終章-彼女が告げるは②-
勢いのままシオンを格納庫から連れ出したナツミが向かったのは、〈ミストルテイン〉の展望室だった。
「……えっと、ナツミさん?」
戸惑いながら呼びかけてくるシオンにナツミは何も答えない。否、答えられないというのが正しい。
「(勢いでここまで来たけど、このあとどうしよう……)」
ここに向かったことすら、ナツミは事前に考えていたわけではない。
とにかくシオンと話したいと彼を連れ出して、人がいないところはどこだろうかと考えながらとりあえず歩いた先にちょうど展望室があると思い出して、ここに来た。
そのくらいに行き当たりばったりだったのだから当然このあとのこともノープランであるし、冷静になってしまったせいでここまでの自分の行動の強引さを自覚してしまい、今ナツミの頭の中は真っ白なのである。
「……とりあえず、その辺に座ろうか」
そんなナツミの心の内を察してくれたのか、今度はシオンがナツミの手を引いてゆっくりと歩き出した。
そのまま適当なベンチに、二人並んで腰掛ける。
「俺に話、あるんだよな?」
シオンがそう確認してくるのに対し、なんとか頷く。
話があると肯定したのだから、すぐにその話に移るべきだとは思うものの、真っ白な状態から多少落ち着いた程度の脳みそではまともに言葉を紡げない。
しかも、ナツミがしようとしているのは“愛の告白”だ。
ここまで強引に連れてきておいてなんだと自分でも思うが、それなりに覚悟を決めなければ話せない。
「(と、とにかくまずは強引に連れ出したこと謝って、それから、それから……)」
本題はともかく、まずは黙っていないで会話をしようと必死に頭を動かすナツミの横で、シオンは「うーん」と唸りながら頭を掻いた。
「とりあえず、ゆっくりでいいよ」
「……え、でも、シオン忙しい、し」
「確かにまあ、すっごく忙しい。……けど、ゆっくりでいい」
どうにも矛盾したことを言うシオンにナツミは思わず彼を見つめる。
そんな彼は穏やかにこちらを見つめていて、その視線からもシオンがナツミを待ってくれていることが伝わってくるようだった。
「俺が忙しくしてるのがわからないナツミじゃないし、それがわかってるくせに気にせず我儘言えるナツミでもない。そんなお前があんな強引な真似したんだから、そのくらい大事な話があるんだろうなって思ったんだ」
だからゆっくりでいいのだと、シオンは言い聞かせるように告げる。
本当はこんなことに時間を使っている場合ではないはずなのに、それでもこちらが落ち着くまで待ってくれている。自分が大切にしてもらえているのだとわかって、嬉しくなってしまう。
待ってもらえるという安心感で、ナツミの気持ちも自然と落ち着いてきた。
「あのさ、急に連れ出してごめんね」
「ん」
「でも、シオンの言う通り、大事な用事があるんだ」
「そっか」
急かすことなく、余計なことも言わず、しっかりとこちらを見て、ナツミの言葉に応じてくれる。
そんなシオンをナツミもしっかり見つめて、伝えるべきことを伝える。
「あたし、シオンが好きだよ」
言葉にするととても短くて簡単なものでしかないけれど、そこに込められた想いはとても大事なものだ。
「泣いたり笑ったり、ちょっと怒ったり。そういういろんなことをこれからもシオンと一緒にしたい。この先ずっと、シオンの隣を歩いて行きたい。そういう意味で、シオンが好き」
先程までの悩みが嘘のように、胸の内にあった想いは言葉になった。
そうして言葉にして改めて、自分はシオンのことが好きなのだと再認識する。
そんな想いを黙って聞いていたシオンは……何も言わない。
目を丸くして驚いていて、先程のナツミと立場が逆転したかのように沈黙している。
だから今度はナツミが言葉を待つ番だ。
そうしてたっぷり三分ほどの時間を空けてから、シオンは大きく息を吐き出した。
「その、ごめん、ナツミにそんなこと言われるとか予想外だし、自分が誰かに告白されるなんて想像したこともなかったし、なんて言えばいいのか全然わかんない」
「……シオンがそんな風になるとか、あたしも思わなかった」
口も頭もよく回るのがシオンなのだから、どうあれ告白への返事はすぐに返ってくるものだと無意識に思っていたと気づく。
けれど蓋を開けてみればシオンはこれまで見たことないほど狼狽えていて、なんだか新鮮な気持ちであるし、何より……
「これ、かなり恥ずかしいな……こんなになってる時点で、俺、全然嫌じゃないしむしろ嬉しいと思ってるってことじゃんか」
自分の気持ちに正直で、嫌なことは嫌とすぐに言えるのがシオン・イースタルという人物だ。
そんな彼からここまで一言も否定的な言葉が出てきていないということは、本人の言う通りなのだろう。ナツミだってそのくらいはわかる。
顔を両手で覆ったシオンの耳は赤くなっていて、こんなに恥ずかしがっているシオンなんてそうそう見れるものではないだろう。そう思うと自然と笑い声が漏れ出してしまう。
「笑わないでほしいんだけど」
「だって、そんな反応されるとは思わなかったから」
「あーとにかく、ちょっと考えさせて!」
恥ずかしさを誤魔化すようにシオンは言う。
「自分が誰かと恋愛とか、する気はなかったし、できると思ったこともないしですぐに判断できない。だから保留!」
「うん。それでいいよ」
すぐに答えが欲しくないのかと聞かれれば、もちろん欲しい。
しかし勢い任せでOKさせたいわけではないし、シオンのちゃんとした答えを聞きたい。
今はちゃんと自分の気持ちを伝えられただけで、ひとまずは満足だ。
「あのさ、シオン。ちゃんと答えをちょうだいね」
「ん?」
「OKしてくれてもフラれてもいいから、ちゃんと答えが欲しいんだ。だから」
「死なないで」という言葉を口にするより先に、シオンの人差し指がナツミの唇を軽く押さえた。
「心配しなくても死ぬ気はないしそう易々と死ぬ俺じゃないよ」
人差し指で唇を押さえたままシオンは顔を寄せてきて、コツンと二人の額がぶつかる。
「死んだりしないし、答えは絶対に伝える。だからお前は無茶だけはしないでくれ」
「……死なないでとか言わないの?」
ナツミの問いに、シオンは笑う。
「俺が生きてる限り、お前のことは絶対守るからさ」




