終章-月下の涙-
朱色の鳥居、白い石畳。その先にある古めかしい社を背に、うずくまる人影がひとつ。
小さな人影――トウヤはゆっくりと顔を上げ、その橙色の瞳で夜空を見上げる。
「……どのくらい、経ったのかな……?」
北米の人類軍本部で膨大な穢れをその身に集め、生まれ育ったこの【月影の神域】に戻ってきてすぐ、トウヤは一時の眠りについた。
覚醒と眠りを何度繰り返したかはトウヤ自身もよく覚えていない。
そのせいもあって、コヨミは自身がここに戻ってからどれほどの時間が経過したのかを性格に把握できていなかった。
「……おかあさん」
緩慢な動きでトウヤは社の方へと振り返り、開いた扉のその先で静かに眠るコヨミを見る。
元々、トウヤが世界に旅立ったのはコヨミがこうして眠ることが増えたからだった。
そうなってしまったコヨミを助けたくて、そのための方法を求めて、トウヤは生まれて初めて母の言いつけを破った。
けれど、今のコヨミはあの頃よりも悪い状態にある。
眠っているという点は同じだが、よく見なくてもトウヤがここを去る前よりもコヨミの顔色は悪く、呼吸は浅い。
魔力の気配で生きていることはわかるが、そうでなければ死んでいると勘違いしそうなほどに、今の彼女には生気がない。
トウヤがどのくらいの間眠ってしまっていたかは定かではないが、おそらくその間も彼女はずっと眠り続けていたのだろう。
何故なら、もしも彼女が目覚めていたならきっとうずくまるトウヤを抱きしめてくれたはずなのだから。
「(前は、眼を覚ますことだって、あったはずなのに)」
コヨミの状態はトウヤがここを去る以前よりもむしろ悪化している。
なのにトウヤは彼女を救うことができないどころか、世界に余計な災いを振り撒いて世界に生まれる穢れを増やしただけ――むしろ、母を余計に苦しめているだけ。
それが、トウヤが母の言いつけを破ったことによる確かな結果だ。
「(僕は、間違えただけ、だったのかな)」
トウヤがここを出て行ってしまったから、世界は乱れて穢れは増え、穢れを浄化する役目を担う母に負担を強いた。
トウヤがディーンに軽率に力を与えたことで失われた命がたくさんあるし、きっとディーンは、力さえなければあそこまでの悪事をなすことはなかったのだと思う。
自分の存在や力がとても危険なものなのだとトウヤは知っていて、けれどそれを正しく理解できていなかったのだと、ようやくわかった。
「僕は、ここにいないといけなかった。……ううん、違う、むしろ……」
――この世界に生まれてきてはいけないものだった。
導き出してしまった答えに、少年の心は静かに絶望に染まっていく。
例えその身が魔物と同じものであっても、穢れを操る力を持つとしても、その心が翳りを見せれば、穢れは容赦無くトウヤのことを蝕み歪めていく。
ひとつの瞬きの後にそこにあったのは橙色から赤に変わった瞳と、静かに流される涙。
新たに生まれ堕ちた一体の魔物が、そこいた。




