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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
2章 南米共同戦線
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2章-戦いの後に②-


〈月薙〉についてはここで話しても仕方がないだろうと話を切り上げ、話題は今後のことに移っていく。


グランダイバーを討伐したことで南米の異変はひとまずは解決したと言える。

しかし、アマゾンに暮らしていた人外や消息不明となった人外たちといった被害は決して小さくはない。


特にアマゾンの人外に少なくない被害が出たのは大きい。


事後調査の際にそれなりの数の気配を捉えることはできたので全滅というわけではないだろうが、それでも数が減ったのは間違いない。

その数の減少はそのままアマゾンの守りに影響していくだろう。


長く平穏を保ってきたアマゾンのジャングルだが、今後しばらくはアンノウンの出現も警戒する必要がある。

とはいえ〈ミストルテイン〉がアマゾンに張り付いて守るわけにもいかないので、この後は南米の人類軍に警戒するように伝えて対処してもらう方針で決まった。


弱体化こそしているが魔物避けの結界が消滅したわけではないので、出現の確率は決して高くはない。

仮に出現したとしても、相当運が悪くない限りは現地の人類軍でも対抗可能なレベルのアンノウンしか現れないだろうというのがシオンやミランダの見解だ。


次に、今回突然起きた闇の出現に関しては≪魔女の雑貨屋さん(ウィッチ・マート)≫を中心に人外側で調べることで話は決まった。


あの闇は魔力防壁を張れない人間が接触すればたちまち命を脅かされるような危険なものだ。

どう考えても人間に調査や対処ができるようなものではない。

そればかりはミスティも同じ認識だったようでスムーズに話はついた。


マジフォンという連絡手段もあるので、調査に進展があればすぐにシオンとアキトに連絡をくれるということだ。


そして最後の話題は、ハチドリの処遇である。


ここまでは案内役のような扱いとして連れ回してきたが、ミスティ――もといごく一般的な人類軍の立場としては、然るべき施設に移送し拘束すべきという主張だ。

その然るべき施設というのがどう考えても人道的とは言い難そうな雰囲気なのはひとまず置いておいて、シオンや当人であるハチドリからすれば到底受け入れがたい要求である。


しかし、単なる協力者でしかないシオンはそこまでの発言権があるわけではないし、捕虜に等しいハチドリにも反対の余地はない。

アキトやアンナもどちらかと言えばシオンと同じ考えを持っているようだが、今回ばかりはミスティの主張のほうが優勢であると言わざるを得ない。


「このハチドリについては最寄りの南米支部の基地で身柄を預け、然るべき手順に則って移送すべきです。これに関して反論の余地はありませんね」


自信を持ってシオンに向き合うミスティの表情は引き締められていて感情を覗かせないが、わざわざシオンを注視して言っている辺り、自分の主張を通せたことが嬉しいのだろう。


ただ、ここで「はいそうですか」とハチドリを黙って見送るシオンではない。

というより、別に連れていくのは構わないがその前にやってもらわなければいけないことがある。


「まあ人類軍側の主張もわかるんで、そうと決めたなら俺に止める権利も意思もないですけど……」

「含みのある言い方ですが、何か?」

「とりあえず、この念書にサインもらえます?」


指をひとつ鳴らせば一枚の紙が影から飛び出し、風に流されるようにミスティの手に収まった。


「……なんですかこれは?」

「念書ですよ念書。……俺の監視下から離れたハチドリが何やらかしても(・・・・・・・)俺にはどうしようもないので人類軍側で責任持ってどうにかしてくださいねっていう」


シオンの言葉にミスティはもちろんアキトとアンナもピタリと動きを止めた。


「……イースタル、それはどういうことだ?」

「だって、今ハチドリが大人しいのは俺が魔法で色々封じ込めたりしてるからです。でもそれって俺の目が届く範囲での話じゃないですか?」


一見手放しで放置しているように見えて、ハチドリが逃げたり暴れたりしようとすればすぐにシオンに伝わるし、鳥かごに仕込んでいる術がそれを阻むようになっている。

しかしミスティの言う移送でシオンの手の届かない場所にハチドリが連れていかれた場合、その辺りの備えが万全であるという保証はできない。


「もちろん、ご要望とあればハチドリの力を封じる努力はしますけど……末席とはいえ神の眷属ですから。全身全霊で本気出せば俺の封印破ることだって不可能じゃないでしょうし、そうなったらこっちではどうしようもないんですよ」


シオンの主張を無視して、唯一のストッパーであるシオンからハチドリを遠ざけるのなら、その後どんなトラブルがあったとしてもシオンに責任を押し付けたりしないと約束してもらわなくては困る。

これはそのための念書というわけだ。


「私たちを脅そうというの!?」

「脅しも何も事実ですからね」

『確かに、神の眷属が相手となるとわたしだって絶対に破れない封印、なんて断言できないわね~』


叫ぶミスティに対し、のんびりとした口調のミランダが言う。

ミランダについては援護しているつもりなのか普通に感想を言っているのかは定かではないが、少なくともシオンとハチドリにとっては都合がいい。


「というか、君は本気出すと実際どれくらいやれるのさ?」


ハチドリは最初の脅しが効いているようで、ここまでシオンに対してほぼ反抗していない。

そのためシオンも彼の持つ力がどの程度のものなのか正確にはわかっていないのだ。


「神の眷属としては末席。そこまでの力を持ってはいないが……人間に後れを取るほど弱くもない」


シオンの問いにハチドリははっきりと答える。


「無用な殺生は望まぬところだが……手を出されたのなら躊躇う理由もない」


要するに、進んでしたいわけではないが人間側がその気なら容赦なく殺す、ということだ。


『それにあれでしょ? ハチドリさんにお薬使ったりするのよね? 前にエイリアンが出てくる映画で見たわ』

「……だとしたら何か?」

『じゃあ封印の性能の問題じゃないわ。もしハチドリさんが死んじゃったら封印の効力も切れてしまうもの』

「死亡しているものから拘束が外れて何が問題なのです?」

「そりゃあ、死後の呪いとか怨念とか色々ですよ」


認識できているかはともかくとして、人間ですら強い未練を残せば幽霊だの悪霊だのになることがあるのだ。

それが末席とはいえ神の眷属となれば、かなり危険な悪霊にだってなり得る。


「……死霊になってしまえば私自身どうなってしまうかわからない。私の神格であればそうだな……一〇〇人ほど(・・・・・・)の道連れは覚悟しておくといい」

「一〇〇!?」

「まあ腐っても神の眷属ですからね……」


ミスティがあからさまに顔色を変えたが、シオンやミランダの知識からすれば妥当な数だ。


「とにかく! 俺はその辺まで責任持てないので、この念書にちゃちゃっとサインもらえます? あ、ここは艦長にお願いするところですかね?」

「…………艦長、本部に指示を仰ぎましょう」

「ああ、俺たちの一存で決められる内容ではないな」

「ハチドリが基本的に人間を傷つけたくないってこともちゃんと上にご相談くださいねー」




その後、上層部に指示を仰いだわけだが……やはりハチドリの移送は取り止めになった。


ハチドリという人外が危険という考えに変わりないが、放置しておけば何事もなく終われる可能性が高い。

実際この一週間ほどの間にハチドリが何かトラブルを起こすことはなく、さらにグランダイバーとの最終局面では人類軍に協力までしたのだ。

ハチドリが人間を害すると判断できる明確な要素はひとつもないが、害を為す気が無いと判断できる要素は少なくともふたつあるということになる。


そんなハチドリに手を出して、進んで被害を被りに行こうとするような選択が為されるはずもなかった。


こうして、シオンがミスティに睨みつけられるという別に今更珍しくもない光景の中、ハチドリは無事に自由の身になったのだった。


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