終章-両軍交流会②-
酒を飲む者。料理を食べる者。談笑する者。
人間、人外関係なく交流会を楽しむ者たちを見回して、ハルマは不思議な心地だった。
「(ほんの少し前まで、人外のこと全部殺そうなんて考えてたのに)」
あの頃の自分の視野の狭さを恥ずかしいと思うと同時に、自分がこのような場所に立っていることに驚く。
〈ミストルテイン〉に乗る前の自分にいつかこんな未来がやってくるのだと教えたとしても、決して信じないだろう。
それでも事実として【異界】とこの世界は対話の道を進んでいて、ハルマたち人類軍と《太平洋の惨劇》で戦った≪銀翼騎士団≫であるレイル隊は同じ食堂で笑い合っている。
「(今となってみれば、これが一番いい形だってわかるんだけどな)」
互いを滅ぼし合うなんて血みどろの未来ではなく、こうして普通に対話ができる未来。
どちらの世界にとっても最良であるに違いないだろう。
「ハルマ、どうかしたか?」
やや俯いた状態で考え事をしていたところに不意に声をかけられて顔を上げれば、アキトがこちらを見ていた。
少々心配そうにしていることに気づいて慌てて大丈夫だと伝える。
「それならいいが……その、お前はこの交流会に多少思うところがあるんじゃないか?」
どうやらアキトにはすっかりお見通しらしい。
「確かにちょっと今の状況について考えてたけど、悪い意味じゃなくて。こういう風に世界を越えて話したりできてよかったと思ってただけなんだ」
「……ああ、そうだな。少し前までは夢物語だったんだが、こうして実現できてよかったと思ってる」
アキトはハルマほど【異界】や人外に敵意を見せていなかった。
けれどアキトが割り切っていても世界がどう思うかは別の話であって、正直に言えば、クリストファーの策略で上層部が大きく変わっていなければ、今でもまだ戦いは続いていたかもしれない。
この状況にたどり着けている今は、もしかするととても幸運なのかもしれないとハルマは思う。
「なあ、兄さん。“封魔の月鏡”のこと。俺にできることがあれば遠慮なく言ってくれよな」
「急にどうした?」
「せっかくいろんなことが上手くいって二つの世界が戦わずに済みそうなんだ。……残る問題をちゃんと解決して、ハッピーエンドにしたいんだ」
そのために自分にできることはなんでもしたい。
それが今のハルマの考えだ。
「ちなみにこれ、釘を刺してるつもりだからな。……なんとなく、兄さんがその件から俺とナツミを遠ざけてるのは気づいてるからさ」
「…………」
ハルマの指摘にアキトは難しい顔をした。
今度は逆に、ハルマがアキトの図星を突く形になったらしい。
「このことって、俺たちの家のことなんだから、兄さんだけじゃなくて俺やナツミだって無関係じゃないはずだろ? なのに、兄さんほとんど何も相談してくれないじゃないか」
それが、ハルマやナツミを守ろうとしてのことだというのは察している。
しかし、ただでさえ両親に守られて今まで何も知らずに生きてきたのに、これ以上守られてばかりではいたくない。
「一応俺にも≪月の神子≫の力はあるんだから、もっと頼ってほしい。……多分ナツミだって同じように思ってる」
だからこそ、こうしてアキトに釘を刺しておくのだ。
「……それは」
「ふふ、これは君の負けじゃないかな、アキト」
アキトが何かを言う前にいつの間にか近くに来ていたアーサーが笑い混じりに言う。
「アーサーさん」
「ごめんよ。盗み聞きしたかったわけではないんだが、聞こえてしまってね」
「アーサー、俺の負けっていうのは……?」
「言葉通り、この件に関してはハルマ君の方が正しいししっかりしているという話さ」
アーサーはそう言ってハルマの隣に立ってアキトを見る。
「君の気持ちはわからなくもない。けれど、彼はもう守られるだけの子供ではなく、ひとりの戦士だ。過保護なのはよくないよ」
「それは、わかってるつもりだ」
「だったら、“封魔の月鏡”の件は彼にもナツミ君にもちゃんと手伝ってもらうべきだ。≪月の神子≫が多い方が成功率は高まるはずだよ」
アーサーにそう言われてアキトは黙り込む。
「経験があるから言っておくけれど、妹や弟というのは知らないうちにぐっと成長していたりするんだよ。……自分の生きる道をしっかりと決めて騎士になったり、幼い頃の悲しみを自分で乗り越えたりね」
「確かに、そういうものなのかもな」
「そうなんだよ。そして、そうなった時に兄ができることは、成長を認めて見守ることくらいなのさ」
困ったような、妙に実感のこもったアーサーの言葉にアキトもため息を吐きつつ「そうだな」と微笑む。
「ハルマ。お前の気持ちはわかった。……書き換えには≪月の神子≫の力が必須になるから、作戦の時にはお前たちのこともあてにさせてもらう」
「ああ! なんでも言ってくれ」
ハルマの返事に笑みを深めたアキトが、大きな手でぐしゃぐしゃとハルマの頭を撫でる。
「……今のは子供扱いなんじゃ?」
「このくらい許せ。頼れる男だろうが、未来永劫お前は俺の大切な弟なんだからな」
そう言い残して背を向けて去っていくアキト。
それを見送るハルマに、アーサーがこっそりと耳打ちする。
「あれは、弟が自立して巣立っていく感じが少し寂しかったんだと思うよ」
「それは、なんというか……」
そう言われてみると、去っていくアキトの背中になんとなくしょんぼりした雰囲気があるように見えてしまったことは、アキト本人には秘密にしておこうと思った。




