2章-戦いの後に①-
アマゾンでの戦いを無事に終えてから数時間。
念のためアマゾン一帯を調査して回るなどの事後調査をようやく終えて、作戦は無事成功という形で終わりを迎えた。
しかし、作戦を終えてブリーフィングルームに集まった面々はとてもではないが祝勝ムードというわけにはいかなかった。
「……では、今回の現象はミセスにも正体がわからないものだということですか?」
『ええ。残念ながらね……』
マジフォンのスピーカーから聞こえるミランダの声は硬い。
『水晶を通じてそちらを見ていたけれど、一〇〇〇年以上の時を生きてきてあんな現象を見たのは初めてのことよ。……もちろん何もかもを知っているだなんて驕ったことを言うつもりはないけれど、聞いたこともないわ』
「……私は貴女がどれだけの人物なのか理解していませんが、一個人が知らないことがあっても特段おかしなことではないのでは?」
トゲのあるミスティの指摘に、シオンは黙って首を横に振った。
「……ミセスはこちらの世界に生きる人外の中で十本の指に入る有力者です。あんな現象がこの世界で起きていたとして、彼女の耳に入らないなんておかしい」
「そうは思いません。これだけ広大な地球の全てを観測するなんて人類軍の規模をもっても不可能です」
「そんなもの、人間ごときではできないというだけの話だろう」
ハチドリの言葉はかなり辛辣だが、事実だ。
「今日のあの現象……多分南米全域と中南米あたりに暮らす人外なら大なり小なり察知したでしょう」
「まさか! どれだけの距離があると思っているんですか」
「それくらいのレベルのことだったんです。……落ちてきた闇はともかく、それを落とした元凶はとんでもない存在に違いありません」
余計な不安を煽らないように言葉を控えたが、それこそ南米大陸くらいなら一日とかからず更地に変えてしまえるような規格外の存在だとシオンは考えている。
距離が遠のけば当然感じ取る気配は小さくなるだろうが、南米の南端に暮らす人外でも「何かがあった」ということは察知できたことだろう。
シオンの珍しく真剣な様子に気圧されたのか、ミスティはそれ以上何も言わなくなった。
『ひとまずはあなたたちが無事に戦いを終えられたことを喜びましょう。……あの現象によってグランダイバーが強大になる前に事を終えられたことも含めて、ね』
「それに関しては助力いただいて助かりました。……ジェム殿にもよろしくお伝えください」
「……え? ジェム?」
ミランダとアキトの会話の中で聞き覚えのあるワードが出てきてシオンは思わず口を挟んでしまった。
魔女の協力者がいたことは知っていたが、戦いが終わったかと思えば姿を消していたのでその人物の詳細を聞いたのは今が初めてだったのだ。
「今回協力してくれた魔女、ジェムって名乗ったんですか?」
「ああ、あくまで偽名のようではあったが……知っているのか?」
「まあ知ってるっちゃ知ってるんですけど……」
『シオンとあの娘は同い年だものね』
ミランダの言う通り、ジェムと名乗った魔女とシオンは同い年で面識がある。
それなりに親しいと言っていい関係なので、彼女がよく使う偽名についても知っていたのだ。
「艦長、大丈夫でしたか?」
「何がだ?」
「あいつの力を借りるのに、何か要求されませんでした? 宝石とか宝石とか宝石とか」
「特にそのようなことは無かったぞ。……お前じゃあるまいし」
「事実とはいえ心外です! あいつ、本来俺よりがめついですからね!?」
必死に主張するがシオンを見るアキトの目は全く信じていない人間の目だった。
他のメンバーも似たり寄ったりの反応でシオンとしては非常に遺憾である。
『まあまあ。とにかくあの娘にはわたしから伝えておくわ……そちらにはシオンもいるのだし、きっとまた出会うこともあるでしょうしね』
「よろしくお願いします」
『でも、今回のことについてお礼なんて言わなくていいのよ。不測の事態だったのだから助けるのは当然のことだもの……それに、一番働いたのはシオンだしね』
ミランダの言葉に全員の視線がシオンに集まる。
彼女の言葉は純粋にこちらを褒めてくれているのだが、実のところその話題はシオンにとって不味い。
「……ええ、確かに活躍したわね。あの闇を綺麗さっぱり消しちゃったわけだし」
アンナの指摘通り、グランダイバーに力を与えた闇は跡形もなく消え去った。
グランダイバーを斬りつけたシオンの一撃から発された光が空を染め上げた後、まるで初めから何もなかったかのように無くなってしまったのだ。
「あれについては俺も予想外っていうか……あんな感じになるなら最初からやっとけばよかったというか……」
「……まあそうよね。アンタの性格なら、ああできるってわかってたらさっさと使ってたでしょうし」
シオンはあくまで大量の魔力を注いで〈月薙〉の持つ破魔の力を引き出しただけ。
その結果あそこまでのことになるとは全く予想もしていなかったのだ。
客観的に見て出し惜しみしていたと思われても仕方がない状況だったが、少なくともアンナはシオンの主張を信じてくれているらしい。それだけでも少し気が楽だ。
「そもそもあれはなんだったんだ? 機動鎧が刀を振るっていたが……」
「あれはですね。実際にある刀を魔法で再現してサイズ調整した……ざっくり言うとコピーですね」
あの魔法は、本物を所持し、なおかつ魔術的なつながりなどを介して正確に性質を読み取らなければ完全な再現はできない。
今回の〈月薙〉については朱月を通じた契約のつながりがあったので名前の把握も含めてあの場ですぐにやってのけることができたというわけだ。
「俺自身があの闇をどうこうするのは難しいんですけど、幸いあの刀はなかなか上等な神刀……闇を構成してた穢れを消す力を持ってたので、それを借りたってわけです」
「そもそも貴方がそんな刀を持っている事実自体、我々には秘匿されていたようですが?」
「別に隠してないっていうかそもそも俺のかと言えばそうでもないというか……」
〈月薙〉は〈アサルト〉のECドライブの中でエナジークォーツの代わりになっている。
要するに、誰の所有物かと聞かれれば人類軍の物ということになる。
しかしそれを説明してミスティが納得するかどうかというところであるし、ECドライブの中身が刀ということすら信じてもらえない気もする。
「(というか、この話すると絶対ややこしいことになるんだよな~……)」
何故人類軍が人外界隈でもそうそうお目にかかれない神刀などというものを持っているのかだとか、それをエナジークォーツの代わりにできるとどうやって気づいたのだとか、ツッコミどころはいくらでもある。
それをあまり掘り下げると、少々話が大きくなりすぎる。
『そうよね~。シオンの持ち物じゃなくて、ECどらいぶっていう機械の中に入ってたものなんだもの。どちらかと言えば人類軍の持ち物なんじゃないかしら?』
どう答えようかと考えていたシオンの苦労は、のんびりとしたミランダの言葉で一瞬にして無に帰した。
当のミランダは流れる沈黙に『あら? わたし何か変なこといったかしら?』などと言っている。
「シオン・イースタル! どういうことですか!?」
「いや、そこは俺も知りませんけど!? 俺が〈アサルト〉見つけたときにはもうそういう感じだったしむしろ俺が聞きたいです! ……というかなんでミセスが知ってるんですかね?」
『気になったから魔法でちょっと調べただけよ?』
あくまでミランダもECドライブに〈月薙〉が組み込まれていると知っているだけでそれ以上の情報はないらしい。
シオンも最初からそうだったということしか知らないので「聞くなら人類軍の内部で問い合わせてください」とミスティには言ってやった。
最早話のややこしさなんてものはシオンの知ったことではない。




