3章-望まぬ信用-
アキトとの人外社会講座を終えたシオンは自室のベッドに横たわっていた。
『――というわけなんだけど、お前んとこの兄さんは大丈夫なのか?』
一見ただ寝転がっているだけのように見えるシオンだが、実は念話を通じてナツミと話をしている真っ最中だ。
結局いつもなんの変哲もない世間話をして終わるのだが、会話の流れで話題はアキトのことになった。
『大丈夫かってあたしに聞かれても……』
『なんかこう、最初はお前のこと信用してない~みたいなこと言ってたはずが、最近結構その辺の警戒がゆるいというか……』
外聞のことは別としてシオンのことを頻繁に私室に招くというのも危機感が薄いし、冷静に考えると誰もすぐに駆け付けてこれない艦長室で頻繁にふたりきりになっているというのもいかがなものかと思う。
シオンがその気になればアキトをどうとでもできてしまうというのに。
『警戒されないほうがシオンは楽なんじゃないの?』
確かに警戒されているよりはされていないほうがシオンにとって都合がいい。
しかしそういうメリットデメリットの話ではなく、単純に若干心配になってくるのだ。
『それに、ブリッジとかで話してるところ見てる限りそんな感じしないよ? 仕事中はちゃんとシオンのこと警戒してるんじゃないの?』
『いや、仕事中だけじゃダメだから』
いくらブリッジなどで接するときにちゃんと警戒しているのだとしても、プライベートな時間に隙だらけでは意味がない。
そのプライベートの時間にシオンが何か仕掛けてきたらどうするつもりなのか。
ここでシオンは決定的に話す相手を間違えたことに気づいた。
このナツミという少女は、ミツルギ兄妹三人の中で最もシオンに対する警戒心が薄い。
ナツミにこの話をしたところで、特に何も問題視したりしないし解決策などが出てくるはずがなかった。
『……俺、痛恨の人選ミス』
『何考えてるか知らないけどものすごく失礼なこと言われた気がする!』
念話で話をしているので顔や表情なんてものは当然見えないのだが、ナツミが頬を膨らませて怒っているのはなんとなく察せられた。
まあそれに対してご機嫌取りなどする気はさらさらないのだが。
『前々から気になってたんだけど、なんでシオンってすぐに自分のこと警戒してほしがるの?』
唐突なナツミからの質問にシオンはひとつ首を傾げた。
『むしろなんで警戒しないのか小一時間問い詰めたいくらいなんだけど?』
『またそういう……』
かなり重めの秘密を隠して何食わぬ顔で過ごしていた男を、何故警戒しないのか。
シオンだったら二十四時間の監視を辞さないレベルで警戒する自信がある。
実際、最初の頃人類軍側から二十四時間監視させろという要求もあった。
そんなことしようものなら協力者なんて絶対にしないぞと全力で突っぱねて、契約内容から取り消させたのだ。
ちなみに、与えられた私室にはそれを無視して隠しカメラも盗聴器も当然のように仕掛けられていた。
なので、監視カメラの前にはきつめのグロ画像を配置。
盗聴器のそばでは大音量のデスメタルを流してやって、最終的に全部壊した。
表向きはそういった監視をしないと約束している人類軍は何をされたとしても文句を言えないのである。
『俺を警戒しないのもどうかと思うし、前に言ったみたいに俺以外の人外はもっと性質が悪い場合もある』
人外に限らず人間であってもそういった他人を欺いて陥れるような者はいるが、人外の場合はその危険度が違う。
人間に騙されたとしても命を失うか資産を失うくらいで済むだろう。
だが人外に騙されてなんらかの契約や約束をしてしまった場合、そんなものでは済まない可能性がある。
死ぬことも許されずに永遠に相手の玩具や道具にされてしまう。
自身と関わった者が不幸に見舞われるようになる。
未来永劫、子孫が呪われ続ける。
などなど思いつくだけでもこれだけあるが、もっと複雑なパターンだってあり得る。
人外に騙されるということは、そういうものなのだ。
『要するに、あたしたちのこと心配してくれてるのよね?』
『まあそうとも言う』
『……心配してくれるシオンはやっぱりいい人なんだって思っちゃうんだけど』
『お前、劇場型詐欺とかにあっさり引っかかるタイプだよな』
『そもそも隠し事されてた以外はむしろ助けられてるくらいなのに警戒しろってほうが無理があると思う!』
開き直るナツミの堂々とした発言にあちらから見えないのをいいことに頭を抱える。
アキトがナツミほどシンプルに考えているとは思わないが、彼はシオンが魔法使いであることなどはあまり気にせず、行動によって評価している節がある。
シオンがなんだかんだ言いながらも〈ミストルテイン〉や民間人の命を守っているので、それを根拠に警戒を緩めつつあるというのはあり得る話だ。
『あと、仕方がないことだとは思うけど、十三技班とかアンナ戦術長にはそういうこと言わないよね』
『あの辺の人たちは言うだけ無駄だからなー』
彼らはよくも悪くも自分というものがはっきりしている。芯が通っているとも言う。
そんな人々が三年の関わりの中でシオンを信用してしまったのだ。
十三技班の人々なんて避けるシオンにしびれを切らしてあの暴挙に出てしまったくらいなので、今更何を言っても考えを変えてはくれないだろう。
それこそシオンが決定的な裏切りでもやってのければ話は変わるだろうが、シオンはそんなこと死んでもしないので、考えるだけ無駄なことだ。
『……あたしのことも、言うだけ無駄って諦めてくれたらいいのに』
拗ねたように言うナツミに、あえてシオンは何も答えなかった。
実を言えばナツミに関しては半ば諦め始めてはいるのだけれど、それを伝えることは彼女を縛り付けてしまうような気がするのだ。
『あのな。……俺は人類の味方じゃないんだ』
シオンが人類に敵対しないのは、敵対する理由が存在しないから。
アンノウンから人類を守るのは、目の前で死なれるのは寝覚めが悪いから。
『……そこんところ、忘れないでくれよ?』
答えを返さないナツミに一方的におやすみを伝えて、念話を切る。
「艦長殿も、忘れてないよな……?」
どうか忘れていてくれるなと願いながら、シオンはそのまま眠りに就いた。




