2章-魔女からの宅急便③-
『さて、ではここからは大切なお話をしましょうか』
シオンへの制裁を終え、わざとらしく咳ばらいをしてからミランダは言った。
もちろん南米の調査結果や提供される武器の話ということになるが、格納庫でするのは仕方ないにしても立ちっぱなしでするには込み入った話になる。
そう睨んだシオンは格納庫の隅に向かって手招きし、人数分のパイプ椅子と折り畳み式の簡易テーブルを魔法で呼び寄せて手早く配置する。
ミスティは若干ギョッとしていたが、最早この程度では驚きもしないアキトとアンナはあっさりと腰を下ろして話を聞く体勢になった。
『まずはお待ちかねの異変の情報ね。うちの子の調査のおかげで異変の中心と、元凶の魔物の能力までは掴めたわ』
ミランダの言葉にアキトとアンナが感心したように声を漏らした。
人外嫌いのミスティもさすがに突っかかれないのか黙って聞いている。
「それで、異変の元凶たる魔物はどこにいるのだ?」
『世界最大の熱帯雨林、アマゾン熱帯雨林よ』
前のめりになりながら尋ねるハチドリに対してミランダは冷静に答えた。
しかし、その答えはハチドリとシオンからすればとても平静ではいられないものだった。
「そんな馬鹿な! あの地に魔物が蔓延っているというのか!?」
鳥かごの中で暴れ出しそうなほどに騒ぐハチドリにアキトたちが驚いているが、シオンもハチドリと同じく到底ミランダの言葉を信じられないでいる。
「シオン、アタシたちにはピンと来ないんだけどアマゾンに魔物が出るのはヤバイことなの?」
「……はい。俺の知る限りではまずあり得ないことです」
ただ、この世に"絶対"なんてものがないことくらいはシオンだってわかっている。
それにシオンたち以上に世界を知るミランダが確証もなくこんなことを言うはずがない。
「まず大前提として、宗教や古代の文明に関係する遺跡や土地、それから太古の時代から残る大自然にはアンノウンは近づけません」
「……どうして?」
「アンノウンが近づけないように守られているからです」
宗教は言わずもがな、古代文明は基本的に神話と縁が深い。
そして世界に残る神話に登場する神々や怪物たちは全てとは言い切れないが実在した。
ハチドリの存在はそのひとつの例になるだろう。
彼がアステカの太陽神、ウィツィロポチトリの眷属であるということは即ち"ウィツィロポチトリは実在した"ということになるのだから。
実在した神々はその時代に人々によって信仰され、捧げられた祈りや供物に応え、災いや邪悪なものを阻む加護を人間に与えた。
その加護の基点こそが神殿などの遺跡であり、遺跡は今でも加護の機能を残していることが多い。
故に、邪悪なもの――アンノウンたちは加護に阻まれて近づくことができない。
大自然についても同じようなもので、自然に宿る精霊や妖精などの人外が現代においても多く暮らしている分、彼らの築き上げた結界がアンノウンたちを阻んでいる。
「あとで調べればわかることですけど、アマゾンの熱帯雨林周辺にアンノウンの出現例はないはずです。……他と比べてもかなり強い結界で守られていたはずですから」
何せ、自然の減少しているこの地球において最大規模の密林なのだ。
世界各地の精霊や妖精が元いた森や川を失った末にアマゾンに流れ着いたと聞いている。
そしてその地に暮らす人外が増えれば増えるほど、彼らの手によって作られる結界はより強固なものになっていったのだ。
「……そんなすごい結界に守られてたはずのアマゾンが、アンノウンの根城になってるってこと?」
『ええ。わたしたちにも信じ難いことなのだけれどね……』
少し弱々しい言葉を零してから、ミランダは気を取り直したようにアンノウンについて話し始めた。
『今回の元凶は、地の性質を強く有する精霊に近い魔物……わたしたちはひとまず大地に潜むものと呼ぶことにしたわ』
「グランダイバー、ですか」
『グランダイバーが持つ能力は、大地への潜伏……いえ、大地との同化と言うほうが正しいわね。半ば霊体にも近い体で大地と同化し、自らの体として操るの』
「……それは具体的にどういうことができるのですか?」
『大地はもちろん、そこに根を張る植物たちまでも自由自在に操ることができる……つまり密林そのものを操るの』
「……アマゾンのジャングルそのものが敵になるってわけですか」
シオンの総括にアキトたちの顔が驚愕に染まる。
「そんな滅茶苦茶なことができるはず……!」
「なんで無いと言い切れるんです? 眼鏡副艦長、多分この中で一番異能への理解乏しいじゃないですか」
椅子をけ飛ばすように立ち上がって叫ぶミスティに、シオンは冷静に言葉を返した。
指摘されたことに自覚はあるらしいミスティは一気に勢いをなくしていく。
「それはまた別の問題でしょシオン。アタシだってそんな話さすがにあっさり信じられないわよ」
ミスティに代わってシオンに問いかけるアンナ。
確かに人間からすれば密林そのものが敵になるなんて言われてもイメージすら湧かないだろう。
しかし、実際そうなのだから仕方がないのだ。
原理を理解しろとまでは言わない、ただそういうものなのだと受け入れてほしい。
『まあまあ落ち着いて。……シオンの言ったのはあくまで極論よ。さすがにアマゾンの熱帯雨林全体を一気に操れるほどの魔物ではないはずだもの』
「とはいえ数多の精霊たちの守りを突破した魔物だ……密林全土とは言わないがそれなりの範囲を操れるだけの力はあるだろう」
ミランダとハチドリの会話にシオンも頷いて同意を示す。
「それでミセス。倒し方については考えてもらってるんですよね?」
『もちろんよ。そのための道具もこちらで準備させてもらったわ』
自信を感じさせる様子で話すミランダに、これが勝ち目のない戦いではないことを察してシオンはほっと胸を撫でおろす。
そこからシオンたちはミランダの用意した攻略法に真剣に耳を傾けるのだった。




