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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
本編
15/46

15. 火を噴く長距離砲

 紀香はバットを大きく構えて、ゆらゆらと揺らす。この打撃フォームもいかにも大物打ちであると見せかける一つの工夫である。そのフォームに見合うだけの成績を収めていることを相手投手が知っていれば、尚更怖気付くであろう。


 その証拠に、二球続けて外角にボール球が投げられた。あきらかに一発を警戒していた。二死三塁なのだから敬遠するのも手だが、そうしないのは投手に経験を積ませるためのチーム指示であろうか。


 ただ、打たせる気の無いボール球ばかり投げられては紀香のフラストレーションは溜まる一方である。紀香は誰にも聞こえない声で「勝負しやがれ、クソが」とぼやいた。せっかく静が観に来てくれているのに。


 三球目。ようやく打ち頃の球が来た。


「もらったあ!」


 バット一閃。




――ゴスッ




「おぬああ……」


 紀香は小さく悲鳴を上げながら一塁にダッシュした。気合いを入れてフルスイングしたまでは良かったが、球がすっと沈むように落ちたために引っ掛けてしまったのだ。


 だが不幸中の幸い。ピッチャーゴロになるはずが打球に変な回転がかかっていたためか投手のグラブを弾き、二塁手が慌てて処理にかかる。強い打球に備えて深めの守備位置を取っていたのがかえって災いした。


「どりゃあああっ!!」


 紀香は足は速い方ではないが、全力疾走して頭から一塁に滑り込んだ。


「セーフ!」


 塁審が手を横に広げた。もちろん三塁ランナーの俊足新浦はとっくにホームインしていた。渾身のタイムリー内野安打である。


 先取点に星花ベンチは湧いたが、紀香は打者走者駆け抜け用のオレンジベースにグーパンチをかました。もちろん喜びのガッツポーズではない。


「ナイスラン!」


 外したエルボーガードを取りに来た帆乃花が激励したが、彼女には一応グータッチで返しつつも舌打ちした。


「クッソ、ホームラン一本損した!」

「ドンマイドンマイ! でも今のヘッスラでみんな盛り上がってるよ!」


 チーム競技であるソフトボール。紀香一人だけ気を吐いても意味がない。紀香にとって不本意な結果であろうと、チームの士気を上げたことは打点一つ以上の価値があった。


 結局初回は一点止まりだったが、星花女子ナインは良い雰囲気で守備についていった。打撃専門の紀香はベンチだがじっとするわけがなく、間断なく声を出してチームメイトを励ます。


 先発の戸梶圭子(とかじけいこ)は技巧派のはじめと対称的に、速球で押すタイプである。登板前にはじめに向かってこう言っていた。


「エースの投球がどんなものか見本を見せてあげる。ちゃんと見ておきなよ」


 過剰なほどの自信ぶりに、紀香ははじめの耳元でボソッと「これフラグじゃね?」と縁起でもないことをささやいた。


 悪寒は的中してしまった。五回を投げて六失点の大炎上。打たれてはムキになって抑えようと力んで、コントロールを乱してバッターを歩かせるか打ち頃の棒球になったところを打たれるかの繰り返しであった。早い回で替えられてもおかしくなかったが、菅野監督は投げさせた。圭子の放言をしっかりと聞いていて、責任を取らせるために敢えて投げさせたのである。もはや初戦を取るよりは、将来を考えて圭子にお灸を据える方を選んだらしかった。


 燃えたエースよりも情けないのは湿った打線であった。紀香の内野安打で上げた一点だけで、二回以降はすっかり沈黙。せっかくの先取点は圭子の炎上で不意になり、ナインの意気は一気に消沈してしまった。


 だがこんな状況下でも、紀香のモチベーションは全く下がっていない。ホームランを打つという、静と交わした約束を果たす使命があるからだ。


 三塁スタンドからの静の眼差しと彼女の両親の声援を受けて、三度目の打席に入った。前の打席ではストレートの四球で歩かされ、まだバットから快音は聞かれていない。眼鏡の投手はリードを貰って気が楽になっているのか、最初と違いひ弱な雰囲気は感じられない。


 一球目。


「おわっ!」


 スライダーが紀香の体に当たりそうになるぐらい内角をえぐり、紀香は体をくの字にしてすんでのところで避けた。テメーコノヤロー、と心の中で一喝しつつ相手を睨みつける。相手は身の危険を感じたのか、サッと帽子を取った。


 紀香は無意識的に尻ポケットに触り、三塁スタンドを見た。相変わらず何一つ変わらない表情。それが紀香の昂ぶる怒りの感情にセーブをかけた。


「すう~っ、はあ~っ」


 紀香は大きく深呼吸して、バットを構え直した。さらに一歩分、ホームベース側に踏み出す。内角をえぐられても腰が引ける下村紀香ではない。


 二球目。紀香の覚悟に押されたのか、投じられたのはド真ん中の棒球。あきらかな失投である。


 バットが絶好の獲物を捕らえた。



――パァァン!



「っしゃ! 一丁上がりぃ!」


 紀香はバットを無造作に放り投げて、ゆっくりと一塁に走り出した。ライトは打球の行方を追ったがフェンスに張り付いて、ボールがその向こうに落ちるのをただ見るしかなかった。


「ホームラン!」


 塁審の右手がグルグルと回ると、紀香は自分で拍手しながらベースを回った。三塁に来たところでスタンドを見たら、静が小さく拍手している。


 やった。喜んでくれている。いつかの練習で見せた失態のリベンジを果たすことが、とりあえずはできた。


「ナイスバッティング!」「紀香ちゃんナイスバッティング!」


 チームメイトや菅野監督と次々ハイタッチを交わすも、まだリードを許しているから笑顔は見せない。


 ソロホームランで一点上げただけだが、会心の一撃は相手投手の精神状態に大ダメージを与えていたらしい。投球がはっきりとおかしくなったからである。五番坂崎いぶき、六番宇喜多秀美(うきたひでみ)と連続四球。続く飯田薫子(いいだとうこ)が送りバントを決め一死二三塁、八番穂苅の打順で菅野監督が代打を通告する。


「帆乃花いけー!」


 紀香のメガホン越しの声援の後押しを受けて、背番号27をつけた帆乃花が左打席に入った。帆乃花はミート力があるから、ここぞという場面の代打に打って付けであった。


 その期待に帆乃花は見事応えた。外に逃げるシュートを流し打ってレフト線ギリギリのところに打球を落とし、二者生還。これで三点差に縮まった。


 流れは完全に星花女子に来ていた。


 その後ワンアウト取られたものの四球と単打でフルベースに。ここで打席に向かうのは、このイニングで二巡目の紀香であった。ホームランを放てば一発大逆転、漫画のような展開が待ち受けている。


 橋立東は先発を諦めて左投げの投手に交代した。昔、紀香は満塁の場面でも敬遠されたことがあるが、投手を代えたからには勝負してくるはずである。


「下村さん」

「ハイッ!」


 菅野監督に呼ばれた紀香は大声で返事した。


「代わりばなを叩けというのが定石だけど、相手は慎重に来るはず。初球は見送って」

「ハイッ!」


 紀香はヘルメットを脱ぎ「ぅおねがいしやーす!」と威嚇を兼ねた挨拶を行って打席に入った。


 下村紀香の真価を見せてやる。よく見といてくれよワンちゃん。


 第一球。傍から見れば紀香の目線と同じ高さのクソボールである。しかし一打大逆転のチャンスで静に良いところを見せたい紀香は脳のリミットをあっけなく外して、「打て」という信号を体全身に送信した。


 渾身のフルスイング。


 ゴムではなく革のボールであれば甲高い金属音が響いたかもしれない。かわりに出たのは、あえて例えるなら猟銃の発砲音にも似た凄まじい音であった。


 後に打たれた橋立東の投手はこう語ったという。『あんな恐ろしい打球音は聞いたことがない』と。


 獲物を仕留めた紀香はバットを放り投げて両手を高々と上げて歩きだした。ライトは守備位置から一歩も動かず打球を見送るしかできず。そのままなんと向こう側のB面グラウンドの外野に飛び込んでしまった。


「っしゃオラァー! 二丁上がりぃ!」


 紀香は飛び跳ねて咆哮した。逆転満塁弾に狂喜乱舞している三塁ベンチと、スタンドで拍手しながらも静かに見守っている静とおおはしゃぎの両親に向かって何度もガッツポーズした。


 ホームベース横で菅野監督が左手を上げて待っている。喜び勇んでハイタッチしたら、右手でヘルメット越しに思い切り頭を叩かれた。


「オブッ!!」

「Why didn't you obey my order?(意訳:私の指示を無視するなんて良い度胸してるわねこのヤロー)」

「あ、アイムソーリー!」


 ネイティブに近い発音で聞き取れなかったが、怒られていることはわかっていたからとにかく謝り倒した紀香であった。


 試合は紀香の一撃が決め手となり、最終的に9-6で勝利を収めたのであった。


 *


 帰りのバスの中で、菅野監督が訓示する。


「明日はdouble headerになります。よく休んで体調を整えて試合に望むこと。OK?」

「はいっ!!」


 二日目は午前中に報恩学院、午後に海谷商業と対戦する。海谷商業は報恩学院相手に完勝を収めていた。さすがはインターハイ候補といったところである。


「チームは良い雰囲気だし、明日も勝てそうだねっ」


 隣の奏乃は上機嫌だが、紀香は窓の(へり)に肘をついてぼーっと外を眺めている。試合後に監督から指示無視のことで叱られて落ち込んでいるわけではなかった。


「明日は雲宝の海商と試合だな」

「紀香ちゃん、あまり意識しちゃダメだよ」

「わかってるって」


 雲宝薫がどういう形で甦ったのかわからないが、まずはチームの優勝を目指す。頭ではわかりきっていることであったが。


 紀香のスマートフォンの着信音が鳴る。


「おっ」


 送られてきたメッセージに、紀香は喜色を顔に出した。


「わ、紀香ちゃんの画像だ!」

「おい、見るな! 見るんじゃねえ!」


 紀香がスマートフォンを隠そうとするが、後ろの座席にいたはじめと帆乃花も興味深そうに身を乗り出してきた。


「何? 何隠してんの?」

「くっ、しゃーねーな……ほれ」


 三人に囲まれて観念した紀香は、画像を見せた。それは静が撮影した、打席に立つ紀香の写真であった。


『下村先輩お疲れ様でした。明日も頑張ってください』


 というメッセージも一緒に送られてきたものだから、同級生三人が色めき立った。


「だ、誰なの?」


 帆乃花が食いついた。


「ワンちゃんだよ……黒犬静」

「あー、紀香ちゃんがいつも食堂で一緒に食べてるあの子!」 

「すっかり紀香ちゃんのファンになってる!」

「やるねえー!」


 紀香はあーうるせーうるせーと言いながら、元の座席に座らせた。


「ていうか、いつの間に連絡先の交換までしてたの」

「本当、隅に置けないよねー」


 後ろの席ではじめと帆乃花がクスクス笑っている。それが少し気障りであった。


「きっと明日も来るんでしょ? もっと良いところ見せてあげないとねっ」

「奏乃、うるせえ。秘孔突くぞ」


 紀香は人差し指で奏乃のこめかみをブスッと突いた。


「いったーい! 人がせっかく励ましてあげてんのに!」

「おうふっ!」


 奏乃が紀香の左足を踏んづけた。


「お前、軸足に何してくれてんだよ!」

「ふーんだ!」


 後ろの座席でゲラゲラ笑い声がする。菅野監督が「Shut up!!」と注意して、ようやく喧騒は収まった。

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