2章-アマゾンでの戦い③-
アンノウンにとってこれ以上なく居心地の悪くなったであろう大地で、グランダイバーの気配が揺らぐのを感じる。
『アンノウン、反応縮小! 反応が移動を開始しています!』
センサーに表示されている反応は範囲を狭め、ちょうど〈ミストルテイン〉が控えている方角へと移動していく。
艦長たちの乗る〈ミストルテイン〉に敵が迫るというのは普通に考えれば好ましくないことだろう。
しかしシオンたちは焦らない。
何故ならそれが予定通りだからだ。
『〈ミストルテイン〉、全実体兵装発射準備』
冷静なアキトの言葉に応えるように〈ミストルテイン〉の両側面で対艦レールガン〈ライトニング‐Ⅴ〉各一門が、さらに全てのミサイル発射管が発射準備を整える。
未だECドライブの出力の問題で主砲を使用することができない〈ミストルテイン〉だが、それでも戦艦は戦艦だ。
火力の高さは機動鎧と比べるまでもない。
機動鎧四機でアンノウンを責めたてつつ、最終的に〈ミストルテイン〉がいる方角へ逃げるように誘導する。
そして逃げてきたアンノウンに止めとばかりに大量の魔女印の武器を叩き込んで一気に大地から追い出す。それが第一フェイズの最終段階だ。
『イースタル、ここまで手下のアンノウンを出してくる気配がないが、敵サイドに何か隠し玉がある可能性は?』
「ここまでやられて出してこないなら、多分出せないんでしょう」
『強い魔物だからと使い魔を生み出せるとは限らん。この魔物はそういうものだったというだけだ』
『……なら、遠慮はいらないな』
シオンとハチドリの返答で不安を拭い去ったのか、アキトは好戦的な態度を見せる。
『ラムダ、外すなよ!』
『ったりめえだ! 全弾ぶち当てる!』
『機動鎧部隊! 〈スナイプ〉以外は一緒におまけもくれてやりなさい!』
「オーケー思いっきりぶっ放しましょう!」
ブリッジから届く気合いの入った声たちに応えて、〈ドラゴンブレス〉を高出力モードで構える。
「増幅術式、三重展開! 不浄を焼く輝きを重ねて!」
砲口の前に並ぶ三つの魔法陣、そこにアンノウンを苛む破邪の魔法を重ねる。
『目標、グランダイバー! 全実体武装、一斉掃射!』
アキトの鋭い指示に〈ミストルテイン〉から弾丸とミサイルが飛ぶ。
それに合わせてシオンも魔法による強化を重ねた〈ドラゴンブレス〉を解き放った。
〈セイバー〉と〈ブラスト〉の放った分も含めて大量の攻撃が反応の中心目掛けて着弾する。
爆発によって勢いよく広がる爆炎の中から、アンノウンの悲鳴と思しき到底生き物のものとは思えない不愉快な音が響き渡る。
その直後、爆炎の中から大きく半透明な影が飛び出してきた。
泥のような、雲のような、半端に人の形を真似たなんとも形容し難い異形。
人の腰にあたる部分より下はなく、なんとか形を為している上半身の部分も一部が肥大化していたり一部が異常に細かったりとバランスが悪い。
それこそがグランダイバーの本体だ。
これにてアンノウンを大地から追い出すという第一フェイズは無事に完了した。
続く第二フェイズだが、すでに始まっている。
『目標確認』
シオンも聞き慣れているレイスの声。
しかしその音は普段からは想像できないほど冷たく、鋭い。
次の瞬間、必死に逃げようとするグランダイバーの頭部が弾けた。
続けて左腕、右腕が順に弾け飛び、最後に胴体に大きな風穴が開く。
おそらくグランダイバーは何が起きたのか理解できなかっただろう。
その正体を知るシオンですら、あまりの早業に全く反応することはできなかった。
『全弾の命中を確認しました』
シオンたちよりやや後方に控え、スナイパーライフル〈フェイルノート〉を構える〈スナイプ〉。
これから撃つのではなく、全てはもう終わっている。
「(俺が一番敵に回しちゃいけないのレイスなのかも……)」
普段の穏やかなレイスからはまずイメージできない精密な狙撃。
念のために常に魔力防壁を展開しているシオンだが、ふと気を抜いた瞬間にあのように狙撃されてしまった場合無事でいられるかは正直わからない。
そんな恐ろしい攻撃に無防備に晒されたグランダイバーは辛うじてまだ存在しているが、すでに半霊体の端から空気に溶けるように消えつつある。
半霊体のアンノウンの場合は頭を壊せば致命傷というわけにもいかないが、頭部に両腕を壊され胴体にも大穴を開けられればそんなことは最早関係ないだろう。
確実に弱まっていく気配。
センサーに表示されている反応も確実に小さくなっていっている。
「終わった」と、誰もがそう思った。
アンノウンについて人より知識を持つシオンも、神の眷属であるハチドリも、そう確信していた。
しかし次の瞬間、今まで感じたこともない悪寒がシオンを襲った。
「全員警戒してください!」
悪寒の正体がわかっているわけではなく、魔力を持つものとしての本能が叫ぶままに警戒を促す。
センサー類も異常を感知し始めたのか一拍遅れて機械的なアラートが鳴り響く中、シオンはとにかく周囲に目を走らせる。
悪寒の出所は死にかけのグランダイバーではない。
彼のアンノウンも相当不愉快な気配を発してはいたが今は弱まっているし、何より今感じ取っているそれはそんな生半可なものではない。
『なんだこれは!? なんておぞましい……!!』
ブリッジから届くハチドリに悲鳴染みた声に内心で頷く。
今シオンが感じている気配は不愉快なんてものではない。
本能が今すぐ逃げろと叫ぶような、命の危険をも感じさせる邪悪な気配だ。
『シオ坊! コイツはやべえぞ! 確実にそこらの神も食い殺すようなバケモノがいる!』
珍しく焦る朱月の言葉を聞く一方で、シオンは気配の出所が上だと気づく。
気配を辿って空を見上げれば、空間が歪み、ちょうど亀裂が入ったところだった。
「――来る!」
亀裂が広がり、空に穴が開く。
そしてその穴から黒い光が落ちてきた。
雨上がりに木の枝から落ちる雨の一滴のようなそれは重力に従うように真っ直ぐに落ち、死にかけのグランダイバーに当たって、弾ける。
その瞬間、燃え上がる炎のように闇が広がった。




