終章-終わらせるための一手-
『……は?』
誰のものともわからない戸惑いの声。アキトも声こそ出さなかったが同じように呆然としている。
ミサイルや魔法が飛んできたわけでもなく、魔力の気配すらもなく突然手が消し飛んだのだから当然だ。
そんな爆発の煙が晴れたかと思えば、そこには棒状の何かの上に立つ小さな人影がひとつ。
「……箒?」
現代社会では見かけないような古めかしい箒に、黒いマントと黒い尖った帽子を被った小さな人影。
そのシルエットはまさに“魔女”のそれだ。
『……少しばかり遅れてしまったけれど、間に合ったようでよかったわ』
「……ミセス。今のはいったい……?」
箒の上からこちらを見下ろす≪始まりの魔女≫、ミランダ。
状況から彼女がアキトたちを迫る黒い手から救ってくれたのはわかるが、どうやったのかは未だにわからない。
そんな会話をする中、再び大量の黒い手が襲いかかってきた。
先ほどのことからミランダを脅威と見なしたのか、アキトたちではなく彼女を狙って手が殺到する。
大量の手が自身に向かってくるという状況でも、ミランダは涼しい顔でそれらに目を向ける。
そして彼女が何をするでもなく、再び黒い手は爆発して消し飛ぶ。
『すごいけど、何が起きてるのあれ!?』
『ば、爆発の直前に≪始まりの魔女≫様から、微弱な魔力反応はありますが……』
アンナとコウヨウの通信越しのやり取りをミランダもなんらかの方法で聞いていたらしく、丁寧にも念話を使ってクスクスと彼女は笑う。
『詳しいことを話す時間はないけれど……わたし、≪始まりの魔女≫であると同時に≪時の神子≫でもあるの。自分以外の時間なら、ちょっとの間止めるくらいはできるわ』
笑いながら軽い調子でとんでもないことをミランダは言う。
つまりは黒い手やアキトたちの時間を止めている間に攻撃を仕掛けていたということなのだろうが、気づいたときにはすでに爆破されているなど恐ろしいなどというものではない。
『わたしたちはこんなにも恐ろしいから、あまり戦いの場で力を見せることはしない主義なんだけれど……今はそうも言っていられないわ――あなたもそう思ってここにいるのでしょう?』
アキトたちではない誰かに語りかけるようなミランダの言葉。
その言葉の直後、シャランとどこかで聞いたことのある鈴の音が響いたかと思えば、再度ミランダに迫っていた黒い手たちが爆発するのではなく、青い炎に包まれて焼き払われた。
その青い炎を背景に、アキトたちの目の前に金色が現れる。
「……九尾の、妖狐?」
ただのキツネと呼ぶには大きいが、アキトの目の前でミランダに並ぶのはまさに九尾の妖狐だ。
そしてその正体は考えるまでもない。
『わたくしのこの姿を見せるのは初めてですね。……怖がらせていないといいのですけれど』
困ったようでいて、どこか揶揄うようなニュアンスを含んだ声は玉藻前のもの。
彼女もまた、ミランダのようにこの場に駆けつけてくれたのだ。
『さて、これより先はわたくしたちも加勢しましょう。コヨミ、そしてその子供たち。浄化の術は頼みますよ』
それだけ言い残して玉藻前とミランダは空をかけて巨大アンノウンへと向かっていく。
『あのバケモノたちが加勢してくれるんです! ここで一気に決めにいきましょう!』
「ああ! そうだな!」
突然のミランダと玉藻前の登場に呆けていたアキトたちもシオンの言葉で再び動き出す。
「――術はもう一度準備できたわ。……でも遠くからじゃ限度があるのかもしれない」
『確かに、さっきまでも効いちゃいたがちょいと物足りなかったなぁ』
安全のために遠距離から浄化の光を叩き込んでいたが、距離があればそれだけ威力も落ちる。
逆に言えば、距離を詰めて浄化することができれば、より迅速かつ確実に浄化ができるということでもある。
「……いえ、危険すぎるわ。やっぱりここから『母さん』
距離を詰めるという方法を却下しようとしたコヨミの言葉をハルマが真剣な声で遮る。
『危険だとしても、やる覚悟はある。時間をかけたら犠牲が増えるだけだろ?』
『あたしも、いけるよ。早く倒すのが一番いいはずだもん』
「でも……」
ハルマとナツミの言葉は間違いなく正論だ。
ミランダと玉藻前という強力な助っ人が現れたとはいえ、こちらの勝利が確定したわけではない。
時間をかければそれだけ犠牲や被害が増えることになるし、巨大アンノウンが何かこちらの予想外の行動に出る可能性もある。
少しでも早く巨大アンノウンを倒すことが最善なのは間違いない。
それでもコヨミがためらうのは、単純に我が子を危険に晒すことへの躊躇があるのだろう。
近づいて攻撃するのであれば、〈アメノムラクモ〉を携える〈スサノオ〉がその役目を担うしかない。
ハルマとナツミも戦場に出ている以上すでにある程度の危険には晒されているが、遠くから攻撃するのと、懐に飛び込んで攻撃するのとでは危険度が天と地ほど違う。
そんな最も危険な役目を大事な子供たちにやらせたい母親がいるはずもない。
『……俺も、心の底から反対なんだけど、ハルマもナツミも絶対折れる気ないよね?』
『『もちろん』』
コヨミが悩んでいる間に投げかけられたシオンの問いに対して、ハルマとナツミは声を揃えて即答した。
そこに一切の迷いはなく、ふたりが本気でそうすべきだと考えているのは自然と伝わってくる。
それがわかったからこそ、アキトも覚悟を決めた。
「……母さん。俺はふたりに任せたいと思う」
コヨミがそうであるように、アキトも兄として大事な弟と妹が危険な役目を担うことに抵抗はある。
それでもこのことに関しては、ふたりの意思を尊重する道を選ぶ。
「今のふたりなら、きっと大丈夫だと俺は思う。……ふたりとももう、守らなきゃならない子供じゃないんだ」
「…………そうね」
決して短くはない逡巡の末に、コヨミは頷いた。




