3章-レッスン1 魔力防壁-
「――結局のところ、魔法ってのは想像力で扱うものです」
艦長室に備え付けられた質のいいソファにゆったりと腰かけたシオンは、正面で同じようにソファに腰かけるアキトに対して可能な限り簡単に魔法というものを説明する。
「身の内から引き出した魔力で何がしたいのか。それがちゃんとイメージできてないとどれだけ魔力があっても魔法を発動することはできない……不発か失敗、最悪の場合は暴発の果てに大事故に発展するでしょう」
「為したいことのイメージができれば、どんなことでもできると?」
アキトの問いにシオンは少しだけ悩んでから首を横に振った。
「イメージだけではダメです、それを実現するだけの魔力が必要ですから。ただ、ものすごーく極論を言えば、どんなことでも実現できるような膨大な魔力と明確なイメージが揃えばどんなことでもできると言ってもいいかもしれません」
実際、神話に語られている神々はとてつもない魔力を用いて人間からすれば奇跡としか思えないようなことを為してきた。
しかし、そんな神々ですらどんなことでもできたわけではない。
つまり「魔法ならあらゆることを実現させることができるのか?」という問いの答えは、"理論上は可能だがそれができるだけの魔力を持つ存在がいない"というのが正しい。
「とまあちょっと余計なことまで話しましたけど、要するに魔法を使うには"魔法を発動するのに必要なだけの魔力"と"魔法によって起こす事象の明確なイメージ"が必要、ってことだけ押さえておけばいいでしょう」
「……そうだな。そこまでは理解した」
「では実践に移りましょうか」
シオンの言葉に頷いたアキトはすぐに立ち上がるとソファから離れて艦長室のあまり物がない一角に立つ。
その場で目を閉じたアキトが深く息を吐き出してから数秒おいて、彼の体がほんのりを光を纏い始める。
「繰り返しますが、重要なのはイメージ……より厳密に言えば、貴方自身が明確にイメージできることです」
魔法を使う際に正解と呼べるものはない。
先人たちの知恵で定型化された魔法も存在はするが、それでも使用者によって性能には違いは出てしまう。
逆に言えば、望む効果が得られれば自由なのだ。
「形状、質、どれをとっても自由です。でもあやふやじゃいけません。……丸い形でも四角い形でもいい。装甲板みたいな硬さで攻撃を防ぎますか? それともクッションみたいに柔らかく攻撃を受け止めますか?」
今アキトが作り出そうとしているのは魔力防壁。
人外はもちろん、アンノウンたちも扱う守りの力。
その在り方を具体的に問いかけることでアキトの中にあるイメージを固めていけば、それに促されるようにアキトの周囲には薄い光の壁が形作られていく。
数秒かけてアキトの全身を囲い込んだ球形の光の壁に、シオンは手元に取り出したゴムボールを投げつける。
それなりに力を込めて投げつけたそれは、光の壁にぶつかって跳ね返った。
ボールの当たった箇所にも特に変化はなく、魔力防壁は変わらずアキトのことを守っている。
「うん、合格ですね」
まだゴムボールを投げつけただけだが、ボールがすり抜けてしまうこともなくちゃんと防壁としての役割は果たせている。
初めてでここまでできれば、十分に優秀だ。
シオンの言葉に肩の力を抜いたアキトが防壁を消すのを確認してから、シオンはテーブルに置かれたカップを手に取り、甘いココアで一服するのだった。




