2章-悼む者-
白い輝きが空を染め上げるアマゾン上空。
そこから遠く離れたジャングルの一角に、その人物はいた。
蒸し暑い熱帯雨林には全く適していない黒いフード付きのマントで全身を覆っているその姿はあまりにも暑そうなのだが、フードからわずかに覗く横顔は汗ひとつかいていない。
そんな状態が何よりもその人物の異常さを体現しているようだった。
「……死んじゃった」
小さな体躯に見合った幼い声。
子供らしい口調とその声の高さからは性別を判断することは難しい。
現状でわかることはおそらく年端もいかない子供であろうことと、今の言葉がとても悲しそうだったということくらいだ。
この森の多くの命を喰らった魔物のことを悼んで、その子供は小さな口を引き結ぶ。
「もう少し早く、助けてあげられればよかったのに」
そう呟いてから、その子供は何かを掬い上げるような動作で右手の手のひらを開く。
その手のひらの上に、黒い塊が現れた。
深い闇を思わせるその黒は、少し前に空の裂け目から飛来した黒い光と同じものだった。
大きな災いを呼び起こしかねない黒をしばらく見下ろしていた子供だったが、唐突にそれを消すと改めて空を見上げた。
グランダイバーを滅ぼした光は消え去ってしまったが、最後に放たれた光は未だアマゾンのジャングルに光の粒子のようなものを振らせている。
「……綺麗」
キラキラと輝く光の粒子を見上げる子供からこぼれたその言葉はなんの含みもない純粋なものだった。
自らが悼んだものを殺した輝きだというのに、子供はそれでも心の底から綺麗だと思っているらしい。
黙って空を見上げ続ける子供の背後で、草むらがわずかに揺れる。
しかし子供はそれに気付くようすはなく、未だ空を見上げ続けている。
次の瞬間、そんな子供の背中に草むらから飛び出してきたジャガーが襲い掛かった。
ジャガーの存在に未だ気づいてもいない子供がそれを躱せるはずもなく、猛獣の牙は確実に小さな背中に迫る。
しかしその牙は子供の柔い肉を貫くことなく空を切った。
子供は立っていた位置から移動していない。
ただ、子供の影から湧き出た無数の黒い腕がジャガーの体を捕らえたのだ。
腕はただの黒い腕ではなく、人の骨のような形をしていた。
一見すると頼りない骨の腕はジャガーが暴れればあっさり折れてしまいそうなのだが、ジャガーがいくらもがこうともびくともせずにジャガーを捕え続けている。
骨の腕の動きでようやくジャガーの存在に気づいたらしい子供は驚いた様子で宙に浮いたままのジャガーを見上げる。
「動物さんも、殺し合いが好きなの?」
子供は問いかけるがジャガーにそれがわかるわけもなくただ威嚇するような唸り声が返される。
それを前に子供は少し困ったような様子で口元をゆがめた。
「……うん、わかった。それじゃあボクもちゃんとするね」
その言葉の直後、子供の影から飛び出した骨の槍がジャガーの体を貫いた。
続けて二本目、三本目と数を増やし、五本の槍がジャガーを貫いた時点でジャガーはピクリとも動かなくなる。
それからゆっくりと地面に降ろされたジャガーの死体を見下ろす子供の口元は悲し気に歪んでいる。
「どうしてこうなっちゃうんだろう」
ポツリと呟かれた言葉に答える者はいない。
それから丁寧にジャガーの死体を土に埋めてやり、冥福を祈るようにしばし手を合わせた後、子供は霧のように消え去ってしまうのだった。




