-エピローグ- 異形の青年といつか大人になる女子高生
「夜子、このひと月本当にありがとう。助かった」
山ほど受けていた依頼の、最後のひとつの報告を終え、おれは夜子を送り届けるために御守探偵事務所へと向かっていた。
「どういたしまして。今度はキャパオーバーになるまで依頼受けないでくださいよ。私だっていつも暇なわけじゃないんですから」
そう言う夜子が顔を顰めているのは、おれに呆れているのか、はたまたすれ違った車のライトに照らされ眩しかったからなのか……。後者だとは思うが、前者も否定はし切れない。
「わかっている。次からは気を付ける」
「そうしてください。ま、どうしても困ったら声をかけてもらっても構いませんけど?」
「ふ……。生意気な」
したり顔で言ってくるものだから、おれは夜子の髪をぐしゃりとかき混ぜてやった。
夜子の髪は、子供の頃撫でてやった時の柔らかな髪質と違い、艶やかでこしのある手触りをしていた。
「…………」
些細なことではあるが、あの日からこんなことでも時間の経過を感じてしまう。
(岩弓の件を報告しに行った時、会長殿は結局何も仰らなかった……)
――そんなことを考えていると、パシリとおれの手が跳ね除けられた。
「ちょっと、止めてください」
「悪い悪い」
ムッとした顔で髪を整えている夜子にそう言って笑いかけると、夜子は「急になんなんですか」と睨んでくる。
「なんだか最近の火之さん変ですよ」
「別にそんなことは無いだろ。そうむくれるな」
「……むくれてるから言ってるわけじゃないんですけど」
夜子はそう呟くと「ま、違うって言うんなら信じますよ」と目を細めた。――いや、それは本当に信じている目つきか?
「あ、そうだ。――火之さん、このあと時間ありますか?」
「あるが……。なんだ?」
「今日はうちでご飯食べていきません? 『一ヶ月お疲れ様でした会』をしましょう」
「なんだそれ。というか……、いいのか?」
「はい。今日家を出る時、夕飯に火之さんを誘ってもいいか訊いてOKを貰いましたから」
「おれはそれを今初めて聞いたが……」
「そりゃそうですよ。言い忘れていたから今話してるんです」
「――ふっ」
何故か堂々と言い放つ夜子に、おれはつい吹き出してしまう。
「笑ってないで答えてください。来るんですか? 来ないんですか?」
「行くよ。手土産はいるか?」
「いりません。別にうちの人達、そういうの気にしませんから」
「――そうか。まぁ、礼は言わなければ」
「礼?」
「末娘をひと月も連れまわしてしまったからな」
「なんですか、その言い方は」
夜子はそう呆れたように言うと、くすりと笑みを漏らした。少女らしい、朗らかな笑顔だった。
「一ヶ月、お疲れ様でした」
「夜子もな」
こうしておれの、慌ただしい一ヶ月が終わった。