れ伝わってもおかしくはなかった。


「あたしはワンちゃんに見られてると燃えるけどな」

「紀香ちゃん、すっごくほっぺたが緩んでるけど、もしかして黒犬さんのこと……好き、だったりする?」

「んあっ!?」


 紀香はギクッとなったが、動揺を悟られる前にスタンドで動きがあった。吹奏楽部が演奏を始め、チアリーダーが踊りだしたのである。はじめの興味はすぐさまそっちに移ったようで、胸をなでおろした。


 すると三塁側から呼応するかのように、海谷商業のスタンドからは地鳴りのような怒声と太鼓の音が轟きだした。スタンドの一角を陣取っている黒尽くめの応援団員が重低音の大音声を上げていた。よく聞くと応援歌のようだが、歌うと言うより叫ぶといった感じで、歌詞が全く聞き取れない。


 人数は圧倒的に星花女子の応援が多いはずである。なのに黒尽くめ軍団の蛮声は吹奏楽の音色やチアリーダーの掛け声と充分に張り合っている。生徒たちも張り合おうとしてか、自発的に声を出しはじめた。黄色い声と野太い声の応酬で、メイングラウンドが一気に緊張感に包まれていく。


 さらにバックネット裏では、スーツ姿の大人たちが座席を埋めていた。星花女子学園理事長にして天寿社長の伊ヶ崎波奈に空の宮市長、その他天寿と空の宮市の双方の幹部たち。海谷商業にとっては単なる小規模大会に過ぎないが、星花女子にとっては「天覧試合」と言っても言い過ぎではない顔ぶれである。


 賑やかな場での試合は紀香も未経験である。だが彼女の闘志は、護摩行の炎のように高々と燃え上がっていた。


 今日こそは勝ってやる。紀香は尻ポケットのお守りに手をやった。

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