終章-作戦開始④-
誰ともなく叫んだ通り、迫り来るアンノウンの姿はどう見ても機動鎧のそれだった。
『っ!? とにかく迎撃を! 正体を探るのは後です!』
混乱しつつもすぐに冷静な判断を下したミスティ。
その指示に同じく混乱して攻撃の手が止まってしまっていた面々も攻撃を再開する。
機動鎧の見た目をしていてもアンノウンはアンノウン。
他より少し反応が強い分戦闘能力も少し高いだろうが、倒せないほどの脅威ではないはず。
しかし、どうやらそう簡単な相手ではないことはすぐにわかった。
『こいつら明らかに他より速いし、なんか賢くないか!?』
ギルの言葉通り、機動鎧型のアンノウンたちは他の無数のアンノウンたちと明らかに動きが違う。
単純なスピードはもちろんなのだが、こちらの攻撃への反応や回避の動きが妙にトリッキーなのだ。
直進してきていたかと思えばこちらが照準を向けた途端に横にロールしたり、一瞬動きを止めてフェイントをかけてきたり。
他のアンノウンであれば愚直に突撃してくるであろうところで、それとは違う動きを見せる。
確かに、速くて賢いと感じられる動きだ。
『クソッ、一体仕留めるのに微妙に時間がかかる!』
『火力がないのが幸いだけど、これに気を取られると……!』
機動鎧型に使う時間が長くなればそれだけ他のアンノウンへの対応が疎かになる。
サーシャの防壁を簡単に破られることはないにしても、対応に手間取って大量のアンノウンに襲われ続ければ限界は当然ある。
実際、先程までよりも防壁にまとわりついて破ろうとしてくるアンノウンの数が目に見えて増えてきている。
『機動鎧型アンノウン、さらに多数接近! って、超高速で接近する魔力反応!?』
機動鎧型のアンノウンはともかくこのタイミングで急速接近する魔力反応など、候補はひとつしかない。
『久しぶりだな!! シオ坊!!』
そんな通信と共に、裏切りの挙句機動鎧を盗んで去っていった朱月がいけしゃあしゃあとサーシャの魔力防壁の内側に逃げ込んできた。
『なっ!? 何を堂々と避難してきているのですか!』
「副艦長、多分言うだけ無駄です。あと追い出すのもそれはそれで面倒です」
このまま朱月まで【禍ツ國】の入り口まで連れて行くことになってしまうのはもちろんよろしくないのだが、かと言って朱月を倒したり追い払ったりする余裕は正直ない。
『このタイミングで逃げ込んできたということは、朱月が手間取っていた原因はこれらのアンノウンか』
アキトの考えに、シオンも合点がいった。
ただでさえ、朱月は単独でこの群れの中に突入している。
そこで微妙に手間取る相手に邪魔をされるとなると、動きにくくはなるだろう。
それがほんの数体程度ならともかく、何十もの数に囲まれてしまうとなれば、突破して奥へ進むのも難しい。
『ああそうだ。あの機動鎧もどき共、大して仕掛けて来やがらねぇくせして道はしっかり塞いできやがるのが面倒極まりねぇ』
「その辺りの動きも普通のアンノウンらしくないってわけか」
動物的本能で動くアンノウンの行動は、餌となる魂を持つものに襲いかかるか、勝てない相手と断じて逃げるかの二択くらいのものだ。
襲いかかってくるでもなく逃げるでもなく邪魔をしてくるというのは明らかに普通ではない。
「(明らかに、知性がある。魔物堕ちでもないくせに)」
そうでなければ機動鎧型の行動は説明がつかない。
どうしてそうなったかを今考えている暇はないが、トウヤの影響であるのは間違いないだろう。
その上で機動鎧型のアンノウンたちには、明確にこちらを【禍ツ國】に近づけたくないという意図があるようだ。
『おそらく、進めば進むほど機動鎧型の数が増えていくと思われますが……』
『まだ防壁は大丈夫だけど、これから奥に行くほど状況が悪化するってなると、さすがのサーシャさんでも厳しいわよ?』
『わかっていますが、現状は耐えていただくしかありません。……精密射撃が可能な〈スナイプ〉と機動力で追いつける〈クリストロン〉は機動鎧型に集中! 他の機動鎧はそれ以外の殲滅を優先しなさい!』
ミスティの采配は正しい。しかし、それで対応しきるのは恐らく厳しい。
最終的にこの群れの中から〈ミストルテイン〉が離脱することも考慮するなら、サーシャの実力でもそろそろ限界のラインだろう。
『……突入部隊各位。準備を整えておいてください。可能であれば突入を見届けたかったですが……』
『いや、十分だよミスティ』
悔しさを滲ませるミスティにアキトは優しく応じる。
『俺たちが飛び出した後は離脱に全力を尽くしてくれ』
『……わかりました』
アキトとミスティの会話を聞きつつ準備をしようとした矢先、前方で嫌な気配が一気に強まる。
シオン含め魔力を感じ取れる全員がそれに警戒を強める中、視線の先で大きな影が動いた。
『大型アンノウン……じゃない!?』
『いえ! 反応からしてアンノウンで間違いありませんし大型でもありますから大型アンノウンという分類で間違ってはいない、はず、ですけど……』
アンナの混乱に対して即座に反応したコウヨウだが、彼も混乱しているのか答えになっているようななっていないような微妙な返答になってしまっている。
だがそれも仕方がない。何せ前方で動いている大型アンノウン……ととりあえず呼べるものはどう見ても戦艦の見た目をしているのだから。
「機動鎧のアンノウンが出てきたし、あり得ないなんて今更言わないけど……」
『こんなもんが出てくるってのはさすがに洒落にならねぇぞ』
シオンたちの視線の先で五体の戦艦型アンノウンはゆっくりとこちらの艦首を向け、そして――
『――! 反応増大! 攻撃来ます!!』
艦首の砲門と思しき部分から発せられた黒い閃光が五つ。こちらに真っ直ぐに向かってくる。
『回避!』
ミスティの指示が飛ぶ中、回避行動を取った〈ミストルテイン〉が大きく傾く。
それによって三発が回避され、二発が魔力防壁を叩く。そして二発の内の一方が防壁を貫いた。
黒い閃光が〈ミストルテイン〉の一角を掠るように駆け抜け、いくつかの回転砲台が爆発する。
『被害報告!』
『左舷自動砲台3基が大破! 左舷第七から第九区画で火災発生につき隔壁閉鎖、消化システム稼働確認。なお該当区画内に人員はいませんでした!』
幸いにも死傷者はおらず、〈ミストルテイン〉自体の被害もかなり小さい。
破られたサーシャの防壁も再度展開され直しているが、一度破られた以上ここらが限界だろう。
『突入部隊、準備はできているな!』
アキトの言葉に準備ができていることを答えてから、シオンは朱月に声をかける。
「朱月。この状況だし、一緒に突っ込むのを邪魔しはしない」
『奇遇だな。俺様もそっちを邪魔する気はねぇ。……どっちも辿り着けないなんて結果になったら目も当てられねぇしな』
シオンも朱月も、共倒れだけは避けたい。
となれば、考えが違っていようが今は手を組むのが最善だ。
アキトたち他の突入部隊も異論はないのか何も言ってこないので、それでよしとする。
――ただし、最後まで手を組むことはない。
「(朱月をどうにかするのは、【月影の神域】に到着してからかな)」
ある程度状況が落ち着いたところで、出し抜いて排除する。
そのことに躊躇はしない。どうせ朱月も同じように考えているに違いないのだから。
『突入部隊全員、行くぞ!』
アキトの号令を合図に、シオンたち突入部隊と相乗りの朱月は〈ミストルテイン〉を守るサーシャの防壁から飛び出した。




