終章-ラストミッション④-
奔流は切先の向けられた先――巨大アンノウンの瞳のど真ん中へと真っ直ぐに伸びていき、程なくしてそこを貫く。
巨大な球状の体に、同じく巨大な瞳を持つだけの巨大アンノウンに口はなく悲鳴などが聞こえるわけではない。
しかし浄化の光に眼球の中央を貫かれ激しく震える体から確かにダメージがあることは察せられた。
「(それに、凄まじい勢いで魔力が持ってかれているのがわかる……!)」
それだけ巨大アンノウンを形作る穢れを浄化できているということなのだろうが、まだまだその巨躯はしっかりと形を保ったままだ。
コヨミに任せるばかりではなく、アキト自らもさらに魔力を絞り出す。
「(多少なら〈光翼の宝珠〉から魔力を受け取っても大丈夫なはず……)」
書き換えた“封魔の月鏡”に害をなさない範囲で〈光翼の宝珠〉からの魔力を受け取り、アキトの体を通すことで≪月の神子≫としての力に変換する。
それなりに負担のあることだが、今やらなければいつやるのだという話だ。
『巨大アンノウン周辺に他のアンノウン反応なし! 加えて少しずつですが巨大アンノウンが小さくなり始めています!』
巨大アンノウンが完成したことと共に、完成した端から巨大アンノウンが浄化されていることがコウヨウから報告される。それはアキトたちの目論見が上手くいっていることと同義だ。
だが、無抵抗にこちらの目論見通りのままにさせてくれるほど相手も甘くはない。
『巨大アンノウンの一部形状が変化! みなさん警戒してください!』
眼球の真ん中を貫かれ巨躯を震わせる巨大アンノウンは、その球状の体から無数の手を生やし始めていた。
人間のように五本指の手があるかと思えば、三本しか指がないもの、六本の指があるものなども入り混じり、その存在が歪であることを表しているかのようで不気味だ。
そしてゆっくりと生えていたはずの数多の手は、突如機敏に動き出したかと思えばこちらへと一気に向かってきた。
『やばいこれは防壁だときつい!』
〈トリックスター〉に乗るほうのシオンは慌てたようにアキトたちのそばを離れ、やや前方で向かってくる手を迎撃し始める。
『オイ、〈アサルト〉のほうのシオ坊! 俺様に代われ!』
『確かにここはお前に任せたほうがいいやつだ! トウヤ、しっかり捕まっておくんだよ』
『う、うん!』
そんなやり取りをしてから〈アサルト〉は〈月薙〉を構え、その刃に赤い焔を纏わせる。
そして〈トリックスター〉と同じくこちらに向かってこようとする腕をその刃で迎撃し始めた。
〈トリックスター〉と〈アサルト〉、さらに加勢に来た他の機動鎧たちも合流してアキトたちに向かってくる黒い手は迎撃されていく。
しかしそんなアキトの視界の端にクリストファーたちの艦隊の内の一隻が巨大な腕に握りつぶされるように破壊され爆散したのが見えた。続いて≪銀翼騎士団≫側でも戦艦が一隻沈む。
『不味いわ! あっちから仕掛けられたせいでこっちの攻撃の手が緩んできた!』
こちらから攻撃を仕掛けていたことで巨大アンノウンからの攻撃を鈍化させていたのだから、それが緩めば当然あちらの勢いがさらに増す。このままでは悪循環に陥って一気にあちらが優勢になってしまいかねない。
『! 兄さん、右から来てる!!』
「!?」
戦況に気を取られていたアキトはシオンたちの迎撃を掻い潜った一本の腕の接近に気づかなかった。
ナツミの警告で反応できたときには、すでに自分でどうにかできるタイミングではない。
ぐわりと大きく開いた手が〈パラケルスス〉と〈スサノオ〉をまとめて握りつぶそうと迫り、閉じられる。その刹那、黒い影が間に割り込んで、〈パラケルスス〉と〈スサノオ〉を弾き飛ばす。
『!? ソードさん!?』
黒い影の正体――ソードの魔装は二機を突き飛ばして助けるために剣を手放している。
武器を持たず抵抗する術のない魔装は黒い手に捕まり――ぐしゃりと握り潰された。
『ソードさん!!』
握りつぶされ金属の塊となったソードの魔装が海へと落ちていくのを前にハルマが叫ぶ。
魔装を握り潰した腕は駆けつけた朱月によって切り払われたが、今ので集中が途切れ、浄化の術も止まってしまった。
「俺が油断したせいで……!」
『そういうのはあとだアキトの坊主! だいたいあの亡者はあれくらいじゃどうにもならねぇよ! んなことよりすぐに浄化をやり直せ!』
鋭い朱月の言葉に、なんとか気を持ち直して上を見る。
すぐさまコヨミが再度浄化の術を準備し始めるが、上に広がる光景は最悪の一言だった。
『ちょっと……腕の数ここまでの三倍以上はあるように見えるんだけど……!?』
浄化が止んでしまったがために、巨大アンノウンは全力でこちらを攻撃できる状態になってしまった。その結果が、アンナの言う通り三倍以上の本数はくだらない大量の黒い手だ。
『今までですらもギリギリだったのに、こんな数……とても防ぎきれません……!』
ミスティの悲鳴のような言葉の通り、シオンたちが攻撃を仕掛けて迎撃してくれてはいるが手数が足りていない。
ロスを承知で浄化の術を放てたとしても、これだけの数の手を全てまとめて消し去れるかどうか。仮に数本でも逃せば、逃した手は容赦無くこちらを握りつぶすだろう。
考えている間にも手はまるで壁のように迫ってきており、時間がない。
一か八かで浄化の光で消し去ろうとアキトが身構えたその時、突如として迫ってきていた手たちが爆発した。




