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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
2章 南米共同戦線
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2章-戦いの後に③-


ハチドリの処遇も決まり、これにて作戦後の話し合いもお開き――と、シオンは思っていたのだが。


「イースタル、お前には話がある。この後別室に移動だ」


ブリーフィングルームをさっさと立ち去ろうとしたシオンをアキトが呼び止め、文句を言う間もなく首根っこを掴まれて連行された。

一連の流れに「移動も何も強制連行じゃないですかー」とふざける隙も無い。

シオンは後ろ襟をひっつかまれてズルズルと引きずられつつ、これは不味いと内心冷や汗を流す。


これまでにもアキトに注意されたり叱られたりしたことはあるが、こうして有無を言わさず実力行使で連行されたというのは初めてのことだ。


そもそも、アキトはこれまで明確な怒りをシオンに向けたことがなかった。


注意をするにしても叱るにしてもアキトは決して感情を昂らせることはなく、シオンに拳骨を落としたときでさえもあくまで冷静なままだった。


そんなアキトがこのような荒っぽい態度を取っている。ということは完全に怒っていると判断する他ない。

「普段怒らない人間が怒ったときが一番恐ろしい」というよく聞く言葉がシオンの頭の中でぐるぐると回る。


「(とりあえず開幕謝罪からいってみようか……)」


闇の出現後の独断専行は完全に最初からそのつもりでやったことであるし、アキトが反対するであろうことも初めからわかっていた。


つまりどう考えても騙す気満々の確信犯であったシオンに非がある。


そのことについて申し訳ないと思っているかと言われると少々微妙なところではあるが、こういうことは悪あがきせずにさっさと非を認めてしまうのが一番だ。


土下座も視野に入れつつ三つほどの謝罪パターンをシオンが頭の中に思い描いた頃、会議室に連れ込まれて適当なイスに座らされた。

アキトもイスに座るのかと思いきや、イスに座るシオンの正面に仁王立ちの状態でこちらを見下ろしている。


そのままじっとシオンを見下ろすアキトに態度には出さないながら内心冷や汗ダラダラのシオン。

一分ほど何もないまま時間が過ぎ、「イスに座らされちゃったからスムーズに土下座にシフトできないじゃないか」と若干的外れな焦燥を覚え始めたシオンに対して、アキトは大きく息を吐き出した。


「そうびくつかなくていい。……別に怒鳴りつけようなんて考えていないからな」

「……俺、ビクビクしてるのバレバレでした?」

「普段あれほど口が回る男がこうも黙りこくっていれば、それくらいの予測はできる」


脱力した様子で手近にあったイスにどかりと腰を下ろしたアキトは、荒々しく頭を掻いてからまたひとつため息をついた。


「えっとその……勝手してすみませんでした」

「……お前、本気で悪かったと思ってるのか?」


謝罪をしつつも全く反省していないことはあっさりと見抜かれてしまったが、かと言ってアキトの機嫌が悪くなる様子はない。

シオンはアキトが怒っていると考えていたわけだが、どうもここまでのアキトの態度はその予想とは異なっているように見える。


「……確かに独断専行に関しては思うところはあるし、腹が立ったことだって否定はしない」

「…………」

「だがな、お前だけに非があったわけじゃないだろ」


アキトの言葉にシオンは目を丸くする。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだ。


「お前があの場でああいった判断をしたのは、俺たちには何もできない(・・・・・・)とわかっていたからだろう?」


そう口にするアキトからは悔しさが伺える。


「闇の中のグランダイバーの位置を探れるでもなく、闇の中に飛び込んでしらみつぶしに探せるわけでもない。むしろあの闇に触れようものならその場で終わるような戦力をあてにできるはずがない。そうだろ?」


アキトの言うことはまさしくその通りで、少なくともシオンの考えの中では〈ミストルテイン〉にあの場でできることは何もなかった。

むしろ余計なことをされてしまえばアンナや十三技班といったシオンの守るべき対象を危険に晒しかねない。

だからこそ、何もできないように仕向けた部分もある。


「結局のところ、お前にあの選択をさせたのは俺たちの無力さだ。……こちらの落ち度を無視して一方的にお前を責めるのは、ひとりの大人としてあまりにも恥ずかしいことだろ」


ここまで聞いて、シオンはアキトのここまでの態度の意味を理解した。


シオンの独断専行はもちろん褒められたことではないし、あのようなだまし討ちに近いことをされたアキトは当然気分の良いものではない。

しかし、シオンにそれをさせたのはアキトたち自身の落ち度によるものだ。

その上シオンの独断専行がなければ〈ミストルテイン〉は決して小さくはない被害を被っていたかもしれない。


おそらくアキトはシオンに対してどうするべきなのか、この部屋に来るまでも、到着してからも決めあぐねていたのだ。

アンナやミスティという他の人間を連れてこなかったのも、そんな自分の姿を見せて部下に不安を与えたくなかったのだろう。


「……つくづく損な人ですね」


ポツリと口から出てしまった言葉は、はっきりとアキトに届いてしまったようだった。

それに目を丸くしているアキトを見ると、もう言ってしまえという気持ちになる。


「俺が悪いことをしたのは事実なんです。その背景まで考えなくたって誰も何も言わないのに」


余計なことを気にしなければこんな風に悩まずに済んだだろう。

アキトのような人間でなかったらきっとそうしているし、それを問題視する人間なんてそうそういない。


しかし目の前の男は、誰に言われるでもなく損で面倒な道を選んだ。


「もっとズルく生きてもいいんじゃないですか?」


損な振る舞いへの呆れを込めて言ってやれば、アキトは苦笑した。


「こればっかりは性分だ。わかっていたって変えられるものじゃない。……それに」

「それに?」


尋ねるシオンの頭に向かってアキトの手が伸びてきたかと思えば、そのまま荒っぽい手付きで頭をぐりぐりと撫でられる。


「十六にもなってない子供を悪者にして楽する大人なんて、カッコ悪いだろ?」


手が離れていった後、いつもに比べて少し荒っぽい口調でアキトは言った。

ボサボサになった髪のまま不満を込めてアキトを睨むが、彼はそれを見て小さく笑うだけで特に悪いとも思っていないように見える。


そんなアキトの態度が、不思議とシオンは嫌ではなかった。


「……とりあえず、今回の件はお互い様ってことで終わりですか?」

「ああ。それでいい」

「眼鏡副艦長あたりが文句言いません?」

「言うかもしれないが、俺がちゃんと説明するさ。……彼女なら納得してくれるだろう」


であれば話は今度こそ終わりということになりそうだ。

立ち上がってぐっと背筋を伸ばせば同じく立ち上がったアキトも同じように体を伸ばしている。


「ああそうだ。イースタル、以前話した人外社会講座だが……」

「それその名前のままいくんですね……で、それがどうしました?」

「今晩、構わないか?」

「いいですけど急ですね」


作戦を終えたばかりでアキトだって色々と忙しいはずなのだが、彼はずいぶんとやる気があるように見える。


「今回の件でさらに自分の無知と無力さを痛感しからな。できるだけ高頻度で実施してほしい」

「どれくらいのペースです?」

「欲を言えば毎日だな」

「欲を言い過ぎですね!?」


ブラックな労働環境で有名な技術班のシオンにそれは厳しい。

立場上〈アサルト〉以外の整備に関わらないシオンは他の技班メンバーに比べれば余裕はあるが、それなりに忙しい。

というか、艦長であるアキトのほうがむしろ多忙なはずなのだがこの男どうするつもりなのか。


「ダメか」

「まあ少しでも知りたいって気持ちはわかりますけど……」


頻度も含めて今晩また相談しようと話を切り上げ、ふたり並んで部屋を出る。


「もしかしなくても、艦長結構人外社会に興味あります?」

「そうだな……今後の戦いのためというのが一番だが、それを除いても興味深くはある」

「へえ……なんなら魔法のひとつふたつ覚えてみます?」

「……悪くないな。それも含めて講義してもらおうか」

「いいでしょう。お菓子多めに用意しといてくださいね!」


ゆるゆるとした会話を繰り広げながら並んで歩く。


アキト・ミツルギという人間がシオンにとってどういうポジションにいるのかと言えば、今はまだ"ただの上司"に過ぎない。


しかし、頼み事にはできるだけ答えてやりたいと思うくらいには気に入っている。


本人に言うには少々気恥ずかしいことを考えつつ、シオンは彼の隣でいつものように笑うのだった。


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