3章-艦長室での雑談-
「いや~、艦長の飲み込みが良くて楽ちんですね!」
アマゾンでの一件からざっと二週間。
できれば毎日でも人外関係の知識や魔法を学びたいと言い出したアキトだったが、彼はこの〈ミストルテイン〉で間違いなく一番仕事があるであろう人物だ。
流石に現実的に厳しく、頻度はニ、三日に一度。仕事を終えた夜の時間帯に行うことで話は落ち着いた。
そういったわけで、今回で五回目の人外社会講座ということになる。
とはいえ最初の二回は知識方面の話で終わってしまったので、魔法の手ほどき自体は三回目。
その三回目で軽いものとはいえ魔力障壁まで会得できたというのは、間違いなくアキトに相当なセンスがある証拠だ。
「飲み込みが早いと言うが、比較対象もいないだろう?」
「いえ、技班のメンバーには全然な人も多いですし……」
十三技班にも引き続き魔法を教えてはいるが、何人かの例外的なセンスの持ち主たち以外はほとんどまともに扱えない。
特にゲンゾウを筆頭に年齢層が高めのメンバーはイマイチで、逆に若い層にはアキトと並ぶくらいにセンスのあるメンバーもいる。ギルやカナエ、最年少のアンジェラはそれが顕著だ。
先程アキトに説明したように魔法はイメージの出来に大きく左右される。
年を重ねてしまった大人よりも、想像力の豊かな子供のほうが適性は高いのだ。
「そう言われると、まるで俺が子供みたいだと言われてるような気になるんだが?」
「例えですよ例え。ただそういう傾向があるってだけですし」
子供っぽいかどうかは別として、アキトは《異界》や人外に対して好奇心旺盛であることや、それらに対して柔軟に考えることができる。
そういった性質があるからこそ、魔法を上手く扱えるのではないだろうか。
ひとまず今日の講座は魔力防壁の習得で終わりということにした。
あまり一回であまり詰め込み過ぎてもよくないし、ただでさえアキトは多忙なのだ。
生命力と精神力の両方と密接にかかわる魔力の使い過ぎで倒れられでもしたら大事件になってしまう。
「イースタル。思ったんだが、魔法を教わるときにこの部屋を使うのはよくないんじゃないだろうか?」
「そうですか? でも艦長、攻撃用の魔法は別に教わらなくていいって最初に言ってたじゃないですか」
アキトに魔法を教えることになってすぐ、どういう魔法を覚えたいのかを確認した。
そこでアキトは防御の魔法を優先して、最悪攻撃などはいらないと答えたのだ。
「それはそうだが、今後は実際に攻撃を受け止める練習も必要になるだろう? この部屋でそういったことをするのは困る」
アキトの言い分もわからなくはない。
この艦長室という部屋は艦長の執務室であると同時に、他の部隊の代表者などを招き対応するための応接室も兼ねている。
実際、シオンとアキトが向かい合って座っているソファは来客用の備品だからこそかなり質が良いものであるし、この部屋の内装自体他の船室とは明らかに別物だ。
訓練のためとはいえ、そんな部屋で攻撃魔法を使うのはよろしくない。
「でも、他に都合のいい部屋あります?」
最初にこの講座をどこでやるのかという話になったとき、シオンが提示した条件はふたつ。
ひとつ、他の船員の目につかないこと。
ふたつ、シオンとアキトの部屋からできるだけ近いこと。
このふたつの条件の狙いは、他の船員に講座をしている様子――厳密にはシオンとアキトが仲良くしているところを見られないようにすることにある。
ブリッジのメンバーは普段のやり取りからシオンとアキトの仲が良好であると知っているし、一部例外を除いてあまり問題視もしていない。
だがどちらかと言えば、アキトとシオンが気安い雰囲気でやり取りをしている様子はあまり好意的に見てもらえない可能性が高い。
シオンと仲がいいことが周知であるアンナに対して不特定多数から疑いの目が向けられているわけだが、艦長のアキトにまで同じような目が向けられることになると困る。
それに関してはアキトも同じ考えだった。
直接講座の様子を見られるのは論外として、講座を行う場所への移動を見られるのも好ましくない。
何せ、魔法使いのシオンにしろ艦長のアキトにしろ艦内をうろついていると目立つのだ。
ふたりでいるところを見られなくとも"頻繁に同じような場所をうろついている"などと噂が流れようものなら、直接講座の様子を見られる以上に話がこじれる可能性もある。
そうした条件を考えた結果、最適だったのがこの艦長室だ。
この艦長室は〈ミストルテイン〉内でもセキュリティレベルが高い。要するに一般の船員が気軽にブラブラできるような区画ではない。
そしてシオンをよく思わない人間からの攻撃を防ぐため、シオンの私室は艦長室と同じ区画にある。
さらにアキトの私室は艦長室とドア一枚で繋がった先にある。
極めつけに艦長室という部屋自体、限られた人間しか出入りしない上にアキトの許可なしでは入れない。
これ以上完璧に条件を満たす部屋など他になかったというわけだ。
「攻撃魔法使う以上は射撃訓練室とかがいいんでしょうけど……」
「……かなり距離がある上に誰でも立ち入れるからな」
人払いの術で誰も来れないようにするのは簡単だがアキトやナツミのようなすり抜けが絶対にないとは言い難いし、移動途中で目撃されてしまえば意味がない。
「やっぱりこの部屋が一番じゃないですか」
「……いや、いっそ俺の私室でいいんじゃないか?」
アキトはそう言って艦長室の奥にあるドアを指差した。
「この部屋が条件をクリアするなら、それと繋がる俺の部屋でも問題ないだろう?」
「……確かにそれはそうですけど」
万が一バレたときに"シオン・イースタルは艦長の私室に夜な夜な招かれている"という、ものすごく話がこじれそうな噂が流れる気がする。
とはいえ、全くそんなことに気づいていない様子のアキトにこの場でそれを説明するとなんだか気まずい雰囲気になってしまいそうなので、シオンは何も言わずに「そうですねー」とだけ答えた。
シオンの微妙な態度に若干不思議そうにしたアキトだったが、次回からはアキトの私室で講座を行うことで話は進むのだった。
「(……これ、眼鏡副艦長に知られたら大騒ぎなんじゃ)」
そんな不安が頭をよぎったが、考えるのすら面倒な案件だったが故にシオンはあえてスルーすることにした。




