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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
2章 南米共同戦線
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2章-鬼と語らう夜-


暗い夜空を燃え盛る炎が照らす、シオンにとって見慣れた地獄(・・・・・・)

シオンはそんな光景を特に気することもなく、手頃な高さの瓦礫の上に腰かけていた。


「朱月、どうせいるんだったらさっさと出てくればいい」

「……なんだ? 今日は怒らねえのかよ」


シオンが声をかければ何もないように見えていた場所に朱月がその姿を晒す。

気づかれていたことに驚く様子も見せない朱月は、ゆったりと歩み寄ってきて同じく適当な瓦礫の上に腰かけた。


「詮索されるのは腹立つけど、ここには一回来てるだろ? これ以上詮索できるようなこともないし別にいい」

「そいつはありがてえ。夢に入るたんびに殺されかけたらかなわねえからなあ」


そう言って笑う朱月は本気で「かなわない」と思っているようには到底見えない。

幼い姿をしているとはいえ、やはり油断ならない相手だ。


「で? わざわざ俺様に声をかけたってのはどういう風の吹き回しだ? 怒る気も殺す気もないなら、理由もなく俺様に声かけたりしねえだろうよ」


朱月の言う通り、用事がない限りシオンから朱月に声をかけることはほとんどない。

元々互いに利用し合うために契約を交わした関係でしかないし、シオンが朱月と話をするのは案外リスクが高い。

何せ相手は半ば脅迫に近い形で契約を持ち掛けてきた狡猾な鬼だ。

下手に会話して情報を与えるのはマイナスにしかならない。


「ホントお前は俺様に対してキツイっつーかなんつーか……俺様涙が出そうだ」

「んー、実際無断で夢に立ち入って詮索してきてるようなあくどい妖怪を信用するなんて正気の沙汰じゃないからな~」


子供の外見を利用してよよよとわざとらしい嘘泣きをする朱月に対して、シオンは笑顔で毒を吐いた。

それから互いに顔を見合わせて「カカカ」「アハハ」と笑い合う。

もちろん双方本気で笑っているわけなどなく、そこに穏やかさなんてもものは微塵もない。


「まあそんなことはどうでもいいんだよ」

「おー、そういやマジでなんの用なんだ」

「単刀直入に聞くけど、最近魔物の動きがおかしいと思わないか?」


余計な気遣いだのなんだのは朱月相手にはなんの意味もなさない。

むしろ話が脱線しかねないまであるので、シオンはどストレートに疑問を投げつけた。


そんな質問が来るとは思っていなかったのか目を丸くした朱月だったがそれも一瞬のことですぐに普段のような飄々とした雰囲気に戻る。


「その聞き方、俺様の意見なんて聞かなくても結論出てるじゃねえか」

「物事を見るときに視点が多いに越したことはない、だろ?」

「まあ違いねえな」


朱月はおもむろに懐に手を突っ込むと、そこから一本のキセルを取り出した。


「その外見でキセルとか無性に止めたくなるなー」

「勘弁してくれや。体もなければやることもねえ俺様の数少ない楽しみだぞ」


珍しく本気で嫌そうにした朱月は煙をくゆらせるキセルを口に含む。

見た目は十歳にも見たない子供の姿でそんなことをすれば普通なら違和感を覚えるところなのだが、妙に馴染んで見えるのはそれだけ朱月の所作が手馴れたものだからなのだろう。


「シオ坊の考えに、俺様も異論はねえ。そもそもあの島に魔物どもが出た時点で妙な話だったろうが」


朱月の言う島は第七人工島のことだ。

人類軍に話してはいないが、あの島はああ見えて人外に関わりを持つ者が少なくはなかった。


あの島のシンボルとも言えるダルタニア軍士官学校は、シオンのような孤児の支援のという意味もあってかなり幅広く生徒を募っていた。


その性質上、人の姿でさえあれば(・・・・・・・・・)誰でも割とあっさり入学できたのだ。


しかも孤児であると証明できれば学費は無料。

そうでなくとも良心的な学費で世界的に見ても水準高めの教育が受けられるというのは、それなりに厳しい軍事訓練を受けなくてはならないということを差し引いても魅力的な話であり、それは人外に関わりを持つ人々にとっても同じだった。


結果として毎年の新入生の中に十人前後は関係者が紛れ込むようになり、そういった関係者たちが自分たちの生活圏を守ろうと島を結界で覆い、卒業時には次代にそれを受け継いでいく形で人工島の結界は維持されていた。


第七人工島が造られてからあの卒業式の日に至るまでの約十年の間一度もアンノウンの襲撃を受けなかったのは、偶然でも幸運でもなくそうなるべくしてそうなっていたのだ。


「あの島の結界だけなら、まあそういうこともあるかなで済んだんだけどね」

「俺様はそのあまぞんとかいう森に詳しかねえが……精霊やら妖精やらが暮らす土地がやられるなんてのは相当なもんだ」


人工島の結界は所詮魔法使いたちが用意した簡易的なものでしかなく、破られたとしてもおかしいと騒ぐほどのものではない。

だが精霊や妖精といった霊的な存在の作り上げた結界はそう簡単に破られるようなものではない。


それが起きてしまった時点で、確実に異常なのだ。


「俺様は日ノ本から出たことはねえが……どうにもきな臭ぇ」


まるでため息のようにキセルの煙を大きく吐き出して朱月は言う。


「正直まだなんにも見えちゃあいねえが、嫌な予感がして仕方がねえ。シオ坊ならまあ心配はいらねえだろうが、用心はしておけ」

「ふーん。お前はどっちかというと面白がるかと思ってた」


これはシオンの本音だ。

わざわざ言うつもりもなかったのだが、思いの外真剣に忠告してくる朱月に驚いて口を滑らせてしまった。


「喧嘩や戦、殺し合いは好きだがよ。魔物どもは殺してもつまらねえんだよ」

「そういうもん?」

「そういうもんさ」


カカカといつも通りに笑って煙を吐き出す朱月。

大人びた所作に、思えば朱月もまた数百歳規模でシオンよりも年を重ねているのだと思い出す。


「近いうちにあまぞんとやらでデカい戦をやるんだろ? せいぜい死んでくれるなよシオ坊」


それからキセルの煙だけ残して朱月は消えた。


「……なんか、嫌な感じ」


自分の周囲の小さな世界だけでもそれなりに騒がしいというのに、その外側までも何やら不穏な気配を漂わせている。


そんな現実にシオンはなんとも言えない不安を募らせるのだった。


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