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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
本編
13/46

13. 宣戦布告は唐突に

 ニューイヤーカップ。成人の日が絡む連休に空の宮市、橋立市、海谷市、夕月市から各一校を選抜して行われる、自治体間の交流を目的とした小規模の高校ソフトボール大会である。


 試合前日、星花女子学園ソフトボール部監督の菅野逸枝教諭はミーティングを開き、大会の概要の再確認ならびに出場校の基本情報について伝達した。


 ホワイトボードには、今回出場する他校の名前が記されている。



   橋立(はしだて)市代表:県立橋立東高校

   海谷(うみがや)市代表:市立海谷商業高校

   夕月(ゆうづき)市代表:私立報恩学院高校


 

 市立海谷商業高校の名前だけが、赤いマーカーで囲まれていた。


「知っての通り、海商は昨年のインターハイ県予選で準決勝まで進んでいる。新チームも市内の新人戦で他校を圧倒して優勝しているし、今年もインターハイ候補の一角と見なされています」

「はいっ、監督!」


 紀香が挙手した。


「どうぞ、下村さん」

「じゃあ海商を倒せば、あたし達の名前も上がるってことっスね!」

「そうね。春に向けての調整のためにベストメンバーで来るでしょうし」

「よーし、この紀香様のバットで海商をボコボコにしてやりまっス! なあ、はじめ!」


 唐突に振られた有原はじめが「ええっ!?」と素っ頓狂な声を出して、部室が笑いに包まれた。


「ええっ、じゃないの。そこは"YES"でしょ。最初から勝てないと思っていたら勝つものも勝てなくなるわ」


 菅野監督が少し厳しめの口調で言うと、はじめは「イ、イエス」と縮こまって答えたものだから、また笑い声が起きた。


「海商は強豪です。ですが地元、空の宮市代表として選ばれたからには恥ずかしい試合はできません。出るからにはVictoryを目指します。OK?」


 ソフトボール部員たちは「はいっ!」と元気よく返事した。


 *


 立成18年度大会の会場は、空の宮市郊外にある「そらのみや球技場」である。


 ここにはソフトボール専門の球場があり、メイングラウンドとサブグラウンドの二種類に分かれている。メインの方は五千人を収容できる座席つきの内野スタンドに夜間照明、天然芝と設備が充実しており、国際試合の会場として使用されたこともある程である。


 その隣のサブグラウンドは全面が土で覆われていて、長方形の中に向かい合うようにして二面の試合場が設けられている。用途はソフトボールに限らず、フェンスを取り払えばサッカーのグラウンドとしても使える。だから「ソフトボール場」ではなく「球技場」という名前がついているのである。


 空の宮市で行われる主だったソフトボールの試合では、もっぱらこのそらのみや球技場が利用されていた。


 三日間に渡って開催されるニューイヤーカップは二日目まではリーグ戦を実施し、最終日はリーグ戦一位と二位で優勝決定戦、三位と四位で三位決定戦を行うという変則的な試合形式になっている。リーグ戦全勝でも優勝決定戦に負ければ二位転落、リーグ戦全敗でも三位決定戦に勝てば三位に上がれるという理不尽なルールであるが、あくまで大会の趣旨は勝敗よりもソフトボールを通じた自治体間の交流である。そのため、今まで抗議の声を上げた者は誰もいない。


 しかし紀香にとっては菊花寮残留を賭けた大切な試合。インターハイ候補の海谷商業を倒して優勝したとなれば絶好のアピールになるはずだ。


 メイングラウンドの方で開会式を終えて、選手たちはサブグラウンドに移動する。その際、紀香にちょっとしたいたずら心に似た感情が芽生えた。海商ナインのところへご挨拶してやろう、と足を運んだのである。


「ちわーっす!」


 海商のメンバーは一瞬「なんだこいつ」みたいな目線で紀香を睨みつけたが、何人かは正体知っているようで下村の苗字を次々と口にした。その中の一人、猫のような形をした瞳に髪型はツインテールの、身長は紀香とほぼ同じぐらいの選手が歩み出てきた。白地にえんじ色で「UMISHO」とロゴが書かれたシンプルなデザインのユニフォームを着て、下は白のロングパンツである。


「何か御用? 星花女子学園の主砲下村紀香さん」

「へへへっ、どーもです」


 大げさな形容詞と一緒にフルネームで呼ばれ自尊心がくすぐられた紀香は、嬉しさを簡単に顔に出した。


「いやあ、強豪の海商さんにちょいとご挨拶しようと思って」

「ちょうど良かったわ。私もあなたに挨拶したかったところなの」

「おお、光栄っス」


 こいつ、あたしに憧れてやがるな。そう勝手に決めつけた紀香はまたもや嬉しさを露骨に顔に出した。


 しかし相手は、猫の瞳を鋭くして柳眉を逆立て指さしてきた。


「下村紀香! ここで会ったが三年目、積年の恨みを晴らさせてもらうわ!」

「ぬおっ!?」


 あまりの気迫で怒鳴りつけてきたものだから、そんなシチュエーションを一切想定していなかった紀香はさすがに面食らった。


「ちょ、ちょっと待て。あたしはあんたに恨み買うようなことしてねーし! つか誰か知らねーし!」

「三年前の全国中学校ソフトボール大会一回戦。忘れたとは言わせないわよ!」

「三年前……?」


 紀香の口から「あ゛!!」という声が飛び出した。


「思い出した! お前確か海谷一中の……う◯この香り、だっけ?」

雲宝薫(うんぽうかおる)よ!! 雲の宝と書いて『うんぽう』!!」


 雲宝薫は勝手に下品な名前にされたことに対して怒りをあらわにして、涙目になって地団駄を踏んだ。


 名前はともかくとして、紀香の脳の奥に眠っていた記憶が鮮明に蘇ってきた。あれは三年前、紀香がまだ中学二年だったときのこと。全国中学校ソフトボール大会でS県、すなわち紀香たちが今住んでいるこの地方の代表として海谷第一中学校が出場した。


 エース投手の雲宝薫は紀香と同じく二年生であった。県内では豪速球で鳴らしていたものの、一回戦で紀香のチームと当たったのが運の尽きであった。


 紀香は薫からスリーランホームランと満塁ホームランを叩き出し、悔し泣きさせたのである。紀香にしてみれば数多く対戦してきた投手の一人という扱いであったから、本来であれば忘却の彼方へ追いやられていたところだが、雲宝という珍姓が記憶の糸をわずかながら繋ぎ止めていた。


「あんたがどういうつもりでわざわざS県まで来て、たいして強くもない星花女子に入学したのかわからないけれど、そんなことはどうでもいいわ。三年前の私とは違うところを存分に見せつけてあげるから、覚悟しなさい」


 高飛車の物の言い方に、短気な紀香の血はたちまち頭に昇っていった。


「上等じゃねーかコラ。もっぺんピーピー泣かせてやろーか? おぉん!?」


 紀香の恫喝にたちまち不穏な空気が漂いだし、海商の選手たちが紀香と薫を引き剥がしにかかった。


「紀香ちゃん、何やってんの!」

「薫ちゃん、何やってんの!」


 二つの甲高い声が同時に飛び交う。その一つの正体は有原はじめであった。はじめは有無を言わさず紀香を羽交い締めにした。


 もう一つの声の主は海谷商業の女子生徒である。黒色のブレザーに灰色のスカートという制服姿でユニフォームは着ていなかったが、白地にえんじ色で「U」と書かれたキャップを被っている。薫は彼女に向かってさっきとは打って変わり、猫が甘えるような声を出した。


「あーちゃん、ごめんね~心配かけさせて。こいつがケンカを売ってきたの」


 薫がわざとらしく「あーちゃん」と呼ばれたブレザーの生徒にすがりついた。「あーちゃん」は書類をはさんだバインダーを手にしていたから、恐らくマネージャーと考えられる。


「関わっちゃダメ! 行くよ!」


「あーちゃん」は薫の背中を押すようにして、メイングラウンドの出入り口から連れ出そうとしたが、急に薫が振り向いてんべーっと舌を出してきた。


「ぐぬぬぬっ……あ~の~や~ろ~……」


 紀香の頭の血管は決壊寸前であった。はじめの体を引きずってでも追いかけてやろうかと思ったものの、万が一はじめを怪我をさせてしまったらと、ほんのごく僅かに残っていた理性が押し止めた。


 紀香は鼻息を荒くして、はじめを睨みつけた。


「おい、はじめっ!」

「は、はいっ!?」

「絶対にう◯この香りをぶっ潰して海商を倒すぞ!」


 はじめは何言ってんだこいつとばかりにポカンと口を開けた。

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