終章-災い来たれり①-
「――というわけで、書き換えのための術式が完成したらしいわよ」
サーシャは〈ミストルテイン〉とレイル隊の主要メンバーを集めて告げる。
「玉藻様とお母様はもちろん、その筋に詳しい知り合いにもチェックを頼んでくれたらしいから現時点で考えられる最高の出来なのは間違いないわ」
「であれば、あとはエナジークォーツさえ準備ができれば計画は実行できるというわけですね」
アキトの確認にサーシャはしっかりと頷く。
問題なく着実に準備は進んでいることに半数ほどがホッとした表情を浮かべる一方、シオンを含む一部はそれほど素直に喜ぶことはできないでいる。
「……あとは、エナジークォーツの準備ができるまでゴルドさんたちが待ってくれるかどうかってところですね」
どれだけ急いでも万全な準備には二ヶ月ほどかかる。
その間にクリストファーたちに“封魔の月鏡”を壊されてしまえばその時点で終わりだ。
「いや、ここまで準備ができたんだ。ゴルドさんに計画を説明してもいいだろう」
「まあ、そうなりますよね。賭けにはなりそうですけど」
準備はできているとはいえ、こちらの計画が成功するかはあくまで不明瞭だ。
それを承知の上で「待つ」と言ってくれるか、「待てない」とすっぱり見切りをつけられてしまうか、どちらに転ぶかはシオンたちにはわからない。
上手く前者に転んでくれれば御の字。というレベルの話だが、やらないよりはやったほうがいいだろう。
「そうと決まれば善は急げ、よね。さっさとクリスに連絡しましょ」
「今更ですけど、やっぱりゴルドさんとも面識あるんですね師匠」
クリストファーとミランダの間に繋がりがあるのはハッキリしているので、わかっていたと言えばわかっていたのだが、こうもあっさりと言われるとなんとも言えない気分である。
「であれば、我々は一度席を外しましょうか? ≪銀翼騎士団≫は現在そのクリストファー・ゴルドという人物の邪魔を繰り返しているわけですから」
「そうですね。私たちとあなた方の間に繋がりがあると知られると、情報を漏らしたことが知られてしまう可能性がありますし」
アーサーとミスティが話を進めているが、シオンとしては別にそのような必要はないように思う。
「別にいいんじゃない? クリスならどうせシオンがやらかしたことくらい気づいてると思うわよ?」
シオンの考えをサーシャが代弁してくれたので、シオンも同意の意味でうんうんと頷いておく。
そんな師弟の主張に一同は微妙な表情になるが、誰も否定しないあたりクリストファーが気づいているであろうという推測に異論はないのだろう。
「……あなたたちの言いたいことは理解しましたが、バレているとはいえ悪びれもせずに堂々とするのはいかがなものかと思いますから、やはりレイル隊のみなさんには一度部屋をでていただきましょう」
あくまで冷静なミスティに促され、アーサーたちが部屋をでようとしたところで、それは起きた。
突如として襲いかかる悪寒。
悪寒を感じるということ自体、近頃それほど珍しいものではないが、今回はレベルが違う。
これまで感じてきたどんな悪寒よりも強く濃密で、シオンですら思わずその場で膝をつきそうになるような代物だ。
事実、集められたメンバーの中で魔力を感じ取れる者の大部分は膝をついたりして、感知できないメンバーやなんとか耐えた数少ないメンバーに介抱されている。
「シオン、今のは……」
シオンと同じく耐えたアキトだが、顔色は悪い。シオンもおそらくアキトから見れば同じような状態だろう。
そんな事態になるような強い穢れの気配があったとなれば、今思い当たる原因はひとつしかない。
「――【禍ツ國】で、何かあったのかもしれません」




