終章-これからすべきこと①-
朱月の離脱という突然の事態に対する混乱はありつつも、〈ミストルテイン〉はこれからやるべきことへの準備を進める。
「多少予定は狂ったが、今すぐ俺たちだけで太平洋に向かうべきではないということは変わらないか?」
「そうですね。急ぎたい気持ちはありますけど、そういうわけにもいかないでしょう」
太平洋に【禍ツ國】への道ができてしまった。
そう言葉にするとすぐにでもそこへ行き対処をするべきという気持ちにはなるが、現実問題それは愚策だ。
「私たちだけで現地に向かったところで、溢れるアンノウンたちに囲まれて終わり、ですものね」
ミスティの口にした内容は書き換えを行うと決めてすぐの頃からわかっていたことだ。
書き換えを行うには【禍ツ國】とこちらの世界を繋ぐ必要があり、そうすれば自ずとあちらの世界から穢れとアンノウンたちがこちらの世界にやってくる。
長きにわたって溜め込まれた穢れやアンノウンたち相手に、〈ミストルテイン〉とレイル隊だけで立ち向かえるはずもなく、最初から≪銀翼騎士団≫や≪魔女の雑貨屋さん≫との協力は確定事項だった。
それは予定外に【禍ツ國】とこちらの世界が繋がってしまった今でも変わりはない。
「まず第一段階は、迅速に協力してくれる戦力と連絡をとり、足並みを揃えて太平洋の問題のポイントに向かうこと。それ自体はもう進めてもらっているな?」
「はい。≪魔女の雑貨屋さん≫と京都の姫様には、もう連絡が取れています」
「〈レイル・アーク〉にいる騎士も、〈シルバーウィング〉とすでに連絡が取れたと言ってきています」
コウヨウとレッドの報告を受けてアキトとアーサーが頷く。
おそらくどちらも世界に起きた異変は察知できていただろうが、これで状況は共有できたことになる。
あとは詳細を詰めて作戦実行のタイミングを決めるだけだ。
「シオン、サーシャさん、準備が整うのは最速でいつだ?」
「十三技班特製のエナジークォーツの制御術式はテストも済んでますし、各機動鎧の整備もバッチリ。その他細々した技術的な準備も全部整ってるのでゴーサインが出ればいつでも大丈夫です」
「さっきまで話してた通り術式の準備はできてるわけだから、あとはそれを誰でもパッと使えるように準備するくらいね。数時間程度で片付くから計算に入れなくてもいいわよ」
サーシャの準備も数時間で済むのならここから太平洋への移動時間だけで十分足りる。
今すぐに出発しても大丈夫と言っていいわけだ。
「レッド、僕たちレイル隊の方はどうだろう?」
「状況はほぼ同じです。号令さえあれば今すぐにでも出発できます」
レッドが澱みなく答えるのにアーサーは満足げに頷き、アキトへと視線を投げかける。
「各員が万全に準備をしてくれていたことに感謝する。では俺たちはすぐにでも動けることを各所に連絡。その返答を待って最速で作戦を始めよう」
異論はないかと全体を見渡すアキトに対し、アンナは少し難しい顔をして口を開く。
「一応確認なんだけど、それで間に合うの? 最短で動くとはいえ、その間に取り返しのつかないくらいアンノウンが湧いてくるとか、逃げた朱月筆頭にゴルドさんたちが動くとか、色々」
アンナの懸念はもっともであるし、正直アンノウンの方の問題はシオンにもわからない。
ただ、クリストファーたちのことであれば多少は予測も立てられる。
「少なくとも、ゴルドさんたちもすぐにどうこうはできないと思います」
「そうなの? 確か朱月も【禍ツ國】に殴り込むくらいはできちゃうんでしょ?」
「それはできますけど、とんでもない数のアンノウンを切り抜けて突撃するのは朱月とはいえ難しいでしょうから」
“封魔の月鏡”を消し去る方向に動くとして、その方法はおそらく「コヨミを【禍ツ國】から攫う」だ。
術式を機能させるための神子がいなくなれば、自動的に“封魔の月鏡”は崩壊する。
こちらのように≪月の神子≫を連れていないクリストファーたちは、術式そのものに干渉して終了することができないのだ。
「クリストファーさんたちが取る方法はシンプルです。【禍ツ國】とこちらの世界を繋ぎ、【禍ツ國】に突撃。【禍ツ國】にいるコヨミさんを攫ってこちらの世界に連れ戻して“封魔の月鏡”を壊す。……要するに、コンセント引っこ抜いて強制ストップさせるみたいは方法なんですよ」
「そのためには今もおそらく溢れ出しているであろうアンノウンの群れを突破して【禍ツ國】に突入するしかないが、突然予定外に今のような状況になってしまった以上はあちらも準備がいるか」
自分たちでふたつの世界を繋げたのなら戦力などの準備を整えて動けただろうが、結果的に【禍ツ國】との繋がりは偶発的に発生してしまった。
予定外に開いた道を使うには戦力ごとそこに移動する必要がある。
「もちろん、多めに見積もっても1日も待たずあっちの準備は整うでしょうから、こっちも大して余裕はないんですけどね」
「とりあえず騎士団に頼んで偵察は送っておいてもらいましょうよ。あっちの動きがあったら最悪こっちの準備がまだでも突撃しちゃっていいし」
「え、アンノウンはどうするんですか?」
「それはほら、ゴルドさんたちもアンノウンの相手はしてくれますから……」
誰であろうが【禍ツ國】に行きたければアンノウンとの戦いは避けられない。
それは目的の違うシオンたちとクリストファーたちも同じことだ。
「こう言ったらあれだけど、どうせならあっちが戦い始めてから突撃するとこっちは楽できると思うわよ♪」
「そうですね。あっちに数を減らしてもらいつつ、隙できたところでこっちが【禍ツ國】に突撃なんて手もアリなのでは」
「それは……確かに合理的ではあるんだろうが……」
シオンとサーシャの火事場泥棒的発想に若干引いているアキトたち。
ともあれこの後も方針もまとまったということで、この場はひとまず解散ということになった。




