終章-立ち去るモノ-
「……つまり、俺たちはもう動くしかないってことだな」
アキトの問いにシオンは頷いた。
「幸い、術式はできてます。エナジークォーツは間に合ってないですけど……」
元々〈光翼の宝珠〉以外のエナジークォーツは緊急時のための保険なので、最悪なくてもいい。現在用意が済んでいる四〇個があればひとまずは凌げるはず。
ただでさえ不確定要素の多い計画のリスクがさらに高くなってしまうのは好ましくないが、この状況では仕方がないだろう。
「わかった。今あるエナジークォーツで“封魔の月鏡”の書き換えを敢行しよう」
部隊の代表としてアキトが決断を下せば、集まった主要メンバーは各々真剣な表情で頷く。
「――あー、ちょいといいか?」
今まさに各自が動き出そうとしたところで、水を差したのは朱月だ。
「何、朱月!? 流石に今は忙しいんだけど!?」
「わかってらぁ。それでも言っとかなきゃならねぇ大事な話なんでな」
「大事な話って?」
この場の全員の視線を集める朱月は、シオンの問いに落ち着いて答える。
「書き換え計画。俺様は降りるわ」
「は?」と声をこぼしたのは誰だっただろうか。
ただ、間違いなくこの場の誰もが同じように思ったであろうから、誰がこぼしたかはあまり関係ないだろう。
シオン自身大いに驚き、それでも冷静に朱月の言葉の意図を考え――自分なりの結論を導き出すと同時に操った影で朱月の身を拘束した。
ほとんど同時に放たれたサーシャの魔法も、影に縛り上げられた朱月のことを包囲する。
「おっと、さすが師弟。息ぴったりじゃねぇか」
「そういうの、今はいらない」
「いいじゃねぇか。お話ししようぜ」
シオンの影による物理的な拘束とサーシャの魔法による魔術的な拘束。
いくら朱月でも逃れられないであろう厳重な拘束をされていながらも朱月は余裕を崩さない。
「……朱月、計画を降りるっていうのはどういう意味だ」
「言葉通り、その計画に協力しねぇって話だ」
「母さんを救いたいんじゃないのか?」
「ああ。けどまぁ、それならあの錬金術師のやり方でも問題ねぇからなぁ」
朱月にとって最優先の目的は”主人であるコヨミを救い出すこと”。
それが果たされるのであれば、朱月にとって方法はなんでもよく――多大な犠牲が出ようが関係はない。
それはシオンもアキトたちもわかっていたことだが、それでもここで朱月が急に意見を翻すのは想定外だった。
「ゴルドさんのやり方でも問題ないだろうけど、こっちのやり方でも問題ないはずだろ?」
「ああ。俺様もそう思ってたんだが、事情が変わっちまったからなぁ」
「半端な準備で実行するのが気に入らないと?」
「もちろんそれもあるが……」
言葉を半端に濁しながら、朱月はシオンとサーシャのふたりに視線を向けた。
アキトたちは視線自体に気づいていないようだが、このタイミングで投げかけてくる視線になんの意味もないはずはない。
「ま、世の中何もかもうまくいくほど都合よくはできてねぇってのは長生きしてる分、わかってるんでな。誰も彼も幸せな方法に落とし穴がないとは思えねぇって話だ」
書き換え計画に隠れた問題があるのではと疑っているという主張。
それを、わざわざシオンとサーシャに視線を向けて口にしているという状況。
「(コイツ、あのことに気づいてるのか)」
展望室でシオンとサーシャだけで話した、書き換えをするにしても誰か人柱を立てる方が確実であるという事実。それを朱月はわかっているのだ。
朱月であれば自分で気づくことも、シオンの人払いを突破して盗み聞きすることもできるのだからあり得ない話ではない。
不確定要素が多い上に最善ではない計画。
しかも予定を早めなければならない状況でさらに失敗のリスクは高くなっている。
理想的ではあるが失敗する可能性も高いアキトの計画よりも、犠牲はあれど確実なクリストファーの計画に乗ろうとここで思い直したとしてもおかしな話ではないというわけだ。
「そういうわけで俺様はここらで失礼するぜ」
拘束されている身にもかかわらず当然のようにそう口にした朱月。
その体は次の瞬間煙とともに消え去った。
「な!? あの拘束を逃れた!?」
「……いや違うわ。最初から分身だったみたいね」
シオンたちが捕らえていたのはあくまで分身であって、おそらく本物はすでに〈ミストルテイン〉にもいない。
「(トウヤのことがなくても、このタイミングで離れるつもりだったってことか)」
ご丁寧にシオンとの契約も途切れているし、艦内にはすでに〈月薙〉の気配もない。
抜け目のない朱月のことなのでおそらくは〈アサルト〉ごと盗んで行ったのだろう。
「あれを追いかけてる場合じゃありません。俺たちはやるべきことをやりましょう」
冷静にアキトたちを促しながらも、シオンはほんの少しだけ……本当に少しだけ、途切れた朱月との繋がりに寂しさを覚えた。




