終章-彼女が告げるは①-
「エナジークォーツのローテーション術式、念の為再チェックするから鍛刀の子は手伝って〜!」
「全機動鎧にありったけ追加武装くっつけとけ! 今回は〈ミストルテイン〉史上最大の大一番になるらしいからな!」
「〈ミストルテイン〉の予備動力、ちゃんとチェック済んでるか!? 〈光翼の宝珠〉とやらがなくなった瞬間落っこちるとか冗談じゃねぇぞ〜!」
〈ミストルテイン〉の格納庫のあちこちから大声があがり、元から慌ただしいそこはかつてないほどに慌ただしく騒々しい。
その理由は言うまでもなく、太平洋での大きな戦いに備えてのものだ。
協力してくれる≪魔女の雑貨屋さん≫や≪銀翼騎士団≫との相談の結果、“封魔の月鏡”の書き換えは現時刻から約二十時間後に実行されることが決まった。
今後の世界の状況を大きく左右する一大決戦を前に、十三技班の人々はこうして準備に追われている。
そんな様子を前にしていると、技師でもないナツミもなんだか落ち着かない気持ちになってくる。
「(……一旦落ち着こう、今ここであたしが焦っても何もいいことないし)」
釣られて逸ってしまいそうになる心を深呼吸で少しだけ落ち着かせて、改めて格納庫を見渡す。
幸いにも相手はひとりふわふわと宙に浮かんで移動していてとても目立っていたので、すぐに見つけ出すことができた。
「シオン!」
「ん? ナツミ?」
声をかければ、ナツミに気づいたシオンは宙に浮いたままこちらまでやってきた。
「どうした? お前って確か休んでおくように言われてなかったっけ?」
シオンが不思議そうに指摘してくる通り、ナツミは今、明日の一大決戦のために十分な休息を取っておくようにと命令されている。
命令通りに行動するのなら、少なくともこの慌ただしい格納庫を訪れるようなタイミングではないのだが……それでもナツミにはやっておきたいことがある。
「えっと、忙しいとは思うんだけど少しはな「シオンくーん! ローテーションの術式にちょっと気になるところがあるんだけどー!」
ナツミの言葉はどこからか飛んできたシオンを呼ぶ声に遮られた。
「はーい! すぐ行きます! ごめんナツミ、今なんて?」
「だからその、ちょっとはな「シオン! 〈トリックスター〉につける追加武装について話がしたんだが!」
「ローテーション術式見た後に行きます! ごめんナツミもう一回」
「あの、あたしシオンとはな「シーオーンー!! 助けてくれー!」
「……ごめんナツミ、大丈夫そうなら後でもいいか?」
「う、うん。そうしよう」
ナツミの目的は、シオンに自分の想いを伝えること。
個人的には大切な用事だが、急ぎというほどでもない。
「(シオンが休む時間のこと考えても、まだ余裕はあるし……すみっこで待たせてもらおう)」
そうしてナツミはシオンに余裕ができるまで待つことにしたのだが――
「シオン、ちょっとこっちいい!?」
「あーはいはい」
「シオン様、頼まれていたメカシオン様の停止の件、ヘレンお祖母様が構わないと」
「ありがとうマリー」
「シーオーンー。〈サーティーン・魔導式・最終決戦仕様〉のことで確認したいんだけどさ」
「ちょっと待って思ってたより武装が追加されてて混沌としてるんだけど???」
代わる代わる技班のメンバーに話しかけられてはあちらこちらへと引っ張りだこなシオン。
待っているだけではとても話すことなどできなさそうな状態だ。
「(でも、邪魔をするわけにもいかないし……)」
シオンはもちろん、今忙しくしている技班の人々は明日の戦い――ひいてはこの世界の未来のために働いている真っ最中であって、ナツミ個人の恋心でそれを邪魔するわけにはいかない。
「(……やっぱり、今はそれどころじゃないよね。絶対に今じゃなきゃいけないわけでもないし)」
それはきっと正しいことで、そうすべきなのだとも思う。
――だって、今の内に言っておかないと一生言えなくなっちゃうかもしれないでしょ?
それなのに、サーシャが口にした言葉が頭を離れない。
明日になればこれまでにない大きな戦いになる。
シオンであっても絶対に無事である保証なんてものはない――むしろ、ナツミたちのことを守るための無茶をするかもしれない。
そこまで考えてしまえば、もうダメだった。
世界の未来ではなく、自分の恋心のために。気づけばナツミはシオンに駆け寄って彼の腕を掴んでいた。
言葉を発することもなく、突然謎の行動に出たナツミを目を丸くして見つめるシオン。
その周囲にいる彼に用事があったであろう人々もほとんど同じ反応だ。
「――ごめんなさい、シオンのこと少しお借りします」
ナツミは早口にそれだけ口にして、反応も待たずシオンの腕を引いて歩き出した。




