終章-話をする時間④-
空いた時間を補うようになんでもないことを話しては笑い合うシオンとナツミ。
そんな穏やかな時間を過ごして、互いにすっかり普段の調子に戻った頃。
「そういえば、俺に避けられてることに気づいてたわけじゃないのに、ガブリエラとかみんなを巻き込んでこんな大掛かりなことしたのか?」
格納庫でのガブリエラたち然り、道中遭遇したリーナ然り、シオンとナツミが話をする場を作ろうと行動していたのは間違いない。
ナツミを避けていたシオンは、彼女たちが「シオンがナツミと話をせざるを得ないように追い込もうとしている」のだと思っていたのだが、シオンがそのことを含めて謝罪した時、ナツミはシオンに避けられていたことを聞いて普通に驚いていた。
つまり、ナツミはシオンに避けられてるとは思っていなかったのに、シオンと話すために大掛かりなことをしたという話になるのだが……
「なんか、ちょっと大袈裟というか回りくどくないか?」
「そっ、れは……その〜」
シオンの指摘に途端に慌て始めるナツミ。
明らかに“何かある”のがわかる態度に、シオンはむしろ反応に困る。
「あ〜……話したくないなら無理には聞かないけど……」
「いや! そういう大袈裟な話じゃないんだよ!? ただちょっと、その、恥ずかしかったというか、偶然を装いたかったというか……」
「???」
「と、とにかく! 大した理由じゃないから気にしないで! ね!」
“シオンとナツミの関係で何を今更恥ずかしがる必要があるのか”だとか、“何故偶然を装う必要があったのか”だとか疑問は尽きないのだが、必死に気にしないでくれと言われてしまえば、これ以上掘り下げるわけにもいかないだろう。
なお、事実としては“恋愛感情を自覚したばかりのシオン相手に今までのように話しかけられるか不安だったナツミが少しでもやりやすいように偶然を装うことにした”というところなのだが、シオンは当然知る由もない。
「そ、そういえば! あたしもシオンに聞きたいことがあったんだ!」
「お、おう」
「あのさ、あたしたちのお母さんってシオンから見てどんな感じだった?」
最初こそ話題を変えたいという思惑が透けて見えたが、飛び出してきた質問はシオンにとって予想外のものだった。
「コヨミさんのこと、か」
「……なんかお母さんのことシオンが名前で呼んでるのって不思議だな」
「まあ、最初はお前たちの母親だなんて知らなかったし」
あくまで最初は、ただの≪月の神子≫としてコヨミという女性を認識していたのだ。
それが、あとから友人の母親だったとわかった。というのは普通はあり得ないことだと思う。
それはさておき、ナツミの質問について考えてみる。
「(普通なら、自分の母親のことを俺に聞くなって話なんだろうけど)」
しかしナツミとコヨミの関係は普通とは言い難い。
ふたりが離れて十年。しかもまだナツミが小さな頃に離れ離れになっているのだから、記憶もそれほどはっきりはしていないのだろう。
そう思えば、直近のコヨミのことを知る唯一の存在であるシオンに話を聞きたいと思うのも自然なことなのかもしれない。
「そうだな……とりあえず、最初にちゃんと見た時は綺麗な人だと思ったよ」
人の美醜に特別こだわらないシオンだが、月明かりの下で優しく微笑むコヨミのことを素直に綺麗な女性だと思った。
「……ってなんでお前は微妙な顔してるのさ」
「いや、だって、同級生の友達に母親が美人だって言われるのってなんか……」
「うーん、複雑なもん、なのか?」
早くに母親を亡くしてしまっているからか、シオンにはいまいちわからない感覚だ。
「っていうか、もしかしてシオンって年上が好きなの?」
「なんでそうなる」
「だって、お母さんのこと美人って言うし、アンナさんとかも年上美人だし……」
「別にそういう好みはないよ」
何故そんな話になるのだとため息をつきつつ、気にせずコヨミの話を続けることにする。
「で、性格とかは……まあ、優しくてお人好しなんだっていうのが第一印象で、今もそのイメージは全然変わってないというか、むしろ補強されたというか」
最初はトウヤとのやり取りなどからそう感じただけだったが、少し話しただけでそれは確信に変わった。
今となってみれば、ナツミたち三兄妹がお人好しなのはコヨミの影響なのかもしれない。
「トウヤのことも、魔物の力とか全部わかったうえで大事に育ててたみたいだし。俺と話す時もいつもトウヤのことばっかり心配してて――自分のことなんてずっと二の次って感じだったよ」
コヨミ自身、人に助けを求めたくなってもおかしくない立場のはずなのに、そんな気配を少しも感じさせなかった。
覚悟ができているというのもあるだろうが、それ以上に自分よりも他人のことを気にしてしまう筋金入りのお人好しなのだろう。
「なんか、思い出してみればみるほどお前の母親って感じだな」
「え?」
「筋金入りのお人好しだし、朱月の話からして結構なお転婆だったみたいだし。見た目だってびっくりするくらいそっくりだし。……ナツミとコヨミさんは、よく似てるよ」
最終的に行き着いた結論は、我ながらかなりしっくりきた。
「そんなに似てるのかな……?」
「ああ、似てる似てる。きっと実際に会ったらナツミもびっくりするよ」
そんな未来は、それほど遠くはないはず。
いずれ再開する娘と母親がどんな言葉を交わすのかはまだわからないが……きっと、似たもの同士のふたりは仲良く笑い合えることだろう。




