終章-魔女と語らう時間②-
「へぇ〜、こういう部屋もあるのにね」
大きな窓から外を見渡せる展望室にサーシャは感心した様子でキョロキョロと辺りを見ている。
「あそこにテーブルとイスもありますから、そこで飲み物でも飲みながら話しましょう。コーヒーと紅茶ならどちらがいいですか?」
「それじゃあコーヒーをもらおうかしら」
サーシャの要望に答えつつ、アキト自身もコーヒーを確保して窓際のイスにサーシャと対面するように腰掛ける。
「さーて、何をおしゃべりしようかしら? アキトくんは聞きたいこととかある?」
「あると言えばありますが……」
「ありますが?」
「そういう風に聞かれるとどこから聞けばいいのか迷いますね」
サーシャにアキトが聞きたいことといえば、一番に思いつくのは母であるコヨミのことだ。
ハルマやナツミと比べれば長い時間を共に過ごせたとはいえ、アキトが母と共に過ごせた時間も決して長くはない。
≪月の神子≫にまつわることを隠されていたことも思えば、アキトはコヨミのことをほとんど知らないと言っていいだろう。
ただ知らないことが多すぎて、何から聞いていいのかがわからない。
「サーシャさんの気分で、母との思い出話などしてもらえれば一番いいのかもしれません」
「ん〜〜〜それを話せと言われれば色々話せるけど……どうせならそういうのは本人と話した方がいいと思うわよ」
「それは……」
「“封魔の月鏡”を書き換えればコヨミは取り戻せるんだもの。他人から聞くよりも、本人からゆっくりと聞かせてもらった方がきっといいわよ。……アナタたち一族は、今までできなかった分これからどんどんそういうことを楽しむべきだと思うしね」
母親の昔話を聞くというのは本来それほど特別なことではなく、≪月の神子≫の血筋ゆえにできなかった今までがおかしいのだとサーシャは言いたいのだろう。
そしてそんな特別ではない幸せをコヨミやアキトたちに満喫してほしいと思ってくれているらしい。
「……そう、かもしれませんね」
「そうそう。心配せずとも、このサーシャさんが一緒なんだから。“封魔の月鏡”の書き換えくらいバッチリあっさり成功するわ」
アキトが少なからず計画に不安を覚えていることを察しているのかはわからないが、サーシャはなんでもないことのように自信満々に成功するのだと言ってのけた。
根拠らしい根拠を挙げられたわけではないというのに、ここまで堂々と宣言してもらえると大丈夫なような気がしてくるのだから不思議なものだ。
「……それで、他の話題は何かある? なさそうな感じがちょっとしてるけど」
「確かに、母さんのことを聞かないのであればすぐに思いつくことは特に」
「うーん、じゃあもうアタシが話そうかと思ってた本題にぱぱっと入っちゃおうか」
「本題があったんですか?」
サーシャのノリの軽さからてっきり単なる気まぐれや暇つぶし程度で声をかけられたのかと思っていたのだが、どうやら彼女には元々目的があったらしい。
「普通に最初からそう言ってもらってもよかったのでは?」
「本題のことを差し引いてもアナタとちょっと話してみたかったのは本当だし、何かあれば先にそれを話してからでいいかなって思ってたのよ。でもまあ、ないならないで本題にすすめましょうか」
コーヒーを少し飲んでから、サーシャは少しばかり表情を引き締めてこちらを見る。
「このサーシャ・クローネがどうしてシオン・イースタルを≪天の神子≫と名付けたのか。その名の由来をアナタには話しておこうと思うの」




