終章-駆け抜けろ②-
『どうするよ? さっきみたく突っ込んで突破か?』
『……それしかないな。馬鹿正直に相手をしてられない』
朱月とアキトがこれからの動きについて話しているが、それも正直言って危険な方法だ。
そもそも一体の横を通り抜けるだけでもシオンと朱月はかなり必死に防御しなければならなかったのだから、単純にその六倍となればやり切れる気がしない。
「……正直、無茶すぎませんか」
『トハイエ、他ニ方法モ無カロウ』
『さっきと同じ強行突破がまだマシって話だしな』
全員が無茶だとは思いつつも、他に思いつく策もない。――少なくともシオン以外には
「朱月。ちょっと相談なんだけど」
『なんだ?』
「今すぐ俺に体返すか、その体の腕一本捥いで寄越すか、どっちがいい?」
「は?」とハルマの戸惑う声が聞こえたが気にせずに朱月の答えを待つ。
『――つまり、腕一本捥いで渡せばこの状況どうにかできるってか?』
「そういうこと! どうせファフニールを取り込んでる今の俺の体なら腕一本くらい魔力注げばすぐ再生できるし!」
『いいぜ、一本くれてやる! つーか元々シオ坊の腕だがな!』
『待て!? 腕を捥ぐってなんだシオン!』
アキトの問いかけもあえてスルーして〈アサルト〉を見れば、胸部のコクピットが開いて朱月の姿が見えている。
ついでに〈月薙〉を左腕に添えていて準備万端といった様子だ。
「よし、朱月。やっちゃえ」
『おうよ!』
朱月は借り物とは言え今は自分の体でもあるはずの腕を躊躇なく切り落とし、そのまま魔法でこちらに向かって飛ばしてくる。
片腕の朱月は、シオンがこれからすることが楽しみなのか、なんとも愉快そうに笑みを浮かべていた。
そんな朱月を視界の隅に捉えつつ、シオンは切り落とされてこちらに向かって飛んでくる自らの腕に意識を集中させる。
未だシオンの体は朱月の支配下にあるままだが、切り離されて宙を舞っている左腕は、シオンの体を奪った朱月の影響を受けることはない。
今この時、この腕だけは純然たるシオン・イースタルの、≪天の神子≫の肉体であり――現在は、またもうひとつ別の側面も有している。
「――そういうわけだから、ちょっと力を貸してもらうよ」
瞬間、宙を舞っていた腕は真っ赤な炎によって燃え上がる。
そして炎は腕のサイズから瞬く間に大きく膨れ上がり、シルエットを全く別のものへと変えた。
巨大な身体、広がる翼、爪を備えた四肢、炎の隙間から覗く漆黒の鱗。
「我が身を依代とし、この一時顕現するは古き邪竜、ファフニール!」
翼が力強く羽ばたき、巻き起こされた風で炎が散る。
そこにいたのは少しばかりサイズが小さいが、間違いなく北欧でシオンたちと戦ったファフニールだ。
『まったく、鬼とやらに肉体を奪われたかと思えば、今度は我をこき使おうとするとは。貴様はどうにも忙しないな、神の子』
「そいつは失礼。とはいえ世界の危機なんで力を貸してもらうよ」
『……まあよい。ほんの一時とはいえせっかくの機会だ、暴れさせてもらうとしようか』
そうして大きく開かれた顎の前に集まる炎は、次の瞬間空を駆け抜けて戦艦型の内の一体に直撃した。
『……一体仕留メタヨウダナ。サスガハ神話ニ語ラレタ邪竜』
『そもそもどうして今ここにファフニールがいる!? シオンの中に封印されているはずだろ!?』
「だからこそ、俺の体の一部を依代に一時的に顕現してもらったというか。≪天の神子≫の性質上、シオン・イースタルの肉体はファフニールの力がばっちり宿ってるわけですから」
ファフニールの力を宿しているのだから、シオンの肉体=ファフニールの肉体であると言っても過言ではない。
それを利用して、切り離した腕をベースに仮初のファフニールの肉体を作り出し、シオンの魂の内側にいるファフニールに遠隔操作させているわけだ。
「実体のある体とはいえ所詮は腕がベースの肉の塊。魔力の自然回復とかはしないし、注ぎ込んだ魔力分しか動けない使い切りの代物なんですけどね!」
『だとしてもこんなとんでもない助っ人がいりゃあ、突破もずいぶんと楽になるな!』
宣言通り暴れ始めたファフニールはシオンたちを巻き込まないようにしつつも、援護してくれるわけでもなく好き勝手に暴れ回ってアンノウンたちを蹂躙している。
このチャンスを逃すわけにはいかないだろう。
『ああ、全員この機を逃すな。行くぞ!』
改めて【禍ツ國】を目指して飛ぶ一行。
ファフニールの放つ炎がアンノウンたちを焼き払うのを尻目に真っ直ぐに穴に向かい、ついにそこへと飛び込んだ。




