終章-ラストミッション③-
コヨミの言葉に方々から了承の言葉が返ってくる中、彼女は呼吸を整えながら目を閉じる。
「――我ら、≪月の神子≫が名の下に」
流れるようにコヨミが唱えれば、コヨミはもちろんアキトの体も淡く光を纏う。〈スサノオ〉のコクピットでハルマとナツミにも同じ変化が起きているだろう。
「古き血脈に宿るは白き輝き――淡き月光のごとく万象を照らし、荒ぶる御霊を鎮め、嘆く御霊を慰め、苦しむ御霊を癒す、穢れなき祈り」
〈パラケルスス〉と〈スサノオ〉を囲むように白い光が軌跡を描き、〈スサノオ〉の手にある〈アメノムラクモ〉に純白の光が集まっていく。
その切先をハルマは真っ直ぐに上空の巨大アンノウンへと向けた。
刹那、空を覆い尽くすほど巨大になったアンノウンの下部が突然大きく左右に裂け――その下から巨大な眼球が現れる。
血のような真紅の瞳はこちらをギョロリと見下ろし、その瞬間なんとも言えない悪寒がアキトを襲う。
咄嗟に視線から〈スサノオ〉を守るように副腕の盾を構えた〈パラケルスス〉を滑り込ませた。
そして次の瞬間には、大量の魔力の弾丸が雨のように降り注いだ。
『先手打ってきやがった!』
朱月の悪態を聞きながら〈パラケルスス〉の巨大な盾で自機と〈スサノオ〉を守る。
一発一発はそれほど強力ではないらしく、特殊な加工によって搭乗者の魔力なしでも魔法的な攻撃への対応が可能な盾のおかげでとりあえずは凌げている。
『ああもう! 射線邪魔しないために最初は離れてたのが裏目に出た!』
騒ぎながら〈パラケルスス〉の上に滑り込んできた〈トリックスター〉の魔力防壁がアキトたちを守る。
「まさか先手を取られるなんて……」
『取られちまったもんはしかたねぇ!』
続いて朱月の声と共に〈アサルト〉もやってきて〈トリックスター〉と並んで防御を固める。
「母さん! 魔力防壁越しに浄化はできないのか!?」
「この攻撃に邪魔されてちょっとロスは出るけど、仕方ないわね……!」
『あ、それ待った待った!』
中断していた攻撃を再開しようとしたところで、サーシャからストップがかかる。
『浄化は切り札なんだから、最高のコンディションで叩き込まないと!』
『それはそうですけど、撃たないままでやられたら元も子もないですよ!』
『ハルマくん焦らない焦らない。こんな小技ごとき、とっておきじゃなくても止められるんだから! こんなふうにね!』
直後、巨大アンノウンの目の一角が激しく爆発した。
人類軍の戦艦一隻くらいであれば沈められそうな攻撃はそのまま続き、目に見えてこちらを襲う攻撃の勢いが弱まっていく。
「これは……?」
『≪魔女の雑貨屋さん≫からの援護攻撃よ! “穴”が塞がって空間も落ち着いたから特製の爆弾を空間転移を応用してドッカンドッカン送り込んでるの!』
空間転移を用いて爆発物を突然に送り込むというかつてアキトが恐れた可能性が、今あの巨大アンノウンに牙を剥いているのだ。
敵からの攻撃であれば恐ろしいなんてものではないが、味方だとなるととても頼もしい。
『では次は我々が続こう』
そんなアーサーの言葉に続いて≪銀翼騎士団≫のいる方角から無数の閃光が放たれ、≪魔女の雑貨屋さん≫の攻撃に晒されている箇所とはまた別の箇所で激しく瞬く。
『≪銀翼騎士団≫総力を挙げて≪月の神子≫を援護する! 君たちは自分たちのやるべきことに集中してくれ』
『――商人や【異界】の騎士たちが頑張ってくれているのなら、私たちはもっと頑張らなければならないね』
突如聞き慣れた老人の声が割り込んできたかと思えば、≪銀翼騎士団≫とはまた別の方向から大量の閃光や砲弾が巨大アンノウンを襲い始めた。方角からしてクリストファーたちの艦隊からのものだろう。
「ゴルドさん……」
『いやはや、第三の道が見つかる可能性などゼロに等しいと思っていたんだが……事実成し遂げてしまったのだから君たちには驚かされる』
驚かされると話すクリストファーの声は悔しそうでもあり、どこか嬉しそうにも聞こえた。
『さて、サーシャの言うように君たちは最も効果的なタイミングを待っておくれ。それ以外のことは私たちに任せてくれていい。全力で援護しようじゃないか』
『何年もかけて準備してこんなにたくさんの戦力とか揃えたのに蓋を開けてみたらなんにもできなかったー、なんて情けないったらありゃしないものねー』
『ははは、まさにサーシャの言う通り! それを取り返すためにも全力で活躍してみせるとも!』
豪快に笑うクリストファーの言葉に応じるように人類軍本部で目にした“幽霊船”の主力兵器〈レディアント〉が大量に巨大アンノウンの瞳に叩き込まれ、こちらへの攻撃が一瞬だが完全に停止する。
『お母さん! 今なら!』
ナツミの言葉に応じるようにコヨミは一気に魔力を高める。
「――受け継がれし浄化の神秘をもって、今、黒き災いを討ち祓わん!」
コヨミが最後の言葉を唱えた刹那、輝きは〈アメノムラクモ〉の刀身に収束し――次の瞬間、目が眩むほどの光の奔流となって解き放たれた。




