終章-“剣”を名乗る騎士③-
――シオンが格納庫でひっそりと微笑んでいる頃。
「……シオンのやつ……」
トレーニングルームに空間転移させられたハルマは頭を抱えつつシオンへの不満を漏らしていた。
何もかも唐突だった上に、有無を言わせずソードと共にトレーニングルームに強制移動させるなどという暴挙に出られたのだから当然と言えば当然である。
『…………』
同じく被害者であるソードは表情がわからない上に何も言わないので考えが読めない。
それもまたハルマを悩ませる問題のひとつである。
「(訓練に付き合うことには同意してくれてたけど……話したこともほとんどないしな……)」
以前までならともかく今のハルマは人外だからと敵意を示すことはないし、レイル隊のソードも今は平和な世界のために行動する仲間でもある。
当然悪い感情などはないが、接点がなさすぎる。
シンプルに、どんな風に関わればいいのかがわからないという状況だ。
『ハルマ君』
「あ! はい、なんですかソードさん」
急に声をかけられて少々おかしな反応になってしまった。
表情がわからないため、それに対してソードがどう感じたのもわからないというのがまたやりにくい。
『……ソウ緊張シナクテイイ。マア、オ互イドウ接スレバイイカワカラナイトコロデハアルダロウガ』
「……まあ、ソードさんもそうなりますよね」
接点がないのはお互い様。ハルマがどうすればいいのかわからないのと同じように、ソードもまたハルマを相手にどう振る舞えばいいのかわからないらしい。
自分ひとり慌てているわけではないとわかったおかげで、少しだけ気が楽になった。
『ダカラ、トイウワケデハナイガ……ヨケレバ早速訓練ヲ始メナイカ?』
「え?」
『私タチノ場合、無理ニ話ヲシヨウトスルヨリ、ソウシタ方ガヨサソウダ』
言われてみれば、確かに無理に世間話などしようとしても上手くいきそうにない。
訓練という形でアドバイスなどをしてもらう方がよっぽどまともに会話ができそうだ。
それに、シオンですら「勝てない」と言い出すほどの相手に指導してもらえる機会などこの先そうそうありそうにもない。
「それじゃあ……よろしくお願いします」
戸惑いは一度頭の隅に押し込めて、今はソードとの訓練に集中することにした。
ソードと軽く距離を取ってから、写影顕現で呼び出した〈アメノムラクモ〉を構える。
対するソードもどこからともなく取り出した漆黒の剣を構えた。
訓練だからかいつか機動鎧で相対した時のような迫力はないが、一方で少しの隙もない。
『ヒトマズ、自由ニ攻撃ヲ仕掛ケテクレテイイ』
ソードの言葉にひとつ頷いて、ハルマは力強く床を蹴った。
魔力で強化した脚力で一気に距離を詰め、下から上に掬い上げるように振るった一閃。
それを最低限のバックステップで避けられたのはハルマにも想定内で、そのまま流れるように連続で剣を振るう。
「(やっぱり、強い)」
素早く放つ連撃は、大きな体に見合わない素早く無駄のない動きで躱されてしまう。
今のところソードは片手に持つ剣でガードすらもしていない。それだけ余裕で回避されてしまっているのだと嫌でもわかる。
このまま攻め立てたところで躱され続けるだけだと、一度後ろに飛び退いて距離を取った。
『……イイ腕ダ。タダ魔力ノ扱イガ少シ荒イ』
「魔力の扱い……身体能力強化だけではなく?」
『イヤ、身体能力強化ノコトダ。……常ニ一定ノ魔力ヲ纏ウノデハナク、移動ヤ攻撃ノ瞬間ニ合ワセテ使ウ魔力ヲコントロールシテミルトイイ。大技ヲ使ウトキニハソウシテイルダロウ?』
「……なるほど」
先程と同じように地面を蹴る瞬間に一瞬だけ魔力を多く使う。そうすれば先程よりも速くソードまでの距離を詰められた。
続いて先程と同じように下から振るった刃は今度は漆黒の剣で受け止められる。
『ソレデイイ。……今ハ初メテダッタセイカ自身ノ速サニヤヤ振リ回サレテシマッタヨウダガ、ソレハ慣レレバスグ改善スルダロウ』
事実、思ったよりも出たスピードに驚いて切り上げるまでに一瞬の間ができてしまった。
わずかなミスをしっかり見抜かれたことにしろ、アドバイスの正確さにしろ、ソードの指導は的確だ。
「(これは、いい経験になりそうだ)」
半ば強引にやることになったソードとの訓練だが、これは思っていた以上に意義のあるものになる。ハルマはそう確信した。




