2章-作戦会議①-
≪魔女の雑貨屋さん≫から物資を受け取った二日後。
予定通りにマイアミ基地を出航した〈ミストルテイン〉はアマゾンを目指して真っ直ぐに南下していた。
その艦内のブリーフィングルームにはシオンはもちろん作戦に関係する面々がアキトによって招集されていた。
夜間の戦闘はこちらに不利となるため、到着タイミングを調整して明日の午前からアマゾンにてアンノウンとの戦いを始める予定になっている。
その戦いにおける作戦についてのブリーフィングがこれから行われようとしているというわけだ。
「……全員そろったな。では始めるとしよう」
アキトの言葉を皮切りに室内の灯りが落とされ、ディスプレイが埋め込まれた中央のテーブルに様々な情報が表示される。
「事前に南米の基地に情報提供を呼び掛けたところ、アマゾンの密林中央部に微弱なアンノウン反応が確認されたそうです」
「微弱、なのか? 聞いた話じゃ強いアンノウンなんだろ?」
「おそらくは反応を可能な限り抑えているものと思われます。先日まで反応が追えなかったステルス能力を保有するアンノウンたちとやっていることは同じです」
ラムダの問いに対してミスティはよどみなく考察を述べた。それに関してはシオンも特に異論はない。
一月前であればあるいは見逃してしまっていたかもしれないが、各地におけるセンサーの感度向上は順調に進められているようで何よりだ。
「南米の基地の調査では確認できている反応はそのひとつのみ。……人外の協力者から得た情報でも、その一体以外のアンノウンは確認できていないようですので、反応数について誤りはないかと思われます」
「とはいえ、人工島に出たデカブツみたいに子分を出すかもしれないから油断はできない。そうよね?」
確認するようにこちらに視線を向けてきたアンナにシオンはひとつ頷いて見せる。
アキトやミスティもその可能性を見落としてなどいなかったのだろう。特に驚いた様子はない。
「イースタル、ひとつ確認だが今回のアンノウンが人工島の一件のように何かから魔力を得るような可能性はあるか?」
人工島で戦った大型アンノウンは、発電に使用されていたエナジークォーツから魔力を集めることで無尽蔵に手下を生み出していた。
そういった厄介なことをされるかどうかがアキトは気になっているらしい。
「可能性の話なら、大いにあります」
「……具体的には?」
「木々や水、炎なんかの自然にも魔力は宿ってますから、アマゾンの大自然から魔力を集めることは可能です」
特に事前情報によれば標的のグランダイバーは地の性質を強く持つアンノウンだと言われている。
水はともかく密林の木々や大地から魔力を集めることもわけないだろう。
しかもアマゾンには世界各地の精霊や妖精が集まっていたのだ、そこいらの森林などよりも魔力が満ちている土地に違いない。
「アマゾンはあっちにとってはホームグラウンドってわけね」
「魔力が満ちている以上俺にも恩恵ありますけど……他のメンバーには関係ないですしね」
エナジークォーツを使用しているECドライブは少しだけ出力が上がるかもしれないが、それも精々誤差の範囲くらいだろう。
「あちらが周囲から魔力を得られるというのなら敵の数を予測することはまず不可能だ。相当な数のアンノウンを相手にする羽目になるかもしれない。その覚悟はしておいてくれ」
アキトの言葉に砲撃や直接の戦いをすることになるラムダやハルマたちが真剣な様子で頷いた。
「……次に、今回のメインターゲットになるアンノウン、便宜上グランダイバーと名付けられた個体についてです。……このアンノウンに関してはシオン・イースタルに説明を求めます」
「……俺ですか?」
急な指名、しかも絶対にシオンに頼りたくないであろうミスティの言葉にシオンは目を白黒させる。
実際シオンを見るミスティはどことなく不満気なので、不本意なのだろうということは察せられた。
「俺もミスティも≪魔女の雑貨屋さん≫の資料でおおよそ理解したつもりだが……そもそもこちらの常識を逸脱し過ぎている。人間と人外、それぞれの常識を理解しているお前に説明を頼むほうが確実だと判断したんだが、どうだろうか?」
「……確かに、そのほうがいいかもしれませんね」
そもそも資料を用意したのが魔女たちである以上、人間には絶対にわからないようなことを「当たり前だから書かなくていいだろう」と記載ごと省いてしまっている危険性もある。
シオンとアキトたちで認識のすり合わせはしておいたほうがいいだろう。
「もらった資料あります?」
「ああ、これだ」
アキトの差し出した紙の束を受け取り、パラパラと目を通していく。
詳細に目を通したのは今が初めてだがミランダが口頭で教えてくれた少し特異な能力を除けば一般的な大型アンノウンといったところだろう。
「今回のアンノウンはこの〈ミストルテイン〉が今まで相手にしてこなかった、半霊体タイプのアンノウンです」
「具体的にはどういうアンノウンなんだ?」
「半霊体ですから、形状が定まってなくて結構自由とか……あ、ちょうどいい例がありました」
幸いシオンの身近にはちょうどよく半霊体な存在がいる。
それを実際に見せるのが一番手っ取り早い。
「ひー、ふー、みー!」
呼びかけてすぐにシオンの影から飛び出してきた三つの影は、シオンの頭の上にトーテムポールのごとく見事に並んだ。ちなみにその光景にラムダが吹き出した。
「では、半霊体の性質その一。体が魔力で構築されているので姿形をかなり簡単に変えられます」
まずは一番に地面に降り立ったみーがその場で風船のように膨らんだ。
続いて二番目に降りたふーは姿をカラスのシルエットに変え、最後のひーはシオンの姿を再現して見せた。
あくまで本来の黒い体のまま形状や体積を変えられるだけだが、半霊体であれば簡単にこういうことができる。
「形を変えるだけなのか?」
「半霊体ってだけじゃそこまでです。追加で幻術とか使えばもうちょっと見てくれもどうにかできますけど」
未だシオンのシルエットだけを真似ているひーに向けて指を鳴らせば、黒いシルエットの上に色がのるようにしてものの数秒でシオンと瓜二つの姿になった。
とはいえこれは戦闘にあまり役立つものではないので、おそらくアンノウンは使ってこない。
あまり気にしなくてもいい能力だと言っていいだろう。
「半霊体の性質その二。魔力で体を作っているので、その気になれば物質を通過できます」
シオンがいまだにシオンの姿を真似ているひーに手を伸ばせば、手がその体をすり抜けた。
なかなかショッキングな絵面にアキトたちがざわつくが、シオンは慌てず騒がずひーに歩み寄るとそのまま全身丸ごとひーの体を通過してしまう。
「こんな感じに人でも物でも通過できます」
「……こちらの攻撃は通じるのか?」
「人類軍の実体兵装では無理です」
シオンが即答すれば他の面々がざわつく。
武器が通用しないと言われたのだから当然と言えば当然の反応だが、シオンは手でそのざわつきを制止した。
「実体兵装はダメですけど光学兵装なら大丈夫です。それに、ミセスから届いた特別製の弾丸なら実体兵装でもちゃんと効きますから」
古来より、霊的な存在は強い光に弱い。
半霊体もその例にもれず光を収束した光学兵装であれば効果は望めるし、ミランダは相手の性質を踏まえて効果的な弾丸を大量に寄こしてくれたのだ。
少なくとも今回の戦いでは心配しなくてもいいだろう。




