2章-魔女からの宅急便②-
警備班からの好奇の視線に晒されつつ≪魔女の雑貨屋さん≫からの荷物を受け取った面々は、シオンの提案で艦長室ではなく格納庫にやってきていた。
今日も十三技班の面々はいるが、忙しいのかこちらにくるメンバーはいない。
「シオン・イースタル。何故格納庫で荷物を開ける必要があるのですか?」
「予定では南米の異変の情報と対アンノウンの武器を受け取るって話だったじゃないですか……最悪、荷物を開けた瞬間どう考えても入ってるはずのないサイズのものが飛び出してくる可能性が」
荷物自体は両手で抱えられる程度のダンボール箱ひとつだが、魔女からの荷物である時点で目で見てわかるサイズはあまり参考にならない。
ミランダたちがどういった武器を手配するつもりだったのかはそもそも不明だが、箱を開けたら機動鎧で振り回す前提の武器が飛び出してきました、なんてことは十分にあり得るのだ。
シオンの答えにミスティは頬を引き攣らせてそれ以降文句は言わなかった。
それを確認してからアキトたちに少し離れるように指示を出して荷物を開封しにかかる。
何が飛び出してくるかと戦々恐々しつつ箱を開けたシオンだったが、中身には同じサイズ、形状の箱がふたつ入っているだけで安心半分拍子抜け半分という気分だった。
ふたつの箱を取り出して確認すると、それぞれにアキトとシオンの名前が書かれていることに気づく。
「艦長、とりあえずこっちは艦長の分みたいです」
「そうか。……開けて大丈夫か?」
「ミセスは艦長のこと気に入ってたみたいですし、多分」
少なくともアキトを害するような仕掛けなどはないだろうとシオンは思っている。
子供のイタズラのようなびっくり箱や爆竹が仕込まれていないとまでは断言できないが、そこはあえて触れないことにしておく。
「これは……携帯端末か?」
アキトの箱もシオンの箱も中身は同じ、このご時世珍しくもないタッチパネル式の携帯端末だった。
一般的な電子機器メーカーのロゴなどはなく、代わりにそれぞれにアキトかシオンの名前と、魔女の帽子をモチーフにしたエンブレムが刻まれている。
「これ、もしかして≪魔女の雑貨屋さん≫が制作した携帯端末じゃ……」
「魔女なのに電子機器を作っちゃうの!?」
「ああ見えて新しい物好きなんですよね」
基本的に人外は現代の科学や電子機器が苦手だが、それらに興味津々な者たちもいないわけではない。
技術者であるシオンはその辺りに詳しいので、よく人外の知り合いにその手のものについて質問されることがある。
「そんな簡単な話ではありませんよ! つまりこれは人外たちに人間の技術が盗まれているということでしょう!?」
「確かにそう言われてみればそうですね。……むしろ魔女たちのほうが上かも」
「どういうことだ?」
「これ、エナジークォーツで動いてます」
騒ぐミスティをスルーしつつ端末を起動してみていたのだが、よく見れば充電するためのケーブルやそういったものを挿すための穴もない。
不審に思って軽く調べてみれば内部に小さなエナジークォーツが仕込まれていることもわかった。
しかもエナジークォーツを魔力源にして魔法で動いているのではなく、あくまで内部構造は一般に流通している人間の携帯端末と同じで電力で動いている。
「……エナジークォーツを兵器に搭載したのはあっちが先だし、おかしなことでもないんじゃない?」
「いえ、全然違いますよ。この端末はちゃんと電力に変換して動いてるんですから」
シオンの説明にアンナたちが首を傾げる。
ここからは両方の技術に通じているシオン以外にはわからない領域なので無理はない。
「エナジークォーツを動力にする、って表現をすると《異界》も人類軍も同じことしてるみたいですけど、実態は完全に別物なんです」
《異界》の兵器や道具がエナジークォーツ――人外たちは精霊石と呼ぶ魔力が結晶化したものを載せている場合、使い手の魔力を注ぎ込み増幅し、魔力のまま使用する。
対するECドライブはエナジークォーツ内部に蓄積された魔力を電気エネルギーに変換して使用している。
そうでなければ人間の作った近代兵器の動力として使えるはずがない。
魔法で魔力を電力に変換するのは簡単だが、少なくともこの端末はそういった小細工をしているのではなく魔法以外の技術で魔力を電力に変換しているように見える。
それはECドライブが行っているのと全く同じことだ。
「つまり……この端末はECドライブと同じかそれ以上の科学的な動力機関で動いていると?」
「そういう結論になります」
アキトやアンナはまだしも、ミスティの顔面は完全に血の気を失っている。
人類がまだまだ研究中の技術と同じかそれ以上のものを魔女たちが持っているとわかったのだから、彼女のように人外を嫌い、同時に恐れている人間にとってはこれ以上ないほどのバッドニュースだろう。
なんとも言えない沈黙の中で、軽快なメロディと共にアキトが手にする携帯端末が振動する。
慌ててアキトのそばに駆け寄って画面を覗けば着信を示す表示と共にミランダの名前があった。
「艦長、スピーカーフォンで話しましょう。操作は普通の携帯端末とそう変わりません」
シオンの指示に頷いたアキトが簡単な操作をすれば、着信音が途切れて電話がつながる。
「……もしもし?」
『もしもし? こちらミツルギ艦長さんのお電話で間違いないかしら?』
一週間ほど前に聞いたばかりのミランダの声にアキトが肯定の返事すれば電話越しに安心したように息を吐くのが聞こえた。
『ちゃんと手元に届いたのね。それに電話もちゃんと繋がっているようで何よりだわ』
「その、ミセス。この携帯端末はなんなのでしょう?」
『今後≪魔女の雑貨屋さん≫から売り出そうと思ってる魔法式の携帯端末……作ってくれた錬金術師さんたちはマジフォンとか呼んでいたわね確か』
魔法と科学を融合させた試作品で、まだあまり数は存在しないらしい。
融合とは言いつつも人間の携帯端末をベースに動力や細部に魔法を応用した程度のもの。正直に言えば九割は普通の携帯端末なのだとミランダは語る。
『お試しで何人かに使ってみてもらってるのだけれど、人間であるミツルギさんにはこちらのほうが馴染みやすいかと思ってね。……ついでに人間目線での使用感を教えてもらえると嬉しいわ』
アキトへの気遣いとテストを兼ねている、なかなか合理的な考えで送られてきた物のようだ。
シオンにも送ってあるのは単純にシオンもテスターにするつもりなのだろう。
「……ミセス。この端末に使用されている技術について伺ってもよろしいでしょうか?」
『え? 別に構わないけれどわたしにわかるかしら……』
「わからないのですか……?」
『若い魔女たちが企画してくれたものだから……わたし、まだ電話とめっせーじあぷり?っていうものしかまともに使えなくて』
「おばあちゃんか!?」
思わず叫んでしまったシオンはきっと悪くない。
しかしそれをミランダに馬鹿正直に言ってしまうのはよくなかった。
『……シオン。このマジフォンの機能でひとつ試してみたいものがあるんだけれどいいかしら』
「えっとそれは……」
『ミツルギさん、画面をシオンのほうに向けてくださる?』
頼みごとの体はとっているが有無を言わせないミランダの言葉に従ってアキトが画面をこちらに向ける。
次の瞬間、画面から一センチほどの位置に魔法陣が展開された。
「(あ、これダメなやつ)」
そう思ったときにはもう遅く、魔法陣から放たれた氷の塊がシオンの顔面に直撃した。
『端末を通じて魔法を転送できるようになっているの、遠く離れた場所にいる人にも治療や解呪ができる優れものよ』
ひっくり返ったシオンに向けられたミランダの言葉はずいぶんと得意げだった。




