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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
本編
17/46

17. 大会二日目

 二日目は午前と午後の一試合ずつのダブルヘッダーで、リーグ戦での順位が確定する。星花女子の第一試合はサブグラウンドのB面で報恩学院と対戦し、午後からはA面で強豪の海谷商業と対戦することになっていた。


 報恩学院は名前が示す通り仏教系の私立高校だがスポーツにはさほど力を入れておらず、ソフトボール部の強さもそれなりである。初回から星花女子が攻勢をしかけてリードを奪い、有利な展開を作っていた。


 先発は日置(ひき)マリという一年生であった。小さく変化する球を武器に打って取らせて三回を無失点に抑えたものの手のマメを潰すアクシデントがあり、四回からは有原はじめが登板した。この時点で5-0とリードを奪っていたため気楽に投げることができ、同じく三回を無失点。得意のチェンジアップが決まり三振を五つも奪った。最終回は二年生の黒澤加奈子(くろさわかなこ)という投手が三人で締めてゲームセット。完封リレーでの完勝であった。


 一方、B面で試合をしていた海谷商業も橋立東に10-0のコールド勝ちを収めた。この時点で星花女子と海谷商業は二勝どうしとなり、優勝決定戦進出が確定した。


 しかし紀香は手放しで喜べなかった。昨日のホームラン二発に味をしめたためかはたまた静にもっと良いところを見せようとしてか、必要以上の大振りをしてしまい三振二つを献上しノーヒットに終わったのである。案の定、菅野監督からきついお叱りを受けることとなった。


「ホームランはdrugみたいなもの。快感に酔いしれて大振りしたら打てるものも打てなくなるわ」

「ハイッ!」

「午後からは気持ちを切り替えていきなさい。OK?」

「ハイッ!」


 解放された紀香は午後こそは、と気を引き締めた。


 しかし腹が減っては戦は出来ぬというもの。出かける前に朝食をこれ程かと胃袋に収めてきたのに、もう腹の虫が栄養を求めて鳴り響いている。


 選手たちはグラウンドの外に出て簡単な昼食を取った。メニューはマネージャーの奏乃が作ったおにぎりだが、紀香にだけは気を利かせて通常のおよそ四倍程度の大きさを誇る巨大おにぎりを用意していた。しかも二つも。


「うおおっ、でけえ!」

「紀香ちゃんはこれぐらいじゃないと満足しないでしょ?」

「へへっ、わかってんじゃねーか」


 いただきまーす、と合掌してから平らげるまではほんの少しの間であった。手についた米粒を舐め取りごちそーさま、と再び合掌。


「中身はおかかに昆布に高菜に明太子に鮭か。すんげー美味かった!」

「ありがとっ!」


 腹が膨れると気分も良くなるもの。ノーヒットのことはさっぱり忘れて、食後の運動として少し素振りをしようとしたときであった。


「……」


 並木の下でこちらを覗いている人物がいる。日陰になっているものの、紀香の視力1.5の両眼が黒犬静の顔だと直ちに判別した。


「おおっ、ワンちゃんか。さっきはごめんなー、全然だったわ」


 紀香が頭をかきながら近寄ったら、静が無言で透明の小袋を差し出してきた。


 中身はクッキーだとひと目でわかった。だけど元パティシエの静の父親が作ったにしては、形がいびつすぎる。


「これ、もしかして……?」


 紀香が静を指差すと、彼女はゆっくりとうなずいた。


 奏乃には悪いと思いつつも、四倍おにぎりを渡されたときなんかよりも比べ物にならない嬉しさがこみ上げてきた。


「マジサンキュー! さっそくいただくわ!」


 一つ取って口に入れる。味なんかどうでも良かった。ただ静が手作りしてくれたというだけで胸が一杯になる。


「うめえ! マジうめえ!」

「……」


 小袋のクッキーはたちまちなくなった。何か中に特別な成分が入っているわけではないはずなのに、ぽわぽわと体の芯からほんのり暖まって脳がしびれるような感覚にとらわれ、心臓の刻むリズムは早くなっている。当然酒は口にしたことがない紀香だが、これが「酔う」ってことなんだなと何となく理解した。


 その「酔い」の勢いを借りた紀香は感謝の意を行動で示した。静の頭をポフポフと撫でて、頬をさすった。抵抗する素振りは一切ない。ちょっと冷たいがすべすべとした触り心地がクセになりそうで、このままずっと触っていたいと思っていた。


「あっ」


 不意に静が紀香の空いていた手を掴んで反対側の頬にすりつけ、もう一方の紀香の手も掴んで離さないようにした。紀香の手が暖かいからカイロ代わりにしようと考えたのかもしれないが、その行為のおかげでますます紀香の心臓の鼓動は高まって、体も熱くなってきた。


 まだ先に控えている第二試合のことは、紀香の頭からすっかり消えてなくなっていた。


「……」


 静は表情を崩さないまま、紀香の温もり感じ取っている。果たして目の前にいる先輩の顔が赤くなっていることに気がついているであろうか。


「あ、あのさ……」


 紀香はさすがに気まずくなってか何かしゃべろうとしたものの、次の言葉が出てこない。その代わり、別の何者かが不意に声をかけてきた。


「ふふふっ、お取り込み中ごめんなさいね」

「うっ、雲宝!」


 肝心なところで邪魔を入れてきたのは、海谷商業ソフトボール部のえんじ色ジャンパーを着込んだツインテールの少女であった。昨日の夕方といい、良い雰囲気のときに水を差してくる。紀香にしてみればまさに邪魔の権化のようであった。


 静が紀香の手を離してしまった。気分を台無しにされた紀香は当然、喧嘩腰になった。


「てめえこのヤロー……」

「いきなりこのヤローだなんて、ご挨拶ね。まっ、私もご挨拶に伺ったんだけれど?」

「挨拶だあ? 何を今さら」

「次の試合、私が先発するの。覚悟しておきなさい」

「ああ、そうかよ。わざわざありがとよ」


 紀香は皮肉たっぷりのお礼の言葉を吐き出した。もし静がこの場にいなかったら、手作りクッキーを口にしていなかったら汚い言葉でやり返していたかもしれない。


「じゃあねー、星花女子の長距離砲さん」


 左手をヒラヒラさせて立ち去っていく薫の背中に向けて、紀香は中指を立てた。


「……」

「ああ、ワンちゃんごめんな。あいつとはちょいと因縁があってな」

「……」


 静はおもむろに、紀香のユニフォームの袖を掴んで首をゆっくりと横に振った。


「怒るな、ってことか?」

「……」


 今度は軽く縦に振った。


「そうだよな。気ぃ使わせてホントごめんな」


 紀香は整った髪を撫でた。


 遠くからチームメイトが呼び出す声がしている。次の試合の準備をしなくてはならない時間帯だ。


「悪いけど行くわ。じゃあな。次こそは打つからな。あいつから」

「……」


 静は手を振って見送った。

【2019.12.08】

日置マリが三回で降板した理由追加。

三回投げたら勝ち投手になると勘違いして今更訂正に踏み切ったんよ……

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