終章-最高のハッピーエンド-
「(……本当に、終わったのか)」
騒がしい祝勝パーティーの会場から少し離れた、大きな窓のある通路でアキトはひとりそんなことを考えた。
祝勝パーティーは賑やかなものだった。
サーシャの手配していた≪魔女の雑貨屋さん≫の料理はとても豪勢で非常に美味しかったし、多種多様なアルコールがそろえられていたことで酒好きな十三技班やアンナなどは大盛り上がりしていた。
明確に大きな問題を解決したという達成感もあり、誰もがすっきりとした様子で楽しんでいたのも印象的だったとアキトは思う。
アキトも仲間たちや多くの人と言葉を交わし、互いに無事こうして笑い合えていることを喜び合い……ようやくこの世界に戻ってくることができた母や、そんな母の側で笑う弟と妹を見て少し泣きそうになったりと、楽しく幸せな時間を過ごせた。
「……あ、いたいた。何やってるんですかアキトさん」
ぼんやりと夜空に浮かぶ満月を見ていたアキトに声をかけてきたのはシオンだった。
「シオン。どうした?」
「別にどうもしないですけど、なんかアキトさんが会場からいなくなってたので」
「師匠の治療を受けたとはいえ、疲れからうっかり倒れたりされたら怖いですし」と言いながらアキトの隣に立ったシオンは、要するにアキトのことを心配して探しにきたということらしい。
「で、体調は大丈夫ですか? なんだかんだ疲れが出てきた〜とかなら空間転移で〈ミストルテイン〉のアキトさんの部屋までご案内しますけど」
「ずいぶんと優しいな」
「そりゃあ、あなたがどれだけ今日の作戦のために気を張ってたかよくわかってますからね」
確かにアキトは世界の命運を左右する今日の戦いに向けて気を張っていた。
周囲にこそそれを見せないように注意していたが、この少年には弱ったところを見せてしまったこともあった。
「ちょっと前まで普通の人だったあなたが突然とんでもない大仕事をする羽目になって、それがなんとか片付いたんです。優しくだってしたくなるってもんですよ」
「……だとしても、年下に甘やかされるのは情けない気がするからな。気持ちだけ受け取っておく」
「え〜」と残念そうなシオンだが、その表情には笑みも浮かんでいる。
彼はまるでアキトだけが苦労したかのように言っているが、シオンもまた今日のために多くのことを考え、こなしていたし、戦場では相当な無茶も繰り返していた。
そう考えると、シオンの言い分もわからなくない。
「シオン」
隣に立つ少年の名前を呼んでみれば、自分でも少し驚くくらい優しい声が出た。
そんな声に驚いた様子のシオンの頭にアキトはゆっくりと手を置く。
「お前も、今日まで色々頑張ってくれたよな……ありがとう」
頭を撫でながら自然と出てきた感謝の言葉を伝えれば、シオンの顔が赤く染まる。
「……情けないとは思いませんけど、なんか照れますね」
「俺の気持ちをわかってくれたようで何よりだ」
シオンは赤い顔のまま小さく噴き出し、アキトもそれにつられて小さく笑う。
ふたりきりの廊下で笑い合う時間はとても穏やかで心地よい。
「ま、とにもかくにも師匠の言ってたようにハッピーエンド。めでたしめでたしってことで何よりですね」
「ああ、そうだな」
“封魔の月鏡”は書き換えられ、≪月の神子≫であるコヨミは人柱の立場から解放された。
【禍ツ國】で生まれた異端の命であるトウヤも、この世界で生きていける。
“封魔の月鏡”は崩壊することなく、緩やかに残る穢れをこの世界に戻していくことで大きな災いが起こる心配はない。
世界はまだ少しばかり混乱しているが、ふたつの世界はこれから和平の道を歩んでいく。
「……何もかも上手くいっていて……なんだか……」
間違いなく、全ては上手くいった――上手くいきすぎたと思えるほどに。
それがアキトの中にあった引っかかりだ。
アキトたちが望んだことは全て上手くことが運んだ。
犠牲がゼロだったわけではないが、少なくとも〈ミストルテイン〉の――アキトに近しい人々は誰ひとりとして欠けることはなかった。
「……こんなにも、上手くいくものなんだろうか?」
上手くいったのなら、それはとても素晴らしいことだ。
しかし、何もかもがアキトにとって良い結果になりすぎていて、違和感を覚えてしまう。
「何かを失う覚悟をしてた――いや何かを失って当然だと、俺は思っていたのに」
何もかも上手くいくほど、人生は簡単なものではないとアキトは理解している。
だからこそ、何かを見落としているのではないだろうかと、アキトの中に何かが囁く。
ただのアキトの考えすぎならばそれでいい。
しかし、もしも何か見落としがあって、それにアキトや関係者たちが気づいていないのだとしたら――
「いやいや、考えすぎでしょ」
アキトの不安をシオンは否定した。
「そりゃあ、こんなに上手くいくなんて俺だって思ってなかったですけど、なんだかんだどうにかなったんです。変に不安に思わず、運が良かったって喜べばいいだけですって」
「もー、仕方ない人ですね」なんて苦笑しながらシオンは言う。
そんなシオンの言葉にそうなのかと納得しかけたアキトだったが、気づいてしまった。
「シオンお前、何か隠してるな?」
疑問系ではあっても、アキトは確信していた。
目の前の少年の隠しごとを許さないために磨いた直感が、確かに彼の中に嘘を見つけたのだ。
アキトの言葉にシオンは驚いたように目を見開いて、そして――




