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Get One Chance!!  作者: 藤田大腸
本編
1/46

01. 凶弾炸裂

「いくよー!」

「来いやあ!」


 グラウンドに響く二つの元気な声。少し遅れて、パァン、と破裂するような音が轟いた。


 紺色のジャージに身を包んだ背の高い少女が、勢いよく飛翔していく白い物を目で追う。それは綺麗な放物線を描いて遥か向こうに着弾した。


「うわー、休み明けなのに飛ばすねー」

「フフフフフ」


 背の高い少女からちょうど13.11メートル向こうにいるのは、真っ赤なジャージを着た少女。彼女が得意げに笑うと、吐息が十二月の冷気で白く凍った。


 期末テストにともなう部活動停止期間明けの、ソフトボール部の朝練風景である。といっても朝練は強制ではない。紺色ジャージの有原(ありはら)はじめ、真っ赤なジャージの下村紀香(しもむらのりか)の二名だけが自発的にグラウンドに出て、期末テストで鈍った体を叩き直していた。最初はランニングとキャッチボールで終わる予定でいたが、紀香が急遽打ちたいと言い出したので、軽くマシン打撃を行うことになった。


 はじめは投手だが、自分では投げずにピッチングマシンを操作している。軽めとは言っても、左打席に立った紀香はソフトボールをいとも簡単に遠くへと叩き飛ばしていく。それもそのはず、紀香は中学校時代にスラッガーとして全国大会で名を轟かせており、星花女子学園高等部に入学してから即四番に適用される程の長打力の持ち主であった。ソフトボールはさして強くない星花女子に入学した過程については複雑な事情が絡んでいるのだが、今は触れないことにする。


 本来であればルールに則り、ホームベースから60.96メートル地点に簡易フェンスを設けてソフトボールの試合場とする。しかし前述の通り二名しか朝練に来ていないので、フェンスを設置するだけで時間を取られてしまう。そういうわけなので何も置かずに打撃練習を行っているのだが、目測だけでも軽々とホームランだとわかるぐらい紀香の打球が遠くに飛びまくっている。後片付けが少々大変になりそうだ。


 グラウンドの外で声がしはじめた。生徒たちが登校してくる時間帯であった。


「はーいラスト一球いくよー!」

「よっしゃ来いや、オラア!」


 紀香は気合を前面に出して、バットを大きく構えた。部活停止期間で溜まっていた鬱憤を吐き出すかのごとく。


 はじめが三号球を投入口に入れる。左右のローターでスピンをかけられたそれは、13.11メートル先のホームベース目掛けて射出された。紀香は足を上げてバットを引き、飛来してきたボール目掛けてフルスイングする。


 高校ソフトボールで使用される公式球はゴムボールである(といってもおもちゃのボールみたいな柔らかいものではない)。高校野球で使われる硬式球とは違うから、甲高い金属音ではなくパァン、と破裂したような打球音が出る。


 紀香の最後の一撃はひときわ大きい破裂音を残して、ボールはライト方向へグングン伸びていく。そのまま何と、グラウンドのフェンスを越えてしまった。


「あーあー! ちょっと紀香ちゃん、軽く打つだけって言ったのに!」


 はじめは褒めるより先に、ロストボールを出したことを咎めた。顔は呆れ笑っている。


「うははは、悪ぃ悪ぃ、つい力入っちまったわ」


 グラウンドのフェンスはそれほど高く作られていない。紀香が入学するまで、ここまでボールを飛ばす人間がいることを想定していなかったのだから致し方ないことであった。


 紀香は推薦入試での実技試験でも、今のように場外弾を飛ばして合格を勝ち取った。練習でもよく場外に飛ばすためにフェンスの上に防球ネットを設置することになったが、実施されるのは来年度の予算の配分を待たなければならない。今年度のソフトボール部に割かれる予算は少なかったからだ。


 グラウンドの外から聞こえてくる声が、何だか悲鳴じみたものに変わっている。紀香は少し嫌な予感がした。実技試験では、たまたま駐車していた教員の車のボンネットにボールがぶち当たり凹ませてしまった。本来駐車してはいけない場所だったこともあってお咎め無しで済んだが……。


 物を壊すならまだしも、人だったらどうしよう。


 紀香とはじめは後片付けを後回しにして、急いで外まで様子を見に行った。


 *


「ほんっっっっっっとうに申し訳ありませんでした!!!!」


 紀香はリノリウムの床に五体投地して、ベッドで横たわっている生徒に謝罪した。はじめも連帯責任ということで自分からついてきて、土下座こそしなかったが「申し訳ありませんでした!」と、九十度の角度まで頭を下げた。


 嫌な予感は的中してしまった。紀香の放った一打は、不幸にも黒犬静(くろいぬしずか)という中等部三年生の生徒の頭に直撃したのである。中等部の養護教諭、高城綾音先生曰く軽い脳震盪と打撲で済んだとのことだが、これがもし野球の硬式球であれば、保健室ではなく病院に運ばれていたかもしれない。


 静は上半身だけ身を起こして、紀香のことを無表情でじっと見つめている。やがて起き上がってベッドから出ると、ゆっくりと紀香の方に向かって歩き出した。


 罵られようが殴られようが自分が悪いので、覚悟を決めていた。しかし静は紀香の側を通り過ぎて、はじめを一瞥すらせず、そのまま保健室から出ていってしまった。


「やべえ、これ完全にブチ切れモードかもしんない……」


 紀香は床に座り込んだまま、はじめに弱気な態度を見せた。豪放磊落(ごうほうらいらく)という四字熟語がピッタリの紀香にしては珍しい。


「もう少し時間を置いてみようよ。そしたら頭が冷えるかもしれない。それから改めて謝りに行こう」

「そうだな」


 紀香が立ち上がったところで、高城先生が声をかけた。


「多分もう一度行ったところで、同じ反応されるだけだと思うぞ」

「どうしてです?」

「あの子、何て言ったらいいのかその、かなり変わっていてな」

「?」


 黒犬静のことは一言で表すなら「機械」みたいだと、高城先生は言った。超がつくほどの内向的な性格で、喜怒哀楽すべての感情が欠落しているようであり、しゃべることもせず、意思表示もしない。


 学校は休んだことはないが基本的に授業を行うところにしか行かない。お昼時には学食にも行かず何も食べず、理科の実験や音楽美術体育などで移動する場合を除いて、ずっと三年三組の教室に引きこもっているのである。ただ家と学校を往復するだけの日々で、休日でも家に引きこもっているだけらしい。


 能動的な性格の紀香には全く想像できない人物像であった。


「あの、こう言っちゃ何ですけど、いじめられたりしてないっスか?」

「入学したての頃はあったらしい。だけどほら、そういうのって嫌がる反応をしたらますますエスカレートするものだろう。黒犬さんの場合全く無反応だったから、そのうちみんな諦めたようだ」

「うーん……」

「成績は良いんだ。だけどあの性格だし、今じゃ教師たちも扱いにすっかり困っていて、言葉は悪いけれど問題児なんだよねえ」


 紀香の抱いている「問題児」のイメージは自分の父親の若き頃であったから、その言葉に若干の違和感を覚える。父親は元プロ野球選手だが高校時代には相当のオイタをしており、現役引退した今でもテレビでよく笑い話のネタにしている。喫煙飲酒は当たり前。彼女も取っ替え引っ替え。他校生にはケンカを売る。当時発覚していたら、母校には間違いなく出場停止処分が下されていたであろう。


 いずれにせよこの「問題児」とそれっきり、というわけにはいかない。謝罪に対して何かリアクションを示して欲しかった。許してくれるなり、気が済むまで煮るなり焼くなりツバを吐きかけられるなり。


 言葉だけの謝罪では足りないというのであれば、形で示すしかない。


「やっぱり、もう一度謝りに行く」


 紀香は決めた。


「あたしだけで話をつけるから、はじめはもう来なくていいぜ」

「大丈夫なの?」

「何が?」

「黒犬さん、もしも危害を加えるようなことをしてきたら……」


 はじめは静を何をしでかすかわからない人物として見ているようだ。


「んなこと言ったって怪我させたのはあたしなんだし。殴られるぐらいは覚悟してんぜ」

「いやいや、それはいくら何でも」

「心配すんなって。ほら、もうすぐ授業始まんぞ」


 紀香は高城先生に礼を言ってから、はじめを外に連れ出した。まだジャージのままだから、早く制服に着替え直さなければならない。

作品を書くにあたりしっちぃ様考案キャラクター、有原はじめちゃんをお借りしました。今後もちょくちょく出てきます。


【2019.3.11追記】

書き換えるにあたり、養護教諭に坂津眞矢子様考案キャラクター、高城綾音先生をお借りしました。先行キャラがいることを知らずに名無しの養護教諭を出していました。次からは気をつけます。

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